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1520ルーメンの暗い常盤 ⑩


常盤の電球


 常盤とは、あの気まずい1週間を経て、また前みたいに話すようになっていた。
 貸した『ブルーダークの冒険』の感想を言い合ったり。
「あの能力かっこよくない?」とか、「自分だったらどの能力ほしい?」とか、そんな話をした。

 10月5日からの移動教室に向けて、行動班のルート決めもした。諏訪湖を背景に、立石公園で写真を撮る。それが僕らの班のメインイベントだ。
 僕らの班では、例の映画の聖地巡礼を「あなたのお名前なんてーの巡り」と呼んでいた。移動教室3日目の自由行動が、今から楽しみだった。

 
 

 
  

 明後日に移動教室を控えた今日、常盤は2時間目から登校してきた。
 なんとなく元気がないようにも見えたけど、休み時間はずっと本を読んでいたので、話しかけなかった。
 昼休みは寝ていた。……いや、なぜかまた寝たふりだ。

 6時間目には、前期最後の委員会活動がある。帰り学活が終わって、鞄を持ちながら僕は声をかけた。

「常盤、委員会行こう」
 常盤が、ハッとしたようにこちらを見る。何か言いたそうに口を開きかけたけど、無言のままだった。目の下に、うっすら隈がある。
「ん? 何、どしたの。ってか寝不足?」
「……なんでもない。行こう」

 なんか今日の常盤、変だな。委員会が終わったあと、一緒に帰りながら話してみようかな。
 そんなことを考えながら、常盤と図書室に向かう。

 
 

 
 

「後期も、ぜひ図書委員を引き続きやってくださいね~。前期の委員会活動、お疲れさまでした」
 鈴木先生の挨拶で、委員会活動は終わった。

 移動教室が終わるとすぐ、後期の委員決めがある。
 僕は、後期もまた常盤と一緒に図書委員をやってもいいな、なんて勝手に思っていた。4月の僕なら、絶対に考えなかったことだ。あの頃は、委員会活動なんて面倒なだけだったから。

「後期も一緒にやらない?」
 そう話しかけようと思ったけど、気づくと常盤の姿がなかった。

 あれ。教室に忘れ物でも取りに戻ったんだろうか。
 僕は常盤を探しに、教室へ向かった。

 
 

 
 

 常盤との仲は戻ったはずなのに。なんとなく、言葉にできない違和感があった。
 夏休みが終わる頃、電球の明るさと常盤の様子が噛み合ってきているって思った。でも最近は、また少しズレているように感じていた。
 休み時間、常盤が本を読んでいる時間が増えたからかもしれない。

 まぁ、移動教室で思いきり「あなたのお名前なんてーの巡り」をしたり。
後期もまた一緒に図書委員をやったりしているうちに、自然と戻るだろう。
 そんなふうに、僕は呑気に考えていた。
 だから。

「最近さ、登校するとき通るゴミ収集所のあたりに、ぶつぶつ言いながら立ってるおばさん見かけるんだけど。あれ、ちょっと怖くね?」
「うわ、ホラーじゃん」

 すれ違った男子たちのそんな会話も、特に気にしていなかった。

 
 

 
 

 2-Aの教室。もう誰もいない教室の中に、常盤はいた。
「なんだ、ここにいたのか。一緒に帰ろう」そう声をかけようとしたけど。

「……常盤?」

 僕が最初に思ったのは、常盤が体調でも悪いのか、ということだった。
 顔色が青白い。机の横にかかった紙袋を、ぎゅっと握っている。静かに取り乱しているように見えた。

「……っ、羽村」
「え、どうしたの? 具合悪い?」
「いや……」
「そう? 一緒に帰ろう。なんか今日常盤、ずっと真剣に本読んでたから話しかけづらくてさ。あのさぁ、後期の図書委員なんだけど、もしよかったら——」
「読んでない」

 言葉を遮るみたいに、常盤が言った。
「……ん?」
「読んだふりして、クラスメイトの話に耳澄ましてた」
 一瞬、意味が分からなかった。

「気になって仕方ないんだ。誰かが、うちのこと……母さんのこと、噂してるんじゃないかって」

 また、正子おばさんの言葉を思い出す。
『家のことを、誰にも知られたくないって隠す子も結構いるのよ。バレたらこの世の終わりだ、みたいにね』

「常盤。あのさ……もし、お母さんのこと人に知られても、大丈夫だよ? 常盤は嫌なのかもしれないけど……」
「大丈夫じゃ、ない……」

 その掠れた声を聞いて、僕は急に不安になった。
「常盤、あさってからの移動教室、一緒に行けるよね?」

 常盤の肩が、ぴくりと動く。それから、小さく首を横に振った。
「行けない。最近、母さんまた具合悪くて。外出て歩き回ったりしてるから……こんな状態で、家にひとり残していけない」
「……そっか」
 なんて言えばいいのか分からなかった。

「……で、ごめん、羽村」
 常盤は、下を向いたまま続けた。
「ごめん。借りてる漫画、破っちゃって。昨日、家帰ったら母さんが……なんか、やっちゃったみたいで。今日ずっとそれ言わなきゃって思ってたんだけど……」

 途切れ途切れに、それだけ言う。
 机の横には、僕が貸した『ブルーダークの冒険』20巻入りの紙袋。

「は、え? そんなこと?! 全然、いいよ大丈夫」
「いや、弁償するし……でもちょっとだけ待って欲しい」
「別に弁償だっていらない。というか、実は布教用に全巻2冊ずつ持ってるし」
「だから要らない、とはならないだろ。羽村の大事な本だろうが」
「いや、でも……」

 本当に、別に気にしていなかった。大事ではあるけど、貴重なものってわけでもない。なんで常盤がそんな切羽詰まった顔をしているのかわからなかった。大丈夫だってどうしたら伝わるんだろうか。

「俺なんかに貸さなきゃよかったよな……本当に、消えたい」
「……は?」

 なんて、言った? 消えたい? 自虐ギャグとは程遠い常盤の声のトーン。でもまさか、聞き間違いだろう。そう思おうとしたけど……

 ……だけど、もしかしたら。
 コイン1枚分の隙間もないくらい、並々と水の入ったコップが溢れる時って。案外、こういう小さなことが最後の一滴だったりするのかもしれない。

 ふと、何かチラつくものを感じた僕は、常盤の頭上を見て……愕然とした。

 全身に鳥肌が立つ。心臓も、呼吸も、時間まで止まったみたいだった。

 ——常盤の電球が、点滅している。


 


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