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誰かのためにしか頑張れない人間のダイエット

私は自分のために頑張れない。なぜって、自分のことがそんなに好きじゃない。私自身がその努力の足りなさによって、クソみたいな人生を歩むなら、それはそれで仕方ないだろうという開き直り方をしてもいた。

自分のことが好きじゃないからこそ、好きになりたくて頑張る人がいることを最近知った。

人間にはそういう在り方がある、というのは知っていた。でもそれが実感として分かったのは最近だった。

例えるなら、黄砂なんてどうだろうか。春になると大陸から飛来する黄砂。日本に飛来する黄砂の発生源はゴビ砂漠辺りらしい。

ある時、モンゴル国に旅行をする機会があり、国内でも南の、砂漠に近い町に滞在した。到着した日の夕暮れ時、強い風が吹いて砂嵐になった。5 m先も見えない。顔に砂粒があたる。この一部がもっと高く巻き上げられて、日本に届くのか、と実感した時、私の中で「黄砂」という言葉が実感を伴った言葉として私の辞書に刻まれた感じがした。

(余談だが、インターステラーの砂嵐も、私にこの光景を思い出させる)

話が逸れたが、ダイエットは自己研鑽だと思っていた。自分を好きな人が、あるいは今の自分よりも自分のことを好きになりたい人が、頑張ってするものだと思っていた。

そしてそれは私には関係のないものだと思っていた。しかし最近、考え方が変わった。

私は友人や家族が好きだ。なぜこんな私を近くに置いてくれるのかは分からないが、そんな人達がとても大切だ。

彼らと旅行に行けば写真を撮る。するとどうだろう。不摂生でパンパンの私が、彼らの美しくあるべき思い出の一枚の写真の一部を汚してしまうのだ…

大切な人の思い出の写真は、綺麗なものであって欲しい。だから私は、最低限の清潔感を保ち、顔面の画面占有率を低下させたいと決意した。

私には政治は分からぬ。自分のことも好きではない。しかし、パンパンの顔面を小さくするという決意だけは人一倍なのであった。

春は新しいことを始めるきっかけにちょうど良い。だから私はこの春からダイエットを頑張るのだ。

外的要因によるモチベーションでダイエットをしている諸氏もいるのだろうか。少なくとも、キラキラのSNSでは見たことがない。変わったきっかけのエピソードがあれば、ぜひ教えてほしい。

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