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1520ルーメンの暗い常盤 ⑥



正子おばさんにご相談

 
「へぇ。ホットケーキを食べたことがない、配信サイトも契約してない、新幹線や飛行機にも乗ったことがない……って子なのね。まぁ、それだけだとなんとも言えないね」
「そう、かなぁ?」
「うーん……たとえば、自然派志向で小麦粉を控えてるとか。動画もあんまり見せない方針とかね。新幹線や飛行機も、移動の必要がなければ乗らないままってこともあるし」

 久々に家に遊びにきていた正子おばさんに、僕は常盤の話をしていた。
 正子おばさんには、4月の段階で「おばさんの言ってた子、見つけてしまったかも」とLIMEで報告はしていた。最近仲がいいということも。

 今日、正子おばさんから「例の子と仲良くやっているの?」と聞かれたので、僕としては気になる部分を話したつもりだったけど、言われてみれば、どれもありそうな話だった。
 なんとなく引っかかっていたものが、するりと“普通”の中に収まってしまう気がした。

「常盤くんだっけ? 気になる部分がある、なーんていうから伯母さん身構えちゃったわよ! それだけなら、今のところは判断つかないわね」
「うん……」


 僕は、納得したようなしてないような返事になる。僕の顔を見て、おばさんが少しだけ声を落とした。
「ん? 他にも気になる所があるの? ……もう、はっきり聞いちゃうけど、変な怪我やあざが身体にあったりは? 夏なのに、半そでに衣替えしない、とかさ」

 考えないようにしてた方向を、急に指差された感じがして、ドキリとする。
「ない……と思うよ。普通に今は半そでの夏の制服を着てるし」
「そっか。良かった。あとは例えば……お風呂に入っていなくて汚れている感じとか、髪を切ってなさそうで伸びてる、とかは?」
「ううん、常盤は身なりちゃんとしてる」
 僕は、尋問されているみたいな気分で答えた。

「むしろ清潔な感じすらする。それに、想像力がすごくて、本をたくさん読んでて物知りなんだ」
「へ~すごいね。一緒に図書委員やってるんだっけ」
「うん。それに、本の世界観とか、本に出てくる食べ物とか。実在するみたいに描写して話せるんだよ。なんていうか、聞いてると実際にそこにいるみたいだったり、本当に食べた気になったりするんだ。すごいんだよ」

 正子おばさんが真剣な顔で聞いている。僕は、なんでか常盤のいいところを伝えなきゃ、と思ってしまい、庇うようにアピールしてしまう。
「……空想で満たしてた可能性、かぁ」
「おん? なに?」
「現実で満たされない分を、頭の中の空想で補う、みたいな。あくまでそういうケースもあるってだけだけどね。もちろん、単に想像力と表現力のある子かもしれないけど!」

 僕は、常盤のあの能力を、本当にすごいと思っていた。でも、それがもし、何かを我慢するために培われたのだとしたら、ちょっと寂しい。

「そういうの有るんだ…。知らなかった。まぁ、常盤も何も言ってこないし、大丈夫だよね……」
「でもさ、そういう子って、あんまり家のこと話さなかったりするのよね」
「そうなの? なんで? 困ってたら助けて! っていえば良いんじゃないの」
「それがね。言えないから困ってる、みたいなところもあって。むしろ誰にも知られたくないって隠す子も結構いるのよ。バレたらこの世の終わりだ、みたいにね。知られるのが、怖いの」

「意味わからん……あ、だけど確かに常盤って家の話しをあまりしないかも」
「まあ、今の段階で決めつける話じゃないかな。ただ、その子が必要なときには、頼れる場所や相談先、助けてくれる大人がいるってことだけは知ってて欲しいかな。
あ、もちろん優太の判断でも、必要と感じたら必ず大人に知らせること!」

 そういって正子おばさんは、鞄から書類を出して渡してきた。学校で配られるのと同じような、相談窓口の一覧。
「優太みたいに気にかけてくれる子がいるだけでも、きっと心強いと思うよ」

 そうだといいな、と思った。
 ——明日から夏休みだ。 
 

 

夏休み


【7月21日】
 夏休み1日目、常盤と星田珈琲に行く約束をしていた。駅で待ち合わせをして、遠くに山が見え隠れする、田舎くさい道を15分ほど歩いて行く。
 星田珈琲は、中学生でも気軽に入れるのに、店内は落ち着いていて少し大人な気分になれる店だ。辞書みたいに厚いホットケーキを、それぞれ注文した。
「星田のホットケーキ本当おいしいよな! 家のとは一味違ってて」
 僕が言うと、常盤は初めて食べるホットケーキに、「うま……」とつぶやいたあと、無心に食べ続けていた。僕はその反応に満足した。

 そのまま店で、タブレットにダウンロードしてきていた映画を、ワイヤレスイヤホンを片耳ずつつけて観た。僕は観るのが2回目だったのに、何度か泣いてしまい、常盤に笑われた。

「予定がなかったら毎週遊ぼう」
 ということになり、なんとなく図書委員の当番があった水曜を遊ぶ日に決めた。
 

【7月28日】
 常盤と市立図書館に行った。歩くと遠いので、自転車で現地待ち合わせにした。
「夏休みの宿題の読書感想文用に、読みやすくておすすめの本を教えて」
 と言った僕に、常盤が小学生が読むような字の大きめな本を渡してきたので、馬鹿にしてんのか?!と思ったけど、本当に面白いらしい。

 2階の読書スペースに並んで座り、お互い借りた本を読んでいるとき、「常盤の電球の明るさって、読書用ライトみたいでちょうどいいな」と思った。
 常盤は10冊くらい借りていた。帰りにアイスを買って食べた。
 

【8月4日】
 暑いので僕の家で過ごすことにした。僕の家に来た常盤は礼儀正しくて、うちのお母さんにすっかり気に入られていた。
 マメの可愛さに魅了された常盤は、ずっとマメを撫でまわしていた。マメもすっかり懐いていた。人間と動物でも、明るい電球同士だと、馬が合うのかもしれない。犬だけど。

 今度は常盤んち行っていい?と聞いたら、あっさり断られてしまった。なんで?

 常盤を途中まで送る帰り道で偶然、仁と会った。常盤が星田珈琲で映画を観たときに泣いていたことを、仁にばらした。くそう。
 流れで次に会うときは3人で、という話になり、肝試しをしよう!と仁が言い出した。なので常盤が夕方に怪談をしてくれることになった。
 ……そんなの絶対怖いじゃん。
 

【8月11日】
 この週は、僕はお父さんの実家の神奈川県に車で帰省した。毎年恒例の墓参りをして、おじいちゃんちに1泊。
 そのため今週は常盤との水曜の約束はなし。常盤も、お盆なので帰省とかしているんじゃないかな。
 

【8月18日】
 今日は怪談の会。夕方5時に、墓地の近くの公園で待ち合わせた。場所は常盤の指定。怖さを盛り上げるには最高で、最悪のシチュエーションだ。
 それぞれ飲み物と暑さ対策、それから蚊取り線香を持ってきていた。
 誰も手元用の明かりを持ってきてなかったので、暗くなってきたらスマホのライトで照らすよ、と常盤に言ったら「全然、大丈夫」だと言っていた。

 常盤は、怖い話が載っている本を持ってきていた。都市伝説とか、ヒトコワ系のやつ。いくつかの中から2つ選んで、常盤が話し始める。合間に、わざと怖くなるような描写も入れてくる。
 少しずつ薄暗くなっていく公園で、仁は初めて常盤の朗読を聞いた。
「え、常盤、読むのうますぎない?」とか「何コレェ…」と感心しながらも、あまりに怖かったのか、ちょっと泣いてた。

 2つ目の話が終わったとき、茂みがガサガサっと音を立てたので、みんなで叫びながら逃げ帰った。
 たぶん野良猫とかだと思うけど。
 ……そうに違いない。……よね?
 

【8月25日】
 仁も誘って、隣駅のお祭りに行った。毎年恒例の、阿波踊りが見られるやつだ。この田舎っぽい町も、この祭りの時だけは人出がすごい。人が多い分、変な人もいる。独り言をぶつぶつ言っている人がいて思わず二度見してしまった。「怖ぁ」と仁がつぶやいて、常盤は何も言わなかった。

 帰り道、移動教室の話になり、自由行動ができる3日目に諏訪湖で聖地巡りをしたいな、という話になった。そこから、こないだ星田珈琲で観た映画の話になる。
「あれってタイトルがさ、微妙に言うの照れるだろ」と仁が言うので、
「わかる。きみ、のとこだろ」
 と言うと、ふたりでそうそう、と頷きあう。

 すると突然、常盤が「じゃあ、“あなたのお名前なんてーの”でいいんじゃね」と言い出して、「だいたい同じ意味だろ」と続けたので、仁と爆笑した。昭和ワードなのに奇跡的に3人とも知ってた。
「クレヨンしんちゃん」で知った派と、祖父母から聞いた派に分かれて、また笑った。常盤も笑っていた。

 すっかり暗くなった中で、僕らの電球が光っていた。

  
 

  
 

 夏休み、僕はほぼ毎週、常盤と遊んだ。
 一緒にいるときの常盤は楽しそうだった。電球の明るさと、常盤の雰囲気が、以前より少しずつ重なってきている気がした。




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