|若手教員向け基本スキル|研究授業が退屈な先生へ。私がやっている「全文メモ」という方法
今日はAIの話ではない。
早く帰る仕事術の話でもない。
教員としての力を底上げする方法について話したい。
それは研究授業である。
若い先生ほど一度は思ったことがあるのではないだろうか。
研究授業って正直しんどい。
公開授業って長い。
検討会って何を言っているのか分からない。
私は何度もそう思った。
しかし今は少し考え方が変わった。
研究授業は退屈なものではない。
受け身で見ると退屈になるだけなのである。
なぜ研究授業は退屈になるのか
研究授業そのものは面白い。
子供たちは一生懸命考えている。
友達と話している。
悩んでいる。
発見している。
実際の授業は生き物だ。
ところが参観している側はどうだろうか。
なんとなく見ている。
なんとなく聞いている。
なんとなく頷いている。
すると30分を過ぎたあたりから集中力が切れる。
さらにその後の検討会。
研究部の先生が話す。
授業者が話す。
指導助言の先生が話す。
難しい理論が出てくる。
専門用語も飛び交う。
すると急に自分だけが置いていかれたような気持ちになる。
「授業だけ見て帰りたいな」
そう思う人も少なくないだろう。
実は私もそうだった。
指導案を読み込むだけでは足りない
真面目な先生は指導案を読む。
それ自体は素晴らしい。
しかし、それだけでは足りないと思っている。
最近の指導案は様々である。
板書型。
簡潔型。
理論重視型。
附属学校のように何十ページもあるもの。
逆に1〜2枚で終わるもの。
本当に学校によって違う。
もちろん事前に読むことは大切だ。
しかし結局のところ、
授業は目の前の子供が作る。
指導案通りに進まないことも多い。
だから私が見たいのは、
指導案ではなく子供の姿なのである。
私がやっているのは全文メモ
そこで始めたのが全文メモである。
準備するものはA3用紙一枚。
これだけである。
A3を半分に折る。
するとA4サイズになる。
表面の2ページ分。
ここに授業中の発言を書き続ける。
教師が話したら書く。
子供が話したら書く。
とにかく書く。
裏面左側には検討会。
裏面右側には指導助言。
この形にすると研究授業がまるで変わる。
全文メモの効果① 眠くならない
一つ目の効果は単純である。
眠くならない。
研究授業で眠くなる人は多い。
午後ならなおさらである。
しかし全文メモを取っていると眠くならない。
耳を使う。
目を使う。
手を使う。
脳を使う。
常に情報処理をしている。
つまり感覚を総動員しているのである。
ぼんやり眺めている状態とは全く違う。
授業があっという間に終わる。
これは想像以上に大きい。
全文メモの効果② 教師と子供の比率が見える
二つ目の効果は授業の構造が見えることだ。
私は教師をT。
子供をC。
そう書いている。
例えば、
T
C
C
T
C
C
C
こんな感じで並ぶ。
すると面白いことが分かる。
教師ばかり話している授業。
子供が中心になっている授業。
一目で見える。
もちろん発言量だけで授業は評価できない。
しかし、
主体的な学びと言いながら教師が話し続けている。
そんな授業も実際には存在する。
逆に、
ほとんど子供が話している授業もある。
こうした授業の特徴が数字ではなく感覚として見えてくる。
全文メモの効果③ 子供を見る目が鍛えられる
実は私が一番大きいと思っているのはここだ。
子供を見る目が鍛えられる。
研究授業を見るとき、
教師を見る人は多い。
発問がどうだった。
板書がどうだった。
ICT活用がどうだった。
もちろん大事である。
しかし本当に見るべきなのは子供だ。
その発問で子供は何を考えたのか。
その板書で何が変わったのか。
その活動でどの子が困っていたのか。
全文メモを取ると、
自然と子供の発言を追うようになる。
すると授業の見え方が変わる。
授業者を見る授業から、
子供を見る授業へ変わるのである。
全文メモの効果④ 検討会で発言できる
若い先生が検討会で発言しにくい理由は明確である。
知識量で勝てないからだ。
授業者には研究の積み重ねがある。
研究部には理論がある。
指導助言者には経験がある。
その土俵で勝負するのは難しい。
しかし誰もが平等に持っているものがある。
今日の授業である。
例えば、
「〇〇さんがここでこう発言していました」
「△△さんは活動が止まっていました」
「この場面で反応が変わりました」
これは誰にも否定できない。
今日起こった事実だからである。
だから若い先生でも発言できる。
しかも根拠を持って。
これが大きい。
研究授業は教員文化そのものを学ぶ場でもある
私は研究授業の価値は授業だけではないと思う。
教員文化を学ぶ場でもある。
どんな問いが評価されるのか。
どんな子供の姿が価値づけられるのか。
どんな授業観を持っているのか。
それが全部出る。
だから検討会も含めて価値がある。
ただし受け身ではもったいない。
全文メモという武器を持つだけで、
研究授業はインプットの場から思考の場へ変わる。
教員としての地力はこういうところで差がつく
AIを使う。
時短する。
便利なツールを使う。
それももちろん大切である。
しかし最後に授業をするのは人間だ。
子供を見るのも人間だ。
研究授業で子供の姿を追う。
その姿を根拠に考える。
その積み重ねが教員としての地力になる。
もし研究授業が退屈だと思っているなら、一度だけ試してみてほしい。
A3一枚。
全文メモ。
同じ時間を使うなら、ぼんやり見て終わるよりも、何倍も価値のある時間になるはずである。
