1520ルーメンの暗い常盤 ⑦
佐根さん節
「女はね、ミステリアスで有能な男が好きなのよ」
「はぁ、ふーん……」
2学期になったばかりのある放課後、僕は佐根さんにつかまっていた。どんな男が人気なのかについて、なぜか語られている。
というか主語がでかい。「女は」じゃなくて、「佐根さんは」だろう。僕はあいまいな相槌をうつ。
「顔の一部が、隠れてるキャラってやっぱり人気でしょ? わかる? 例えば眼帯とかさ、顔の一部が隠れてて超強いみたいなキャラクターって、人気あるもんだよね」
正直、よくわからない。僕は別にミステリアスより、わかりやすい方がいいけどなぁ。お顔もできれば全部見えてたほうがいい。
「うーん……ああ、伊達政宗とか?」
ちょっと違ったらしい。いや、それも有りだけどさー。と佐根さんがぶつぶつ文句を言っている。誰もが知る戦国大名に、えらい上から目線だ。
「ミステリアスさの醍醐味は、その隠された部分が垣間見えた時よね」
「あー、つまり眼帯が外されて能力を発揮するとき? それは分かる」
そーそーと中二病っぽい会話を展開する。いいのだ。実際に中二なのだから。
「あたしが何を言いたいかっていうと、つまり常盤くんのことがもっと知りたいってこと!」
……まわりくどい! しかし常盤がモテる理由は、あの暗さが醸すミステリアスさと、勉強も運動もそつなくこなす有能さだったのか。でも、結局顔がいいからな気もする。
「佐根さんが常盤を好きなのは、単に常盤の顔面がかっこいいからでは?」
「それもそうだけど。羽村くんは常盤くんのこと、どれくらい知ってるの?」
「そう言われると、常盤って自分のこと話さないから、あんま知らないかも……」
「あたしの知らない情報、プリーズ?」
「うーん……、あ、けっこう夜目が利くよ。夏休み遊んでて思った。暗いところでも結構見えてる」
「その情報いらないわぁ」
「いや、本当に。猫的な……」
「とにかく! もっと常盤くんのプライベート知りたいよね! だから今日、欠席の常盤くんに、配られたプリントをお届けしようと思うの。だから、一緒にきてほしいわけ」
基本的には、欠席時に配られたプリントは次に登校したときに渡されるだけで、家に届けたりはしない。
でも佐根さんが「移動教室についての大事な提出物だし、直接届けます。常盤くんの体調も心配なので」と担任に言い、住所までちゃっかり聞き出してきたらしい。
佐根さん、すごい行動力。そして学校の、ゆるい情報管理。いや、佐根さんが先生に信頼されているんだろう。
「学級委員とはいえ、突然女子がひとりで来たらお家の方もびっくりするかも。だけど、お友達の羽村くんも一緒だったら自然だし?」
「でも勝手に行くのもなぁ」
「せっかく、同じ行動班になれたんだしさ!」
そう。10月頭の移動教室で、僕と仁と常盤は、希望通り同じ行動班になった。それはいいとしても、女子班との組み合わせで、佐根さんたちと同じグループだ。……うーん、偶然にしては、出来すぎている気がしてきたぞ。
「常盤くんと夏休みも一緒に遊んでたんでしょ? 家しってる?」
「いや、行ったことないし」
「どうする、超豪邸だったら」
「え」
「なにかお店やってるお宅とかかも」
「まぁ、あり得なくはないかも」
「10匹くらい犬が庭にいたりして?」
「それは、天国だ」
「逆に、ゲゲゲハウスみたいな家だったり」
「………うん、しかたないな。一緒に行こう」
以前、家に行っていいか聞いたときに断られたことが、一瞬よぎったけれど。佐根さんの押しの強さを言い訳にした。
僕は、ジブリアニメに出てくるような、ちょっと不思議でカントリー調のかわいいおうちを想像した。自然派嗜好、という正子おばさんの予想に引っ張られている気がするけど。
……ちょっとだけ、いや、かなり楽しみだ。
結局、僕も常盤のことが知りたい。
常盤の家の外で
バン、バン、バン、と手のひらで何かを叩くような音が聞こえてくる。
——机を叩いておかないと、地震がきちゃうのよ
——母さん、そんなことしなくても地震なんてこないんだから大丈夫だよ
——こないだはそうだったのよ
——大丈夫だからやめてってば
——光希はまだ中学生だからわからないだろうけど、本当なのよ
——俺が学校いっている間、そういうことしないで。近所の人が驚いちゃう
——明日も学校は行かない方がいいと思うわ。危ないから
——……いや、風邪っていってもたいしたことないし。大丈夫だよ。明日は俺、学校いくから
——だめよ。見張られてるの。スマホも盗聴されてるし。光希が心配なの
——もういいって。あれ? 母さん、昼の薬飲んでないじゃん
——薬はもういらないのよ。あれを飲むと具合が悪くなるの。薬じゃなくて毒なんじゃないかしら
バン、バン、バン……
——もお、うるさいなぁ! テーブルを叩くのやめてってば!
担任に教えてもらった住所と道順を頼りに、僕らは常盤の家に着いていた。中から漏れ聞こえてくる、常盤とお母さんと思われるふたりの会話に耳を澄ませて立ち尽くす。
常盤が大きな声を出しているのを、初めて聞いた。
最初は、何の音か分からなかった。ただ、バン、バン、と響く音と、少し強い口調の会話が聞こえてきて、何かトラブルでも起きているのかと思った。でも、そういう感じとも少し違う。
会話の意味は、うまく頭に入ってこない。
ただ、僕だから分からないというより、そもそも話がどこか噛み合ってなくて、ズレているように聞こえた。
なんか声の感じが、怒ってるとか怖がってるとか、そういうのとも違う。普通じゃない……というか。
勝手に膨ませていた想像が、思いもよらない方向に振り切られて頭がついていかない。来るときのワクワクした気持ちが、焦りや不安みたいな、なんとも言えない気持ちに急降下していく。
僕と佐根さんはそっと目を合わせると、チャイムは鳴らさず、手渡すはずだったプリントをそっとポストに入れて、その場を離れた。
帰り道、僕らはずっと無言だった。分かれ道で「また明日」とだけ言って、それぞれの家へ向かう。
常盤の家は、豪邸でもお店でも動物王国でもなく、ごくありふれた住宅だった。どんな外観だったか、もううまく思い出せなかった。
ひとりで家まで歩きながら、常盤は大丈夫かな、とぼんやり考えていた。
僕の家の中で
ダイニングテーブルで、お父さんがビールを飲みながら、お母さんと野球中継を見ている。お姉はソファでスマホをいじっている。
今日もなんの変哲もない、僕の家の日常。大きな声も、噛み合わない会話もない、安心できる家だ。
マメがわふわふと鳴きながら僕の近くに来たので、ソファから降りて、マメの顎と背中を撫でた。
……常盤は、あの家でどう過ごしているんだろう。ぼんやりとしながら、前に正子おばさんが話していた言葉を思い出す。
『家のことを、誰にも知られたくないって隠す子も結構いるのよ。バレたらこの世の終わりだ、みたいにね。知られるのが、怖いの』
本当は、常盤は家のことを知られたくなかったのかもしれない。勝手に家に行ったことへの罪悪感で、胸がチクチクと痛んだ。
ごく普通の、どこにでもありそうな住宅。
……その中から聞こえてきた、バン、バン、という音を思い出す。大きい声や音は、気持ちを削られる。きっと、僕だけじゃなくて誰でもそう。
でも、家の事情を知られるのって、そんなに嫌なものなんだろうか。常盤は、何も悪くないのに。
うちの何を知られても、痛くもかゆくもない僕には、うまく想像ができない。でも、想像できないで終わらせるのは、なんだか嫌だった。
だから考えてみる。この世の終わりみたいに怖い、って?
——あ、そういえば。
数年前、僕はとある噂に振り回されたことがある。ネットやSNSで、まことしやかに流れていた話。
【2022年7月5日、この世界が終わる】
あり得ないと思いつつも、どこかでみんな身構えて、その日を待っていた。
純粋な小学校4年生だった僕は、そのXデー前夜、明日が来なかったらどうしようって、本気で怖かった。家族にも友達にも、二度と会えなくなるかもしれない。
いよいよ23時59分になると、絶望的に心細くて、布団の中でベソをかいていた。
もし、常盤にとって家のことを知られるのが、あのときの僕みたいな怖さだとしたら。
世界の終わりをカウントする終末時計。
23時59分に、0時がくるのをずっと怖がって震えてるかもしれない常盤に、大丈夫だよって言えたらいいのに、と思う。0時がきても、何も起きない。ちゃんと明日がくるだけだって。
それがもし、いつもと違う明日だとしても。常盤が少し楽になるなら、それもまたいいんじゃないかな、と僕は思うけど。
でも、やっぱり常盤の怖さは、僕と同じ怖さなのかは、分からない。
いくら想像したって分からないから、ちゃんと常盤と話してみたいと思った。
そうだ、佐根さんともちゃんと話したい。
今日、ろくに話せないまま別れちゃったし、どう思ったのかとか、僕らがどうすればいいのかとか相談したい。頼りになりそうだ。
もともと、佐根さんの思いつきで始まったことなんだし…。
ソファでぼんやりしていると、「さっさとお風呂入りなさい」とお母さんに声をかけられた。
『なにかあれば大人に知らせること!』という正子おばさんの言葉も頭に浮かんだけれど。結局、僕は、親にもおばさんにも、今日のことを言えなかった。
