パラダイムシフトなるか? ― タフティが揺さぶるスピリチュアルの“当たり前”
なぜ、タフティの公式サイトの動画の
最初のタイトルに「18歳以上の人が見てね」の
「18+」がついているのか?
という疑問から、
【なぜ「トランサーフィン」や「タフティ」はロシアで生まれたのか? ― 過去世、ロシア正教、ソ連、そして神秘思想の地下水脈】
についてお話ししました。
今日はその続きについてお話しします。
わたしがあの動画の中で一番、
「マジか…」
と思ったのは、
タフティはこういう趣旨のことを語ります。
『私たちが過去世の記憶を持たないまま、
毎回ゼロから人生を始めるのは
宇宙の欠陥/エラーである。』
……いやいやいや。
待って。
ゼランドさん、スピリチュアル界の
ガリレオになっちゃうつもりですか?と。
これ、かなり反応が分かれそう…
というよりぶっちゃけ嫌がる人も
たくさん出てきそうだなと。
というのも、
現在のスピリチュアル界には、
ある種の“共有前提”があります。
ざっくり言うと、
「宇宙は完璧である」
という世界観です。
その前提の上で、
「過去世の記憶がない理由」も説明されます。
例えば。
* 魂の学習のため
* 公平な再スタートのため
* カルマ調整のため
* 今世への集中のため
* 没入型人生ゲームの仕様だから
要するに、
「忘却には意味がある」
ということですね。
これは心理的セーフティネット、
救済的な構文でも含んでいます。
生まれの格差、
説明できない苦しみ、
才能の偏り、
「なぜ私はここにいるのか」。
過去世の影響?
それを思い出せないのに?
そういった問いに対して、
忘れることにも理由がある。
それも魂の計画の一部だから。
と応答できるからです。
ところがタフティは、身も蓋もなく
「宇宙の欠陥」
と。
ええええええええええっっ?!
みたいな。
これは、単なる設定変更ではありません。
ある人にとっては、
存在論の床が抜けるレベルの話
だと思います。
人によってはお仕事に差し障りがある人も
出てくると思います。
しかも、コレ動画の1本目。
書籍でもその内容に触れてますが
Lesson38と、割と後半なのと
表現がふんわりオブラート風味なのに対して、
動画でははっきりと言っちゃってます。
書籍は教科書的な意味合いがあるので
step-by-stepで進む構成になっていますが
動画は「はい、まずここ押さえといて」みたいな
「最初が肝腎」みたいなものが先に来る。
書籍で後になってるものを最初に持ってくるのは
やっぱり大事なんだろうなと。
にしてもですよ?
やっぱ大胆なことには違いないんです。
そもそも、わたしたちは
所属している時間が長かったり、
コミットしている感覚が強かったりする方、
≒ 見てきた/触れてきたストーリーが多い方を
“正しい”と判断し、それによって決断したり、
行動する傾向があります。
逆に、そうじゃないものって
「異物」になりやすいんですね。
少なくとも脳にとっては「不快」。
ここで私が少し思い出したのが、
量子力学とニュートン物理学の関係
でした。
「タフティ=量子力学そのもの」
と言いたいわけではありません。
ただ、構造が少し似ているんですよね。
量子力学が出てくる前は
ニュートン物理学が
科学の「当たり前」でした。
ニュートン物理学の世界観を、
ものすごくざっくり言うなら、
世界は決定論的。
宇宙は客観的。
観測者は外側にいる。
世界は完成された機械宇宙。
という感じです。
長い間、
これが「スタンダード」でした。
『ラプラスの悪魔』
というものを聞いたことがある人も
多いと思います。
“宇宙中の粒子の位置と速度が全部わかれば、
過去も未来も全部計算できる”
というやつです。
しかし。コレに対して
量子力学が出てきます。
すると、
観測者は無関係なのか?
状態は観測前から確定しているのか?
“客観”とは何なのか?
という問いが出てくる。
つまり、
前提の前提が揺さぶられるわけです。
私には、タフティの
「過去世の記憶がないのは宇宙の欠陥」
という発言が、
少しだけその構造に見えたんです。
宇宙は完璧仕様。
忘却は意味ある保護装置。
……本当に?
という。
もしかしたら
スピリチュアル界のパラダイムシフトに
なるかもしれないな、と思うこともあります。
パラダイムシフトとは
いろんな表現がされますが、
「世界の前提そのもの」が入れ替わること。
そして
パラダイムシフトにはそれまでの
「コレってこうだよね」という常識を
揺さぶる人が出てきます。
で、人だけじゃなくて
しばしば、偶然か必然か、
「技術インフラ」が同時発生しています。
例えば天動説から地動説を唱えた
ガリレオは望遠鏡。
聖書を翻訳したら火炙りの刑な時代に
翻訳をしたルターは活版印刷。
(その余波はまわりまわって戦国時代の
日本にも影響を与えました。
キリスト教伝来という形で)
量子力学の黎明期は真空技術・放電管技術が
外せません。
そして名だたる研究者たちが
「これはこうだよね」
「結果はこうなるだろう」
というそれまでの常識とは異なる仮説や実験結果に
ときに戸惑い、
ときに自分自身を疑いながら
発展させてきた歴史があります。
ちなみにゼランドは
最初のリアリティ・トランサーフィンの原稿が
20社以上の出版社からボツをくらったときに
メルマガからスタートしました。
それがVes社の目にとまって
今があります。
この場合の技術インフラはインターネットですね。
だから、
ここから先は私の個人的な仮説ですが。
もしトランサーフィンシリーズや
タフティという存在に、
世界的な意味や可能性があるとするなら、
「共有されている前提そのものを揺さぶる問い」
の中にあるのかもしれないと。
ガリレオがそうだったように。
量子力学がそうだったように。
もちろん、同列に並べるつもりはありません。
ただ少なくとも、
トランサーフィンもタフティも、
かなり一貫して、
「今まで当たり前だと思ってたそれ、
本当に当たり前?」
と揺さぶりかけてくる作品なんですよね。
もしかしたら今見ているのは
スピリチュアルにとどまらない
ある種のパラダイムシフトの波なのかもしれない。
ふと、そう思います。
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