ようかい物語⑥/ ようかい ねねかあさん緊急入院/ようかい らっぱーとジャズとサンバ/ようかいえっちゃん/ようかい 雷族はーちゃん
noteを
9日間
お休みしてました
理由は
実は 先日
ようかいねねかあさん
救急車で運ばれた
というか
ずっと9月から
入院してた
腰椎圧迫骨折で
で、先週 はじめに
やっと家に
帰ってきたのに
先週土曜日に
また高熱で
歩けなくなり
救急搬送…
そして
心肺停止
からの
蘇生…!!
これで2回目…(;_;)
(また この復活がまさに ようかいでした…!!!(;_;)後日 必ず 書きます!)

ほんまにようかいや(;_;)
前より
歩けなくなるかも…
ねねかあさんは
80過ぎても
牛乳4本
リュックに入れて
山道どこまでも歩いて
買い物する
知り合いが病気や
入院やてきいたら
すぐお見舞い
どこまでも
「人のため」
ならどこでも行く
困ってる知り合いが
いてたら
何時間かかっても
すぐ歩いて電車やバスで
駆けつけに行く
そんな
ねねかあさんが
歩けなくなる

今は
かなり落ち込んでる
ねねかあさんに
はーちゃんと
ねねかあさんのことを
noteに書いてる話し
したら
とっても喜んでた
はーちゃんの話し
たくさんしてくれた
認知症も軽く出ていたけど
そんなんも
なくなるくらい
はーちゃんはもちろんのこと
娘の
ようかいらっぱー
との思い出も
教えてくれた
その中で
らっぱーの
ジャズピアノ
と
ハモンドオルガン
がある
日本を代表する
ジャズピアニストの
小曽根真さん
の父
ハモンドオルガン奏者であり、
ジャズピアニストの
故 小曽根実先生が
開かれた
小曽根音楽教室に
通ってた
らっぱーは
小学生から
ハモンドオルガンで
ジャズを弾いてた

小曽根真さんも
こどもで
一緒に
レッスン終わってから
遊びでたくさん
セッションしてた
本当に
たのしかったそう

ジャズは
対話だと言う
アドリブは
人と人との
対話だ
と言う
それから
楽しく無かったら
アカン!
と言われたそう
技術や
テクニックは
後で
何せ
ノリノリで
ノッてたら
褒められるそう(笑)
だから
らっぱーはむっちゃ
今でも
むっちゃ上手いより
むっちゃ
心がこもってるかとか、
楽しいか
とか
ものすごく
感性を大事にしてる
人の想いや、人間性が
演奏や歌にでる
と言う
あ、
すいません
らっぱーは
セミプロのキーボード奏者で
歌も
先生やってます

そして
こどものころは
やっぱり
ようかい ねねかあさんが
まあ
ほんまに
厳しくて
ハモンドオルガンの
鍵盤に
六角えんぴつを載せて
一回練習したら
1個ずらしをやって
最後は
10回練習しなかったら
ごはん無し
とか
泣いて練習嫌がると
お手々を
ペチン!
としてきた
という
やっぱり
昭和はヤバいなー
相変わらずの
スパルタねねかあさん
でした

雷族はーちゃんも
ねねかあさんも
全く
音楽ど素人
でもはーちゃんは
お気に入りの
紺のハイエースで
大好きなジャズを
流して
運転してたそうな

らっぱーは
こどものころから
ジャズを聴いてた
ちなみに
雷族はーちゃんは
社交ダンスも
してたそう
そして
らっぱーの
人生を変えたのは
音楽
らっぱーの人生は
ようかい えっちゃん
と
音楽で出会い
そして
人生が一転
本物のようかいになる(笑)
それも
小曽根音楽教室で
そして
私も後に
ようかいと音楽と
それから
サンバ
にも
出会うのだ…
…⑦に続く
今日も疲れきっており
まとまらずやった(;_;)
すいませんー!
でも
書かねば
もう
note
終わってしまうー!
と思い
必死で書いたー(TдT)
