1520ルーメンの暗い常盤 ⑪
2年前。
お父さん側のおばあちゃんが入院している病院に、お見舞いに行ったことがあった。うちの家族4人と、正子おばさん家族も居た。
心臓の病気が見つかってから、おばあちゃんは少しずつ体力を失っていた。そこにインフルエンザからの肺炎が重なり、入院してからは、みるみる弱ってしまった。
意識のあるうちにお話できる最後かもしれないから……とお見舞いにいった。病室でみたおばあちゃんは、酸素マスクをつけていた。
こっちを見てくれたし、握った手を握り返してくれたけど、会話は難しいくらいには、弱っていた。
そのとき僕は、はじめて見たんだ。
——点滅する、電球。
電球のことは、何もわからない。誰も教えてくれないから。
でも、今にも消えそうに点滅する電球は、おばあちゃんともうすぐ会えなくなることをはっきりと予感させた。
その電球のことを、僕は誰にも言えなかった。正子おばさんにさえ。
そして翌日、おばあちゃんは亡くなった。
別れ道
「じゃあ、ここで」
常盤の声でハッと我に返った。
気づけば、常盤といつも別れる場所までたどり着いていた。
「……漫画のこと、本当悪かった。絶対、いつか弁償するから」
背を向けて帰ろうとする常盤を見た瞬間、僕の中で警報みたいなものが鳴った。
まずい。このまま帰らせたら、絶対だめな気がする。頭の中に、おばあちゃんの点滅する電球がちらつく。
「ま、待って! 喉乾いた! ジュース買って、あそこの公園で飲みたい! 付き合って!」
「は? 金なんて持ってないだろ」
「非常時のために学生証に千円札しのばせてんの! あ、奢るから! お願い、喉乾いて死ぬ。マジ非常時!」
「羽村だけ勝手に飲んでけばいいだろ」
「だめ! ひとりだと寂しい! ちょっと暗くなってきたし怖い! 僕が怖がりなの知ってるだろ!」
常盤は深いため息をついたあと、「ちょっとだけだからな」と付き合ってくれた。
本当に、もう薄暗い。
委員会が終わったのは16時過ぎ。もう17時を回っている。腕時計は禁止だから、僕は鞄につけたキーホルダー型の時計を見る。
分かれ道の近くにある、小さな遊具付きの公園。そこの自販機でジュースを買って、公園の入り口の低い柵に並んで腰かける。
薄暗い中だと、点滅する常盤の電球は余計に目立った。不規則に明滅する光が、僕の焦りをどんどん煽ってくる。
どうしよう。どうしたらいい。
今日、常盤は家に帰ったら、一体どうするつもりなんだろう。
頭の中に、嫌な想像ばかり浮かぶ。
長い紐。文具用のカッター。
そういうイメージが勝手に脳裏をよぎって、離れてくれない。
ふたりで無言で飲んでいると、飲み終えた常盤が、自販機横のゴミ箱に空き缶を入れる。
カラン、カラン。
ゴミ箱に落ちて響くアルミ缶の音に、心臓がどっと跳ねた。
帰ろう、と言われる前に、僕は慌てて口を開く。
「今日、うちに泊りに来なよ!!」
「……は?」
「マメがさ、常盤にまた会いたがってるよ! 常盤も会いたいだろ!? あと今日うち、夜ご飯キーマカレーなんだよ! めちゃくちゃ美味しいんだ! 市販ルー使ってなくてさ、大豆とかひよこ豆とか色んな豆入ってて! 常盤は、豆は苦手じゃない!?」
一気にまくしたてる。必死すぎて、絶対変だったと思う。
「豆もマメも好きだけど……。急に行ったら迷惑だろ」
「大丈夫! お母さんも常盤くんまた連れてきなよって言ってたし! カレーなんてひとり増えても問題ない!」
「いや、平日に突然泊まるの普通におかしいだろ。明後日から移動教室だし、準備とかあるだろうし」
「準備終わってるから大丈夫! 今日はマメと遊んでやってよ。マメと豆カレーで豆尽くし!」
常盤が、ふっと少しだけ笑う。
「……じゃあ、また今度。ちゃんと準備して泊まり行く」
だめだ。また今度じゃ。
「今日だけは、ずっと一緒にいよう。うちに泊りに来てよ!」
もう、まともな説得材料なんて残っていなかった。どうしても嫌だ。今日だけは、常盤を一人にしたくない。
僕は、誕生日でもないのにおもちゃをねだる子どもみたいに、ただ必死に食い下がるしかできなかった。
「……わかった」
「えっ?」
「羽村、今日なんか様子おかしいし。なんかあるんだろ。行くから落ち着け」
予想外に了承されて、僕はぽかんとしてしまう。半泣きの情けない顔を晒したおかげかもしれない。
思った以上に大きい声が出てしまっていたみたいで、常盤が人差し指をたてて、声を抑えろ、というジェスチャーを送ってきた。
「……あ、ごめん、声大きかった。え、本当に来られる?」
「でも、一回家には帰る。無断で行ったら母さん心配するし、荷物も取ってくるから」
「あ、うん。それはそうだね。じゃあ僕も一緒に行く。常盤んちから一緒に帰ろう」
「え? ……まぁ、いいけど」
なんか見張ってるみたいで申し訳ない。でも、それしか思いつかなかった。
少なくとも今日、常盤を一人にしなくて済む。それだけで、僕は心の底からホッとする。
☆
「あのさ。会話とか聞かれるの嫌なんだ。ちょっと離れたところで待ってて」
「……うん、わかった」
いつもの分かれ道から10分ほど歩き、常盤の家の近くまで来たところで、常盤が言った。
家のことを知られたくない、そういう常盤の気持ちは知っている。だから僕は逆らえず、家から15メートルくらい離れた場所で待つことにした。
常盤が家に歩いて入っていく。僕は、その玄関を見つめながら考える。
うちの親なら、急に常盤を泊めるくらいはなんとかなるだろう。
問題は、その後だ。どう説明する? 電球が点滅してるから危ない、なんて言ったって、誰も信じてくれない。
正子おばさんに相談するしかない。怒られるかもしれない。もっと早く相談しなさいって。でも、きっと正子おばさんなら、何とかしてくれる。
頭をフル回転させて考えていた、その時だった。
カタン。
家の向こう側。見えない位置から物音がした。
「光希、どこ行くの、昨日のこと………ちょっと待って!」
はっきりは聞き取れないけど、常盤のお母さんの声だ。心配かけちゃったかな……と常盤のお母さんに申し訳ない気持ちになった。
そしてそっちへ視線を向けたその瞬間。
家の向こう側から、黒い影がシュッと飛び出した。
「え……?!」
自転車に乗った常盤だった。迷いのない速度で、僕と逆方向へ走り去っていく。
「え、常盤?!」
僕は慌てて走って追いかける。
常盤の家を通り過ぎる時「光希!」と叫ぶお母さんの声が聞こえた。
走って追いかけるけど、15メートル以上離れた位置から、僕の足で自転車に追いつけるわけがない。それでも必死で走った。
住宅街が途切れはじめて、街灯の間隔が急に広くなる。アスファルトの道の端に、雑草が侵食し始める。だんだん虫の声が大きくなる。町と山の、境界線。
なんで。
なんでだよ。僕の家に来るんじゃないのかよ。
「待って! 待てよ!」
常盤の背中がどんどん遠ざかる。暗い道の先へ馴染んで消えていく。
その先は——橋ノ下キャンプ場のある山だった。
「常盤ーーーー!!!!!」
