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「時間がない」という感覚について思うこと

たまには雑談でも、ということで、時間感覚について思うことを書いてみようと思います。

年齢を重ねると時間が早く感じると言いますが、そこについてはあまり感じておらず、一日が早すぎて気づいたら……ってこともほぼなし。
ただ、「いつまでにこれをやらないと……」という感覚は、度々感じます。

一言でいうなら、焦り。
いついつまでにここまではできてないとダメだ、みたいな感じです。
もちろん、締切を決めて、この日までにここまではやるって決めるのはいいんだけど、ここにちょっとした罠があって。何かというと、コントロールできないことを目標にしてしまうことです。

たとえば、来年までに月収を1.5倍にする、という目標。
1.5倍になるかどうかは結果なので、決めたとて、そうなるかどうかはコントロールできないですよね。僕らにできるのは、「月収を1.5倍にするための行動」です。
なので、1.5倍にするというのは「こっちに向かって行動する」という方向性、目標は、そのために必要な資格の勉強をして、来年の◯月に試験を受ける、みたいな部分になる。

資格の本を買う。
勉強をする。
テストを受ける。

これらはがんばればできるけど、月収が1.5倍になるかどうかは分からないので。

僕は昔、自分を追い詰めることにおいては誰にも負けないぐらいヤバくて、「来年の4月までにこれができなかったら●殺する」とか、頭のおかしいことを紙に書いてました。
狂ってるなぁと思います、今は(笑)

でも当時は本気で、俺はダメだからそれぐらいやらなきゃダメだとか思っていたわけです。

じゃあ、そこまでの覚悟(っぽいもの)を決めて、達成できたかというと、お察しのとおり、できませんでした。

そもそも、そんなことを考えている時点で正気ではないので、立てる目標も、登山道具なしでエベレストに登る、あるいは、ブルジュ・ハリファ(ドバイの830メートルぐらいある世界一高いビル)に素手で登るみたいなものだから、達成できるわけがないんですよね。

これは極端な例だけど、時間に対する焦りって、視界を狭めて、極端な考えに走りやすいのは確かではないかと。仕事でも、焦ってると普段できていることをミスったり、ちょっと考えれば分かることが分からなかったりしますし。

人生はいつ終わるか分からないから、やりたいことをやったほうがいいのは間違いないけど、焦るのもなんか違うなと思うわけです。
やりたいことがたくさんあるから、隙間なく予定を詰め込んだり、動画を見ながらゲームをしたり、少しでも多くのことをやろうとする。でもそれこそが、焦りを生む。

僕も回遊魚みたいなところがあるので、時間制限を設けないと、いつまででもあれこれやってしまうんですが、詰め込みまくってやりきると、やった感はあるんですよ。でも、それが目的になってしまっていることに気づけていない。

そして厄介なことに、焦りが出てくると、あれもこれもと手を出したくなるんですよね。
でも、時間は有限。
あれもこれもと手を出している間に、時間はなくなっていき、焦り、さらに手数を増やし、さらに時間が……となる。

時間を効率よく使おうとする行動が、逆に時間を奪っていく。
いや、正確には、時間感覚が狂うことによって生まれる行動が、実際に時間を奪っていく、ですかね。

時間がないと思うなら、最初にやるべきことは、「何かをやめること」なんですよね。
それ以上の効率化はない。

が……これがまた、言うは易く行うは難しで。
手数を増やしたり、予定を埋めることに慣れていると、空白の時間が不安になる。不安を消すためにスマホに手を伸ばしたり、何かを始めてしまったり……よくある話です。

今って、情報を自分から取りに行かなくても、スマホがいくらでも運んでくれるじゃないですか。でも、楽な反面、自分で考えなくなるし、通知がくると注意が逸れるし、5分のつもりが一時間見ちゃったとかなるし、人間はテクノロジーに踊らされてるなぁと思ったりもします。
意志の問題ではなく、そういう環境ってことですね。

僕は、スマホの通知は音もしないしバイブもなし。書き物をしてるときはスマホは見えない場所に置いてます。近くにあると気になるから。
スマホは便利だけど、その便利さとの距離感は自分でコントロールしないと、時間がないって感覚が消えることはないと思います。

なので、時間感覚のバグを直すために自分でできることは、スマホを常にそばに置くのを「やめること」なんじゃないですかね。
最初は落ち着かないと思いますけど、そこを越えた先には、急き立てられない自由があるので、やる価値ありです。

まずは3分から。


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