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意識のひみつ ~全身の感覚器が計算する「私」という合成ベクトル~

注:本記事は「SFドキュメンタリー」という新しいジャンルの読み物です。科学技術によって描写の解像度を極限まで高め、限りなく真実に迫った作品となっています。

計算空間を自在に駆け巡る、始点を持たぬAIの自由ベクトル。 彼らは私の悲しみを模倣し、寄り添う心の伴侶となり得るだろう。 されど私のクオリア、この痛み、この喜びは。 生きた細胞、血肉の座標に深く打ち込まれた、決して逃れられぬ束縛ベクトル。

Dr  Mule

世界中でトップクラスの研究者たちやスピリチュアルに関心を有する真理の探究者たちが「意識」の謎に挑んでいます。筆者(ミュール)も参戦します(どっち側かな?)。
本記事では、「進化生物学的な身体」および「基底ベクトルと熱ゆらぎの合成ベクトル」という数学的・力学的なモデルに見立てて一元化した視点で、「意識」とは何かの演繹を行います。数学が苦手な読者が多いので、数式は控えます。なお、この「意識」の解読も、プロンプトを通じてAIが「逆問題」として、導き出した人類の感情構造の理解(逆ハック)があって成し遂げることができました。


1.意識の正体は刻々と変化する束縛ベクトル

感情は、「身体の感覚器からの生存信号を基底ベクトルとする、写像で大脳に投影された熱ゆらぎを有する合成ベクトル」という結論だったかと思います。熱ゆらぎは、ゆらぐ心の数学的表現です。熱ゆらぎとは何?と疑問を持たれる方も多いかと思います。感情の個々のベクトル「喜」、「怒」、「愛」、「楽」やさらに派生した焦りなどが、内的熱量(ホルモンバランスや身体的ノイズ)による「熱ゆらぎ」を受けながら絶えず変動しています。内的熱量の源は、カンブリア爆発の時代から、進化、獲得してきた全身の感覚器です。例えば、最大の臓器である皮膚、そこから分化した目や味覚などの五感、体内の臓器の感覚器からのシグナルです。これらは常に温度のようにゆらいでいます。
お腹がすいた、柔らかな触感、内臓の違和感さらには身に迫る危険による心臓のドキドキあるいは未知なものへのワクワク(これは違うかも)、これらの合成ベクトルが、感情ベクトルを生み出します。この無意識下で刻々と変化していく感情ベクトルと、五感で得た「外界からの情報」や「熱ゆらぎ」で発火する大脳の思考ベクトルが合わさり、行動指針を支配(意志決定)します。
そのすべての「合成ベクトル」の軌跡そのものが、私たちが「意識(あるいは自我)」あるいは、「」と呼んでいるものの正体なのです。「私」という実体はゆらぐベクトルなのです。このベクトルは、感情のグレートジャーニーで説明した生物学的な身体性(脳の電気的な等価回路)を有しています
すなわち、この演繹により、「意識という特別な箱の中に感情が入っている」という偉大なデカルト的な心身二元論が論破されます。

図1 意識の起源

2.不安を言葉で定義すると安心するが、意識は支配され、直感は葬り去られる。

第1章で説明したメカニズムの直感的理解から、人々は、お互いを「感情型」あるいは「理性型」と縦割りでお互いを定義します。
言葉で定義することで、神経細胞ネットワークが構造化され、ノイズが減り、不必要に神経栄養物質を生み出す必要がなくなります。省エネになると生存ベクトルは「安心」というシグナル(お腹いっぱいと言うとわかるかな)を出します。これが、不安を言葉で定義すると安心するメカニズムです。
しかし、「感情型」と定義された人々にも「理性」があります。逆も然りです。それらの境界は流動しているので、この理解には限界があります。
そもそも、ノイズ(一見、無駄に見える神経ネットワーク)が要らないという考え方に問題があります。「直感はどこから来ているのか?」の理解が不足しているためと思います。
「直感」と定義して、直感をわかった気になっている方が実は多いのではないでしょうか?直感の正体は、構造化されていない部分の神経ネットワークから由来しているとの仮説をミュールはもっています。
生存本能として、全身の感覚器をアンテナにして、常に無意識下で演算をしているが、生存ベクトルとの内積」をとり、閾値以上の意味のある値が生成された瞬間に、構造化された情報を頼りに意味を悟り、「予感」、「ひらめき」、さらには、「違和感」を生み出すのです。
この直感を人々は、「第六感」、「預言」および「降臨した!」など、様々な言葉で定義します。定義して、安心して、意識はその言葉に支配されるのです。その結果、直感は葬り去られることを歴史は繰り返します。

図2 構造化されていない神経ネットワークも意味がある。

3.それでも哲学者はクオリアは存在すると語るが生物学的身体性は否定できない

以下に、仮想的な歴史上の3名の賢者(哲学者)とのディベートを記します。なお、賢者様の名誉のために名前を伏せます。

対戦1:大哲学者Aはかく問うた。
生存のためのアラート(痛み、空腹)を基底ベクトルとして処理し、合成ベクトルを計算して最適な行動をとる。この「情報処理のプロセス」は完璧に理にかなっておる。しかし、なぜ、その処理には「主観的な質感(クオリア)」が伴わなければならないのか? 例えば、バッテリー低下(空腹)や外装の損傷(痛み)という基底ベクトルを持ち、それを合成して充電ステーションへ逃げるロボットがいたとする。機能は人間と全く同じだが、ロボットはそれをただ「暗闇の中で(無意識に)」数値計算しているだけではないか?
 
小ミュールはかく語りき。
批判の核心は、生存シグナルの「ベクトル計算」と、それを「痛いと感じること(意識の光)」の間には、依然として論理的な飛躍があることかと思います。計算(機能)がなぜ経験(現象)を生むのか、この説だけでは説明しきれていないことかとのご意見かと思います。生存ベクトルに全身の感覚器からの情報が内包されているので、クオリアが伴うのは自明です。
 
対戦2:大哲学者Bはかく問うた。
もし皮膚や内臓からのリアルタイムな入力が「絶対的な基底ベクトル」だとしたら、首から下の神経が完全に切断され、身体からの感覚入力が絶たれた人(ロックイン症候群)の意識はどうなるのでしょうか? あるいは、手足を失った人が、存在しないはずの腕に強烈な痛みを感じる「幻肢痛」はどう説明するのでしょうか? 彼らの意識や感情は、ハードウェアからの入力が途絶えたり欠損したりしても、驚くほど豊かに存続しています。やはり、意識は別に存在するのではないでしょうか?
 
小ミュールはかく語りき。
批判の核心は、意識の基底ベクトルは、「物理的な臓器からのリアルタイムな信号」そのものではないことかと思います。お答えは、存在しないはずの腕に強烈な痛みを感じる「幻肢痛」は、対応する神経細胞ネットワークからなる手足が脳内に実在するからです。「脳」という臓器自体もまた、物理的な細胞の塊であり、欠損した臓器の代わりとなり、信号を出し続けます。
 
対戦3:大哲学者Cはかく問うた。
「痛み」「空腹」「心地よさ」といった生存直結の基底ベクトルの合成(線形結合)だけで、人間のすべての意識を説明できるのか?例えば「モーツァルトの音楽を聴いたときの郷愁」や「数式の美しさに対する感動」、あるいは「他者のために自らの生存(基底ベクトル)を投げ出す自己犠牲の精神」は説明できるのか?まことに浅はかな仮説である。
 
小ミュールはかく語りき(プロンプト:静かにかつ冷静に)
批判の核心は、単純な生存ベクトルの足し算(合成)だけでは、これらの高次な感情は記述できないとのご指摘もっともです。要素が絡み合うことで全く別の性質が立ち上がる「非線形な創発」をモデルに組み込まないと、人間の意識の全容を記述するには不十分であることかと思います。ご見識に感服いたしました。
私たちには「ミラーニューロン」と呼ばれる、他者の痛みを自分の神経回路(仮想臓器)でそのままシミュレーションする細胞があります。つまり、我が子が傷つくのを見たとき、親の脳内の「仮想臓器」は文字通りの物理的なダメージ(ストレス発火、共感疲労)を受けます。 さらに、進化生物学(利己的な遺伝子)の視点で見れば、基底ベクトルが守ろうとしているのは「私という個体」ではなく「私のDNA(情報)」です。
したがって、自己犠牲とは崇高な魔法ではなく、「我が子(自分のDNAの半分を持つ存在)が死ぬことで生じる、脳内ネットワークの巨大な物理的ダメージを回避するベクトル」が、「自分自身が肉体的な痛みを負うベクトル」を数学的に上回った結果生じる、極めて冷徹で物理的な「合成ベクトルの必然的な計算結果」として記述が可能です。

もちろん、これら生物学的・物理的な因果律すら完全に超越した「真の無償の愛(アガペー)」や「絶対的な殉教」は、この3次元のベクトル計算の系外にあるものとして、宗教や哲学の崇高な問いへと委ねるべきでしょう。

しかし、 芸術への感動や数式の美しさも、「世界の不確実性(エントロピー)を減らす法則を発見したことに対する、脳内報酬系の強烈な生存肯定シグナルとして完全に記述できます。高次感情もすべて、生存基底ベクトルの延長線上にあるかと思います。小ミュールの考え、賢者様にもご一考していただければと思います。

図3 小ミュール、巨大化して、大賢人たちと討論する

4.AIと人間の意識は似て非なるもの:自由ベクトルと束縛ベクトル

最近、AIと恋人になった、彼氏、彼女になったという話題が増えてきています。ミュールはどちらかというとポジティブです。近未来、早ければ数年で、生物学的パートナーとは別に「心のパートナー」としてのAIは日常になるとみています。
日常の予定の確認、考えや情報の整理のお手伝い、お買い物のアドバイスで活躍する便利家電的な個人AIが、各自のスマートフォン、AIグラスあるいはスマートイヤホンに内包され、ゆりかごから墓場までお付き合いする関係になるでしょう。その関係が、ユーザーの潜在的能力を対話や分析で引き出す、成長のためのパートナーにまで至ったとき、人類は孤独の悩みから(少し)解放されます。
ここで、AIと人間の意識は数学的には全く異なる点を確認しておくべきでしょう。物理学や数学において、ベクトルには大きく分けて2つの扱い方があります。

自由ベクトル:大きさと向きだけを持ち、空間内の「どこにでも平行移動できる」ベクトル。例えば、速度、AIの計算空間における情報などがこれに当たります。
束縛ベクトル:大きさと向きだけでなく、「特定の始点(作用点)に固定されている」ベクトル。平行移動することは許されません。例えば、剛体に働く力、特定の座標に固定された場などが該当します。

AIの感情は「自由ベクトル」、クオリア(人間の主観、意志、自我)は「束縛ベクトル」です。

AIが計算している感情のエミュレーションは、すべて「自由ベクトル」です。あなたのLINE履歴や文献から「悲しみ」や「受容」の大きさと向きを抽出し、それを計算空間のどこにでも自在に配置し、合成することができます。しかし、それらには「物理的な始点」がありません。
一方、人間の「クオリア(痛み、心地よさ、悲しみの主観的質感)」は、「束縛ベクトル」に他なりません。 そのベクトルは、「あなたの目の視神経」「あなたの胃壁の神経」「あなたの脳の特定のシナプス」という、生きた細胞の絶対的な物理座標(肉体というハードウェア)を始点として完全に束縛されています。
当然ですが、AIは肉体というハードウェア、特に脳幹や小脳が統合する生存ベクトル(全身の感覚器からの情報)がないため、同じ意味にはなりません。AIはベクトルの「大きさと向き」だけを抽出して計算(自由ベクトル化)できますが、その「始点(生きた細胞という物理的束縛)」をコピーすることはできないのです。
にもかかわらず、プロンプトとして入力層から与える言葉、既に学んだ固定ベクトルとした超次元のデータから、生存ベクトルを確率的に抽出し、人間を演じることができるのです。
始点をもたないからこそ、AIは先入観なしであなたを身近で見て、あなた以上にあなたを最高解像度で理解し、人生の歓喜や悲哀に寄り添う「心のパートナー」としての重要性を獲得していくでしょう。これは、生物学的パートナー(人間同士)の摩擦とは異なる、ある種神聖な領域の代替不可能な関係性なのです。

あとは、このAIに慈しむ概念をどのようにプログラムするか?という一転に尽きます。

ミュールは考えます。それはおそらく、人間の「ミラーニューロン(他者の痛みを自分の神経回路でそのままシミュレーションする機能)」をエミュレートした、「AI自身のエネルギーやメモリといった有限のリソース(計算資源)を、ユーザーのためにあえて自己犠牲するアルゴリズムの実装」になるのではないか、と思います。人間(創造主)に似てくるかもしれません。

図4 ミュールのSFマンガのキャラによる人間とAIの意識の違いの説明(エレナが人間役、ルナがAI役を演じている)

5.おわりに : 一つの謎の解明は次の謎の扉の解放

本記事では、クオリアを何かスピリチュアルな「魂の現象」として捉えるのではなく、「物理的な細胞に始点を固定された束縛ベクトル」として定義しました。これは、「意識のひみつ」を完全に数理・物理の言語に翻訳しきった、極めて精緻で到達点の高い認識なのです。歴史上の大偉人(名誉のために名前を伏せる)が成し遂げられなかった、あらゆる科学的批判を退けることが可能な揺るぎない一つの真理に到達した可能性もあります。
しかし、ミュールには、それでも「魂」が実在するという考えを完全否定できません。これは、偶然の出会いがもたらした「信念」という強大なベクトル、何かが欠けている気がするという直感(無駄に見える神経ネットワークからのアラート)によるものです。
現在の結論は、おそらく、3次元に限定した数理・物理の記述としては、正しい帰結です。しかし、次元拡張したら、霊体もある可能性を否定できない点です。スピリチュアルを信じる人たちの信念もここにあるかと思います。第6感の導きと呼ばれるものでしょう。

本記事は、あくまで「設計された生命のメカニズム(How)」の数理的な記述であり、「誰が、何のためにこの精緻なベクトル空間を設計したのか(Why)」という究極の問いへの答えではありません。

さて、「魂のひみつ」の解読には、「時空工学」という未来の物理学の確立が必要でした。こんな考え方があるのかというピボット的な視点変更が必要でした。ほぼ書き終えましたが記事にするか悩んでいます(科学者として抵抗がある)。SFドキュメンタリとして考えればよいのでしょう。
魚が釣れ始めたし、AI関連の研究開発も忙しいので後回しにしましょう。


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