タイトル:静かな対話Ⅲ──他者の中で自分を育てる
🌿はじめに
このシリーズは、「生きるのがちょっと下手だな」と感じている方、人との関わりの中で傷ついたり、迷ったりしながらも、それでも懸命に生きようとしている方に向けて書いています。
私自身もそういう一人です。
同じように立ち止まる誰かが、少しでも呼吸を整えられるように――そんな願いを込めています。
こんにちは。森野ひなぎくです。
「自分の中に他者を育てる」「あなたの中で生き続ける他者」と、これまで書いてきました。
どちらも“自分の内側”に目を向けた静かな対話でしたが、今度はその逆──「他者の中で、自分がどう育っていくのか」について考えてみたいと思います。
自分の“いい面”が出る人、“悪い面”が出る人
今までの人間関係を思い返してみると、自分の「いい面」が出やすい相手と、そうでない相手がいます。
緊張せずに笑える人の前では、自然体の自分でいられる。
ピシッと背筋が伸びるような人の前では、いい意味での緊張感が生まれる。
けれど、常に気を張っていないと傷つけられてしまうような相手――たとえば、見下したり、雑に扱ったり、傷つけるような言葉や態度を取ったり、人として扱ってくれないような相手の前では、心は防御の姿勢を取らざるをえません。
そうした関係の中では、自分の「いい面」は萎縮し、自分を嫌いになってしまうことさえあります。
同じ自分なのに、相手や環境によってまるで違う人のようにふるまってしまう。それは性格がブレているのではなく、自分の中のどの部分が引き出されるかが変わるだけなのだと思います。
これって相性もあるので、自分にとって「いい面」が出やすい人であっても、違う人ならそうでもないこともあります。逆もまたしかり。
他者とともに育つということ
誰かのまっすぐな姿勢を見て、「自分も誠実でありたい」と思うことがあります。あるいは、他者のやさしさに触れて、自分もそのやさしさを返したいと気づくこともあります。
他者と関わることで、自分の中の眠っていた部分が目を覚ます。
それは同化でも、支配でもなく、静かな“共鳴による変化”です。
私たちは他者によって、思いがけない形に育てられていきます。
自分ではその扉があることすら気づかなかったのに、誰かとの出会いによって、驚くような可能性の扉が開かれることだってあります。
自分をすり減らさない場所を選ぶ
人間って、案外弱くて、引きずられやすい生きものです。
優しい言葉が飛び交う場所では、自分の中のやさしさが育ち、人として大事にされない・尊重されない殺伐とした場所では、知らず知らずのうちに心がとがっていく。
もちろん、どんな状況にも引きずられずに、自分を保てる強さを持った人もいます。でも多くの人は、わりとその環境に影響受けてしまいがち。
だからこそ、
「自分が気持ちよくいられる関係」「穏やかに呼吸できる場所」を
大切にしていいのだと思います。
「いい面」を引き出してくれる相手のそばで、そのやさしさを受け取ってもいい。
自分を大切にすることを自分に許す
「ここでは自分を好きでいられない」と感じる場所から、静かに距離をとることも、立派な選択だと思うのです。
それは逃げではなく、自分を守りながら生きるための知恵。
自分をすり減らさずにいられる場所を選ぶことは、自分を大切に扱うことと同じです。
実際には、距離を取ることが許されないことの方が多いのかもしれません。
離れることで不利益を被ることもあるでしょう。
でも、すべては無理でも、どこかに「穏やかに呼吸できる場所」があれば、一息つけます。
最後に
今日も、私たちは誰かとの関係の中で変化しながら生きています。
いつか、自分が受け取ったやさしさを、誰かに返していけたらいいなと思います。
