1520ルーメンの暗い常盤 ⑨
そういえば、僕の能力で、実はもう一つわかることがある。
眠ると、電球は消えるのだ。
逆に、起きている限り消えない。
夜寝るとき、部屋の電気を真っ暗にしても、目を閉じると薄っすら自分の電球の明かりを瞼の外に感じる。僕が「真っ暗じゃないと寝られないタイプ」じゃなくて、本当に良かったと思う。
だから、分かってしまうのだ。常盤が狸寝入りをしているということに。
席替え後も、また近くの席だった常盤が、斜め前の席で机に突っ伏している。だけども頭上にはしっかりといつもの明るい電球。
人が、寝たふりをしてまでも自分を避けたいと思っているだなんて、知ってもどうしようもできない。ため息をつきたくなるのを堪える。
やっぱり、僕のこの能力、役に立たないよなぁ。
常盤が家の話をしてくれて以来、常盤は明らかに僕を避けていた。寝たふりに始まり、休み時間はすぐトイレに行く。顔が常に少しそれていて、目を合わせたくない意思表示。
それはもう分かりやすく避けてくる。
子どもっぽいぞ!常盤め!でも子どもだから仕方ない。
もう1週間、常盤とろくに話をできないでいた。
佐根さんにご相談
「う~わ、やっちゃったね。それは羽村くんが悪いんじゃん」
「う……」
昼休み。僕は佐根さんに、常盤との間にあったことと、そのせいで気まずくなっていることを相談していた。
情けないことに、常盤に避けられていることで、思いの外ショックを受けていた。
僕は、友達とあまり喧嘩をしたことがない。仁とはずっと友達だけど、お互い裏表がなくて気が合うから、喧嘩になる理由もなかった。だから、こういう時どうしたらいいのか分からない。
そんな落ち込んだ様子の僕に、「どうした?」と声をかけてくれたのが佐根さんだった。あれ以来、僕らのことを気にかけてくれてたらしい。
「羽村くんは、常盤くんと仲が悪くなったから落ち込んでるっていうより、常盤くんを傷つけちゃったかもって思って落ち込んでるんだよね?」
そう言われてみると、そうかもしれない。やっぱ女子ってすごいな。
「常盤くんが、せっかく羽村くんを選んで話してくれたのに」
「……うう……」
「打ち明け話ってさ、分かってほしいから話すんじゃん? それなのに常盤くんは、期待してた反応どころか、一番ほしくない返しを羽村くんにされたわけ」
「やっぱり、そうなっちゃう……?」
少し呆れたように頷く佐根さんに、僕は情けない声で問いかけた。
「どうしたらいいだろ……?」
「まぁ、常盤くんがどう思ってるかは本人しか分かんないけど。あたしも似たようなことあったよ」
そう言って、佐根さんは話し始めた。
「あたし、小6の時、突然クラスの女子グループから無視されたり、嫌な態度取られるようになったことがあってさ。筆箱隠されたりして、地味に困ったんだよね」
「うわ、陰湿ぅ……」
「うん。最初はあたしも強気で、殴りかかってやろうかって勢いだったんだけどさ。じわじわダメージ入って、ご飯もあんまり喉通らなくなって」
「それは結構きつい……」
「で、親に話したわけ。こんなことされてるって。そしたら、その時パパが言ったの。お前にも原因あるんじゃないかって」
そこで、佐根さんの表情が少し険しくなる。
「人を怒らせるようなこと、無意識にでもしちゃってるんじゃないか、ってさ」
「うわぁ……」
「まぁ実際、学級委員長だったし、言いたいこともすぐ言うタイプだったから、反感買ってた部分はあったと思う。あと、あたし可愛いし」
僕は神妙な顔で頷いてみた。自画自賛については、この際スルーする。
「でもね。正論とか原因とか、関係ないの。今じゃないんよ! お説教はあとにしてよって思った。たとえ100%あたしに非があったとしても、今この瞬間は味方してよって。
まじで、無理、許せない、大嫌いって思った。それから1か月、一言も口きかなかったからね」
娘に無視されて打ちひしがれる佐根さんのお父さんと、自分の姿が重なった。1か月もこのままだなんて、僕には耐えられそうにない。
「お父さんは、どうして許してもらえたんでしょうか!」
僕が授業みたいに挙手して聞くと、佐根さんは吹き出した。
「ある日曜の朝、朝ごはん食べてる時に言われたの。
“責めるつもりじゃなくて、今後また同じ思いしてほしくないあまり、余計なこと言っちゃった”って。“パパは絶対にあたしの味方だから”って謝られて」
「ほわぁ……」
「ママから聞き出して、あたしが欲しがってたコスメまで買ってきててさ。なんか必死すぎて、逆に笑っちゃったよね。あたしも無視やめるタイミング失ってたし。受け取って許してあげた」
「佐根さんのお父さん、かっこよぉ。でも難易度、高ぁ……」
「まぁでも、“傷つけるつもりはなかった、また仲良くしたいです”って伝われば、案外なんとかなるんじゃない?」
佐根さんのピカピカに明るい電球と、その言動にズレがない理由を、垣間見た気がした。
僕には、佐根さんのお父さんみたいなことは、とてもできない。
でも、僕にできることをするしかない。そう思って、僕はその日のうちに常盤と話そうと決めた。
仲直り
その日の放課後、僕は廊下をひとりで歩いて帰る常盤の後ろ姿を見つけた。
「常盤!」
声をかけると、常盤はぴたりと足を止めた。でも、こちらは振り返らない。そのまま窓際へ、つつつ……と移動すると、壁にもたれかかる。そして「ぐぅー」と、いびきの真似をし始める。
それは、無理がありすぎるだろ。
「ぶふっ……。だからさぁ、いっつも寝たふりすんなよな……」
思わず吹き出してしまった。僕は常盤の前に回り込む。
常盤は目を閉じていたけれど、もちろん頭の上の電球はいつも通り明るい。当たり前だが起きてる。
「あのさ。その……じゃあ、寝たまま聞いて」
「……」
「こないだのこと、言い訳させてよ」
常盤は、うっすらとだけ瞼を開けた。帰るわけでも、「あっち行け」って言うわけでもない。たぶん、一応は聞いてくれるらしい。
「実はさ、僕にも……誰にも話しを信じてもらえなかった経験があるんだよね。『こんなの、僕だけなのかな』って思うと、すごく心細くて、寂しくて」
電球のことを、そのまま話すわけにはいかない。でも、あの時の気持ちは本当だった。
「だから、常盤のお母さんの話を聞いて、ついそっちに気持ちが引っ張られちゃったんだと思う。
……でも、あの時に言うことじゃなかった。ごめん」
僕は、常盤の味方だよ、とか。佐根さんのお父さんみたいに、そんな気の利いたことは恥ずかしくて言えない。
だからせめて、ちゃんと謝る。
「あと、お詫びにこれ!」
僕は持っていた紙袋を差し出した。
「ブルーダークの冒険、最終巻まで全部持ってきた。貸すから許して!」
仲直りのきっかけにしようと思って、家から持ってきていたやつだ。常盤は少しだけ驚いた顔をして、紙袋を見る。どうやら、寝たふりはやめたらしい。
「……量、すごいな」
「残りの20巻、全部」
「中間テスト前のこの時期に……!?」
と常盤が言ったので、僕はつい笑ってしまう。
「ちなみに、このあと第二部30巻も控えてるからな」
「長ぇんだな……」
呆れたような感心したような口調で、そう言った常盤の口元は少し緩んでいた。
そして、20冊入りの紙袋を受け取ると「勝手に俺が拗ねてただけだし。別に羽村が悪いわけじゃない」って言ってくれた。
