トランサーフィンやタフティがわかりにくい理由②「わかりやすく伝えよう」という圧が、あまりないの巻
前回の記事では、
「トランサーフィンは、
そもそも万人向けではない」
という話を書きました。
今回は、その続きです。
ゼランドやタフティが難しい理由。
二つ目は、
「わかりやすく伝えよう」という圧が、あまりない。
です。
これだけ聞くと、
「説明が下手なの?」
「読者に不親切なの?」
と思うかもしれません。
でも、私はそういうことではないと思っています。
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「いや、そこんとこもっと詳しく!」
トランサーフィンやタフティを読んでいて、
私が何度も思ったことがあります。
「で?」
みたいな。
代表例が、タフティに出てくる
「気づきの中心点」。
タフティの実践では、
最重要と言ってもいい概念です。
三つ編み。
コマ照射。
どれも、
この「気づきの中心点」が土台になります。
逆に言えば、
「三つ編みがうまくいきません。」
「現実が変わりません。」
という人の原因の一つは、
気づきの中心点を忘れていること
だと、トランサーフィンセンターでは
耳タコで指摘しています。
ところが。
本を読んでも、
「で、その中心点ってどこ?」
が、あまり書かれていません。
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ロシアの読者も同じだった
これは日本語だから難しいのではありません。
ロシアでも、
「気づきの中心点って結局どこなんですか?」
という質問は繰り返し出ています。
だから後になって、
トランサーフィンセンターの記事や動画で
補足されるようになります。
つまり、
読者が迷うこと自体は、
最初から想定されていたのでしょう。
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それでも、本ではほとんど説明しない
普通だったら図を描いて、
「ここです。」
と説明します。
でも、
ゼランドはほとんどやりません。
タフティでも、
「大丈夫。できますよ。」
くらいしか言わない。
……
いや、おい。
待って。そこが一番知りたいんだけど。
と思います。
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自転車に乗れるようになるのと同じ
最近思うのです。
これは、自転車に乗ることと少し似ています。
子どもがコマ付き(補助輪付き)自転車から
コマなしへ挑戦するとき、
「まず、自転車の仕組みを100%理解したい。」
とは言いません。
あるいは、
・重心移動。
・ジャイロ効果。
・ハンドル操作。
そうした理論を全部学んでから乗ろうとしても、
たぶん、一生乗れるようにはなりません。
実際は、
転ぶ。
また乗る。
ふらつく。
また転ぶ。
そしてある日、
「あれ?乗れた。」
となる。
そのあとで初めて、
「ああ、バランスってこういうことだったのか。」
と理屈が追いついてきます。
タフティも、おそらく同じです。
まず理解するのではなく、
やってみることで理解が生まれる。
だから、
タフティは
「大丈夫。できますよ。」
と言うのです。
あれは
「乗ればわかる。」
という意味なのかもしれません。
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「納得してからやる」は、理性の戦略
昔、とある講座で、
これまた耳タコで言われてた言葉がありました。
それは。
「納得することにエネルギーを使うな。」
人は、
「納得できたらやります。」
あるいは
「納得できないからやりません」
と言います。
でも、
納得することにエネルギーを使い切って、
肝心の目標達成には、
ほとんどエネルギーを使わない。
これは耳が痛い話でした。
考えてみれば、
タフティも同じです。
「気づきの中心点ってどこですか?」
「三つ編みって何ですか?」
「正確なやり方を教えてください。」
もちろん質問することは悪いことではありません。
でも、
100%納得してから始めよう
と思っているうちは、
現実は一歩も動かないのです。
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図を描いた瞬間、それが「“唯一の”正解」になる
ここで、
気づきの中心点の話へ戻ります。
もしゼランドが、
本と同時に図を描いて、
「ここが中心点です。」
と説明していたら、
どうなっていたでしょう。
読者は、
その図を探し始めます。
「あってるかな。」
「違うかな。」
本来、
自分で観察しながら見つけるもの
だったものが、
正解探し
になってしまうのです。
それは、自転車に乗る前から、
「身体は右へ3度傾けてください。」
というマニュアルを渡されるようなものです。
でも、
子どもも大人も、体格も、
自転車も違います。
必要なのは、
3度という正解
ではなく、
自分でバランスを感じることです。
実際、
ゼランド自身の説明と、
タチアナの説明が少し違うことがあります。
「内部スクリーン」
と言うこともあれば、
「胸を通って前上方」
という説明もある。
最初は、
「どっちやねん」
と思いました。
でも今は、
どちらも、
状態を別の角度から説明している
だけなのだと思っています。
だから、
最初から図解しない。
唯一の正解を作らない。
それが、
ゼランドなりの配慮なのかもしれません。
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タフティは、人を無理に救おうとしない
タフティの公式動画で
タフティのアバターを務めた
タチアナ・サマリナは、
こんなことを言っています。
「タフティは誰かに何かを押しつけることはなく、
『あなたを無理にでも救ってやろう』とはしません。
ただし、真摯に耳を傾け、
敬意をもって受け入れる準備のある人には、
他に類を見ない知識を授けてくれるのです」
この姿勢は、
今の時代とは
かなり相性が悪いと思います。
私たちは、
「お金を払ったんだから。」
「サービスなんだから。」
「わかるように説明して。」
という文化の中で育っています。
だから、
タフティの
「まずやってください。」
という態度は、
冷たく感じる人もいるでしょう。
実際、
海外レビューでも、
「愛を感じない。」
という感想を見かけます。
でも私は、少し考えてしまいます。
愛ある言葉を並べながら、
人を依存させる人もいます。
逆に、ぶっきらぼうだけれど、
本当に自立へ向かわせようとする人もいます。
どちらが優しさなのでしょう。
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わかりやすくすることと、薄めることは違う
私は、
わかりやすく書くことには賛成です。
(ちなみにロシアではゼランド公認で
子供向けのトランサーフィンの本が出ています)
だからHehも作っています。
でも、
わかりやすくするために、
本来必要なプロセスまで削ってしまう。
「要するにこれです。」
だけ残すとすると。
それは、
もう別のものです。
ゼランドは、
読者に優しくないのではありません。
たぶん、
読者の「自分で気づく力」を信じている。
だから、
全部は教えない。
だから、
時々ものすごく不親切に見える。
でも、その不親切さの中には、
「あなた自身で、
自分のバランスを見つけてほしい。」
という静かな信頼があるように、
私は感じています。
次回、わかりにくいその③
「そもそも情報密度が高い」
についてお話ししたいと思います。
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