いつでも繋がれるって助かるけどストレスじゃない? という話
※この記事は雑談です。
いつでも繋がれるって便利だけどストレスでもあるよなぁと思ったので書いてみます。
いつどこにいても電話できて、メールが送れて、チャットもできる。
みなさんも薄々感じていると思いますが、便利ではあるけど、疲れますよね。
以前の仕事で、場合によっては土日も電話がかかってくることがあって、本当にストレスでした。立場的に、仕事の性質上、やむを得ない人もいると思いますが、プライベートでも、一人になりたいときってあると思うんですよね。
でも僕らは、ほぼ常にスマホを持ち歩いている。
僕は、書き物してるときはスマホは見えない場所に置いてるのと、そもそも通知音がしないようにしてあるので、ピロンピロンしたり、ヴーってバイブ音で意識を持っていかれることはなく、家にいるときはあまりスマホを見ないけど、外出するときは基本スマホは持っていますし、手元にあると何かと便利なのは確かです。
が! やっぱり物事ってなんでも、プラスがあればマイナスもあると思ってまして。
先ほど話した「いつでも繋がる」は、どちらかというと受動的なものでした。仕事の電話がくるとか、やたらと通知がくるとか。
「うるさい」と言って、投げつけたいときもあるでしょう(ほんとに投げちゃダメ)。
でも、「いつでも繋がる」ことのストレスは、実はそういう受動的なものだけじゃなく、いつでも「自分から繋がれてしまう」という部分にもあるんじゃないかと思うのですよ。
「これなんだっけ」と思ったら、すぐに調べられる。
なんか退屈だなと思ったら、ゲームもできるし動画も見られる。
ちょっと寂しいな……と思ったら、AIと会話できる。
僕らは便利さと引き換えに、誰とも繋がっていない一人の時間を差し出している。
誰とも繋がっていないって寂しい、孤独じゃんと思うかもしれませんし、それも一つの見方ではありますけど、一人の時間って、「自分のための時間」でもあると思うのですよ。
一人で考えたり、体を休めたり、頭を休めたり……そういう時間って、けっこう癒しになります。
創造性が活発になるのも、こういうときですしね。
だからこそ、自分から繋がりを断つ時間を作らないと、ストレスを緩和したいのにスマホをずっと使ってるからストレスが蓄積していき、使ってる間に通知もきて、脳が強制マルチタスク状態になり、さらに疲れる……
パーソナルスペースで考えてみましょう。
パーソナルスペースは、他人と自分との距離感で、ここまでは許せるけど、これ以上は不快、みたいな空間のことです。
家族とか恋人なら、密着していても問題ない、むしろ快みたいな感じでしょうけど、知らない相手……女性の場合は相手が男の場合はとくに……手を伸ばせば届く距離にいきなり入ってこられたら、ちょっと体が強張ったりもするでしょう。満員電車は、ああいうものだと諦めているから乗れるんでしょうけど、そうじゃなかったらこの距離感はマジでない、という人もいますよね、電車の中には(ちなみに僕は満員電車無理なので、密着しなくて済む時間を選びます)。
常に繋がっている状態って、精神的なパーソナルスペースを侵害されているという面もあるのではないかと。物理的に近くにいるわけではないけど、接続されているから一人でいるという感覚がしないみたいな。
だから疲れるのでは? と思うわけです。
今の時代、スマホを持たずに生活するのは現実的ではないと思いますし、便利でもあるから、使うのはいいと思うのですよ。ただ、どう使うかという部分は、自分が主導権を握っておかないと、見えない糸で操られるように、スマホに手が伸びてる……ということになり、それがストレスにもなるのだと思います。
テクノロジーが生活を便利にしてくれても、自分はいつも、使われる側ではなく使う側にいようっていう意識を持っておくことが大事なのではないかと思った、というお話でした。
