【36歳からの人生の作り方】#13 初デートで全部つながった。「この人だ」と確信した日
note創作大賞2026 オールカテゴリ部門 応募作品
36歳まで、わたしは「趣味で絵を描いていた専業主婦」に過ぎなかった。
それがイラストレーターになり、46歳で漫画家になり、51歳でインタビューライターになった。気づけば4冊の本を出し、NHKで教え、新聞やテレビ媒体でコラムを書くまでになったのだ。
36歳の自分に20年後の自分の話をしても、おそらく信じないだろう。
今までわたしが心がけてきたこと、やってきたこと、やらなかったことを、少しずつ書いていきたいと思う。
この冒頭から始まる記事も、今回で13本目となる。
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10秒で読める「前回までの話」
20年前、趣味で絵を描いていた専業主婦のわたしは、ライター講座が縁で決まった「ひよこ企画」は、離婚と同時に頓挫したが、代わりに『仏像ぬり絵』の著者として華々しくデビュー。
フリーのイラストレーターとなり、仕事は激減するが、「イエローモンキー好き」「美術館好き」の9歳年下男子Yと出会う。Yとはカラオケデートの約束をするが…

また見つかった共通点
Yの仕事はSE。
こんなキラキラしたSEがいるんだ!と驚いたわたし自身、20代の頃にはプログラマをしていた。
初めて2人で会う日、大塚駅への途中でSEの生態について書かれたフリーペーパー(R25だったか?)を見かけると、思わず手に取りバッグに入れた。話のネタはいくつあってもいいだろう。
16時、待ち合わせのみずほ銀行に着くと、彼はすでに来ていた。斜めに差し込んだ夕陽が彼の顔に影を作っていて、それが美しかった。
最初はお互いに固かった2人だが、IT系仕事の話から、「わたしはどうも詰めが甘くて」「僕もそうなんですよ」といった会話で打ち解ける。
すぐに夕食の時間になり、歌舞伎町へ。今とは違ってまだ街に怪しさが残っていたころだった。彼は不思議な中華料理(火鍋)の店に連れて行ってくれた。ドアを開けた途端、異国情緒が漂う別世界に迷い込んだような店で、テーブルの下に猫がいた。

隣のテーブルから聞こえてくる会話がおもしろすぎて、2人で目くばせし合ってくすくすと笑ってしまった。
イエローモンキーと美術展
最後にメインのカラオケ。イエローモンキー(※The Yellow Monkey:日本の4人組ロックバンド)の曲だけで1時間、満喫した。
わたしは常日頃から疑問に思っていたことがある。
カラオケボックスに少人数で行くと、人が歌っている間にひたすら曲を入れて、途切れなく歌い続けて、ろくに話もできないのってつまらなくない?
彼も同じ考えのようで、歌の合間に曲について語る語る。まさにファンの集いにふさわしい。だから、そんなにたくさんの曲は歌えなかったのに、すごく満足度が高かった。
あっという間に帰る時間が迫っていた。夜も更けたコーヒーショップは満席で、思い思いに話す声が行き交う。
どちらともなく、「次はいつ会おうか」と言い出した。
きっと相手も同じだろうという確かな手ごたえがあれば、言い出すことにさほど勇気は必要ない。そして、こんなときには、どちらが言い出したかは、どうでもいいことなのだ。(覚えていないともいう)
そしてなんと、翌日も会うことになったのだ。
上野の森美術館の『シャガール展』と東京都美術館『フィラデルフィア美術館展』。それがわたしたちが初めて一緒に行った展覧会だった。
『フィラデルフィア美術館展』で観たピカソの『パレットを持つ自画像』が「テキ屋のお兄さんにしか見えない」とわたしがいうと、彼のツボにはまり、ずっと2人でゲラゲラと笑っていた。

(ピカソがアフリカ民俗芸術に影響を受けた時期の作品らしい)
予想通り、序盤をじっくり鑑賞しすぎて、どちらの展覧会も最後は駆け足になってしまった。お互いに自分のペースで観たらそうなった。でも満足だった。
イエローモンキーと美術展。このややふり幅の大きな二つを一緒に楽しめる相手がいたらいいな、と確かに思っていた。そんな人に出会うのは奇跡でも起きない限り無理だと思っていた。
でも、出会えた。この人こそ、今まで出会った中で一番気の合う人だ。
彼に会う前にわたしが感じていた「確信に近い感覚」は、まさにはっきりと「確信」に変わったのだった。
イエローモンキーとわたしたち
さて、イエローモンキーファンであるわたしたちだが、あまりガチな音楽ネタを書くと、ファン以外の方が置いてけぼりになる危険がある。そして、おそらく読者の9割はファンではない方だ。
とはいえ、ここでの恋愛の「唯一無二さ」は、イエローモンキーについて書かずしては表現できないので、書いてみようと思う。
世間的にはイエローモンキーのファン=吉井さんに夢中、という図式かもしれない。けれど、わたしにとって吉井さんは「崇高な美学の体現者」であって、男性として好き!というのとはちと違う。音楽性で好きになったらヴィジュアルも美しかった!という感じ。

だって、吉井さんの作る楽曲は本当に素晴らしいのよ!あの美輪さまこと美輪明宏氏をして「聴く価値のあるもの」に「吉井和哉くんの作るバラード」と言わしめているのだ。『So Young』や『beautiful』など、機会があればぜひ聴いてみてほしい。
美意識を共有できる人
Yを好きになったのは、吉井さんの面影を追ったからではなく、彼の中に「同じ美学を共有できる知性」を見たから。
イエローモンキーの1995年の4thアルバム『Smile』を、ロッキングオンの渋谷陽一氏は『産業廃棄物』と呼んだ。それまで重厚な世界観を構築していたイエローモンキーにしてはポップすぎたからだ。
でも、わたしにとって、ここに収められた『争いの街』という曲は別格だった。悲恋物語であり反戦歌であり、まるで映画のような美しい曲。今のこの時代、イエローモンキーはもっとこの曲を積極的に打ち出してもよいのではないか、とすら思う。

イエローモンキー初期にも、ジャガーという戦士の登場するコンセプトアルバムを制作した
出会った頃に、わたしがその曲への熱い思いをぶつけると、Yはこう言ったのだ。
「この曲があることで、このアルバムの中に『隠し持ったナイフのような鋭さ』が生まれたと思います」
しびれた。この言葉を聞いた瞬間、自分の中で何かがカチリと音を立てて噛み合った。
この人は、ただの「雨男の年下男子」じゃない。わたしの中にある、言葉にできない感覚を分かち合える人かもしれない、と。
ま、そんなカッコいいことを言わずとも、この人とならいつでもイエローモンキーを一緒に聴けるんだ、と考えたら、そりゃ萌えるよね。
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結婚してから、こんなはずじゃなかった…と後悔しないために。あるいは今、結婚生活に悩む人のためのnoteをまとめたマガジン
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参考までに、この日に登場した展覧会のレビュー記事(別note)
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