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1520ルーメンの暗い常盤 ⑬


羽村優太の能力2


 僕にできることは、今は多分もうない。
 スマホのライトだけを頼りに山へ入って、常盤を探すのは違うだろう。遭難者を増やすだけかもしれない。それに、家族や正子おばさんを心配させることになる。
 
 だけど。何か、できることはないんだろうか。何もしないまま助けを待つ時間が、苦しかった。人が来るまで何分かかるのかも分からない。
 もし、手遅れになってしまったら……?
 また頭の中が嫌な想像で埋まりそうになって、僕は頭を振る。

 思い出したように常盤へ電話をかけてみたけど、電源が切れているのか、家に置いてきたのか、当然みたいに繋がらなかった。

 居ても立ってもいられず、森の奥へ目を凝らす。暗闇が広がる山の中。姿の見えない無数の虫の声が絶え間なく降り注いでくる。遠くから聞こえるフクロウの鳴き声。カサカサ、と草の擦れる音が、何かがいる気配を伝えてくる。

 ふと。
 山の奥で、わずかに点滅する光が見えた。

 ——常盤、だ!!

 もともと明るい常盤の電球が、暗闇の中で自分を主張していた。距離は、たぶん200メートルくらい。そんなに遠くないはずなのに、ものすごく遠くにいるように感じる。
 あんな暗い場所に、明かりも無しでどうやって歩いて行ったんだろう。

 チカチカ、と点滅するその光は、蛍みたいに弱々しい。でも、確かにそこにあった。

 僕には、その光が「見つけて」って言っているように見えた。
 気づけば、僕は腹の底から叫んでいた。
 たぶん、生まれてから一番の大きな声だった。

 

「常盤のあほぉーーーーーー!!!!!」

   

 その瞬間。

 バサバサバサッ、と大量の羽音が響いた。
 ガサガサッ、と草むらが揺れる。
 眠っていた鳥たち。
 昼行性の動物たち。
 色んな生き物が一斉に目を覚ましたみたいだった。

 そして。
 ぽっ。
 ぽぽっ。
 ぽぽぽぽっ。

 次々と、電球が灯る。山のあちこちで、小さな光が点き始めた。
 僕は思わず息を呑んだ。静かに見えた山の中に、こんなにたくさんの生き物がいたんだ。

「ごめん、鳥さん……」
 思わず呟く。
「野良猫軍団もいたんだ……。あ、猿も……。起こしてごめん」

 でも。
 そのたくさんの電球のおかげで、真っ暗だった山道が、ほんのりと照らされる。そして、その先。大きな木の下にしゃがみこんでいる常盤の姿が、うっすらと浮かび上がって見えた。

 その瞬間、僕の中で何かが繋がった。僕の能力があったから。だから見えた。
 僕は、叫ぶ。

「僕の能力って、本当に役に立つ!!」

 心配が安心に変わるのと同時に、今度は怒りが込み上げてきた。
「ん、もーーーーー!」
 また大声が出る。すると、ふわっと周囲の電球が増えた。

「なんだよ! うち来るって言ったのに! 嘘つき! こんな大事にして! もう知られたくないとか、ほっといてとか、通用しないんだからな!」

 僕は山道をドスドス進みながら、まくしたてた。なんかもう、大声を出してないと力が抜けそうだった。常盤の前まで行って、仁王立ちになる。

「は、羽村……?」
「常盤! なにやってんだ!? 帰るぞ!」
「なんで……」
「何が、なんで、だよ! ひとりで山なんか入って! 何するつもりだったのか知らないけど、帰るぞって!」
「何するって、自分でもよく分からないけど……もう、なんか。一人になりたくて……」

 僕は息を切らしながら言う。
「あのなー、僕はなー、平和に、暮らしたいんだっ!」

 そういうと、常盤が苦々しい顔で言い返してくる。
「……知ってるよっ!! だから、俺のことなんかもう放っておけば良いだろ……」
「やだよ!」
「なんでだよ……っ」
「わっかんないよ!!」

 もう、自分でも何を言ってるのかよく分からない。ただ感情をぶつけていた。大声を出したら、急に鼻の奥がツンとした。

「そんなに俺、可哀想かよ。同情とかいらないのに……」
「は? 勝手に、下から目線で言うな! なんで、ひとりで抱え込むんだよ!」
「いいんだって、もう。知られたくないんだよ、恥ずかしいし。面倒がられるのも、引かれるのも、同情されるのも、うんざりだ。どうせ誰も助けてなんてくれない。お前こそ、なんでそんなに干渉してくるんだよ……っ」

「それは」
 どう答えるのが正解なんだろう、なんてそんな風に考えている余裕はなかった。
「……おばさんはさ、『大人は助けてくれないって思ってほしくない』とか言ってたけど」

「……」
 常盤が、無言で「お前はどうなんだ」って目を向けてくる。

「僕は」

 佐根さんの言葉を思い出す。
『我関せずしてれば、羽村くんの平和は保たれるわけだし』
 ……そうだ。
 最近、全然平和じゃなかった。
 常盤に無視されて落ち込んで。
 常盤がいなくなるんじゃないかって怖くなって。
 平和から遠ざかるって分かってるのに、放っておけなかった。
 ……なんでなんだろうって、ずっと思ってた。

 その理由が、やっと自分のなかではっきりと浮かび上がってきた。

「僕の平和に、常盤がもう組み込まれちゃったから」

 常盤は、もう僕の平和な日常の1ピースだ。常盤が平和じゃなければ、僕の平和もなりたたない。
 つまり、結局は僕も自分のためだ。そんなもんだ。でも、それでいい。

「とにかく! おばさん、たぶんもう通報してるからな! 佐根さんとこのおじいさんだって、常盤んち見回ってるし! 常盤んちは、もう、色んな人が助けようと動いてる!」

 知られたくない。放っておいてほしい。
 常盤はそう言ってた。
 でも、本当に全部ひとりで抱えたいなら、あんなふうに壊れそうな顔、しない気がした。

 常盤が手をとってくれるか分からないまま、僕は、手を差し出す。
「……帰ろう、常盤」

 



 

 動物たちの電球に照らされた山道を、僕らは黙ったまま、入り口に向かって歩く。常盤の電球は明るいから、隣にいるとランタンを持ってるみたいだった。

 なんだか、すごく疲れた。お腹だって空いた。いつもなら夜ご飯を食べてる時間だ。
 そんなことを考えて歩きながら、ふと森を見上げる。真っ暗な森の中に、色んな色と明るさの電球が浮かんでいる。イルミネーションというか、星空みたいだった。
 ……生き物たちの命の光。きれいだな。

 常盤もなぜか上を見上げていた。

「あのさ。ずっと思ってたんだけど……羽村にも見えてるの? コレ」
 コレ、と言った常盤が、自分の頭上を指さした。
 そこには、電球。

「へ……。……え?」
 頭が真っ白になる。

「あきらかに電球を見てるよな。って、前から思ってた」 
「うそ……え……? 常盤にも見えてるの? だって今まで、そんな素振り……」

 色んなことが、頭の中で次々と繋がりだす。
 暗いなかでも普通に読書してて、やたら夜目が効くヤツだって思ったこと。
 常盤が、灯りも無しに真っ暗なこの山道を、何百メートルも歩いていたこと。

 だけども、あまりにも突然の打ち明けられて戸惑ってしまう。だって僕は、ずっと隠してきたから。同じものが見える人なんて、いないと思ってたのに。

「……なんで、いままで黙ってたの?」
「いや、半信半疑だったし……。他の人には見えてないっていうのは、ずっと分かってた。俺は、自分だけに見えるものがあるっていうのが何だか怖くて」
「ああ……」
 常盤の答えに、僕は何も言えなくなった。常盤のお母さんのことを思えば、そうなのかもしれない。

「それに俺は、意味とか理由とか、別にどうでもよくて。ただ受け入れてるだけだったんだ。暗い時でも本を読むのに便利だな、くらいにしか思わないようにしてた。……でも」

 前を見ながら話してた常盤が、こっちを見てちゃんと目を合わせてから言った。
「羽村、いつか言ってただろ。『自分だけなのかなって思うのは、寂しい』って」

 暗い森でうずくまっていた常盤を見つけたのは僕だけど。
 もしかしたら。僕も、常盤に見つけてもらったのかもしれない。

 じわっと目の奥が熱くなったように感じて、誤魔化すみたいに、僕は言った。
「あのさ、そんな明るい電球ついてたら、寝るとき自分で眩しくないの?」
 
 それを聞いた常盤は驚いたようにこっちを見て、一瞬ぽかんとした。そして、
「一番最初に気になるのそこ?!」
 と、吹き出して、あっはっはっは、と明るい笑い声をだして笑った。

 こんなに思い切り笑っている常盤は初めて見るなぁ。

 その笑い声を聞きながら。
 点滅していた常盤の電球が、しっかりと点灯し、また明るい光を放ち始めたのを、僕は確かに見た。


 


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