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サーバント・リーダーシップと「ただの放任」を混同していませんか?ー川上真史氏による「レッセフェール・リーダーシップ」の解説から考える

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #64 レッセフェール・リーダーシップ」というテーマを取り上げます。

 「レッセフェール・リーダーシップ」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。フランス語を語源とし、「なすがままにさせる」「放任する」といった意味を持つこの言葉は、リーダーシップ論においては注意すべきスタイルです。一見すると、メンバーの自主性を重んじる先進的なマネジメントのように聞こえるかもしれませんが、その実態は「リーダーが何もしない」という、極めて危険な状態を指します。

 具体的には、リーダーがメンバーに対して明確な指示や目標を示さず、業務の進め方、意思決定、役割分担といったチーム運営の根幹に関わる全てをメンバーに委ねてしまうスタイルです。リーダーは文字通り「名前だけ」の存在となり、チームに対するリーダーシップを一切発揮しません。本記事では、このレッセフェール・リーダーシップの本質と、それが組織に与える影響について深く掘り下げています。

サーバント・リーダーシップとの危険な混同

 近年、ビジネス界では「サーバント・リーダーシップ」が注目されています。これは、リーダーが権威を振りかざすのではなく、奉仕の精神でメンバーを支援し、チームの成功に貢献するスタイルです。しかし、このサーバント・リーダーシップが「部下の自主性に任せ、リーダーは何もしないこと」と誤解され、結果的にレッセフェール・リーダーシップに陥ってしまっているケースが少なくありません。

 両者は似て非なるものです。サーバント・リーダーシップが、メンバーの成長や主体性を引き出すために「積極的に支援し、環境を整える」のに対し、レッセフェール・リーダーシップは、メンバーの能力に一方的に「依存し、任せきりにする」放任状態です。この違いを理解しないまま、部下に任せているつもりで、実は職務を放棄している危険な状態に陥っているリーダーがいるのです。

レッセフェールが機能する稀な組織

 もちろん、レッセフェール・リーダーシップが有効に機能する組織も、ごく稀に存在します。それは、以下の3つのような、極めて特殊な条件が満たされている場合に限られます。

  1. メンバー全員が高度な専門性と自己管理能力を持つ組織
     例えば、プロの音楽家で構成される弦楽四重奏団のように、メンバー一人ひとりが自身の役割と全体の調和を完璧に理解し、自律的に動ける集団です。このような組織では、リーダーの介入がなくても、あるいは介入がかえって足かせになることさえあります。

  2. 熟練した専門家集団で、業務プロセスが確立されている組織
     長年の経験を持つ職人集団のように、全員が「何を」「どのように」進めるべきかを熟知している場合です。既に最適化されたプロセスが存在するため、リーダーがあれこれと口を出す必要がありません。

  3. 具体的な成果が求められず、自由な発想が奨励される組織
     企業の基礎研究所など、短期的な成果よりも新たなアイデアの創出や試行錯誤そのものが目的とされる環境です。リーダーの指示が、かえってメンバーの創造性を縛ってしまう可能性があるため、自由な活動を許容する放任が有効に働くことがあります。

 しかし、現代のほとんどの企業組織はこれらの条件に当てはまりません。多くの組織は、多様な経験やスキルレベルのメンバーで構成され、明確な成果を求められる環境にあるからです。

多くの組織を蝕む「放任」という病

 では、一般的な組織でレッセフェール・リーダーシップが取られると、どのような問題が発生するのでしょうか。その弊害は深刻で、多岐にわたります。

 まず、メンバーが成長過程にある組織では、指導やフィードバックがないため、メンバーは何をどう学べば良いか分からず、成長が阻害されます。放置されたメンバーは不安を感じ、組織は混乱するだけです。

 次に、具体的な成果が求められる組織では、放任によってメンバーの足並みがそろわず、業務効率が著しく低下します。責任の所在も曖昧なため、誰もが手を抜きがちになり、成果を出すことは困難になります。

 また、仕事の進め方が流動的な組織では、リーダーによる適切な意思決定や方向づけが不可欠ですが、放任されると各々が自己流で動いてしまい、組織全体としての一貫性が失われ、非効率の極みとなります。

 さらに、メンバー間の信頼関係が構築されていない組織でリーダーが不在となれば、調整役を失ったチームは意見の対立や揉め事が多発し、人間関係は悪化の一途をたどるでしょう。

「放任」が引き起こす組織崩壊のシナリオ

 リーダーによる放任は、具体的に以下のような問題を引き起こし、組織を内側から崩壊させていきます。

  • 責任のなすりつけ合い:役割と責任が不明確なため、問題が発生すると「誰のせいか」という犯人探しが始まり、協力体制が崩れます。

  • 非効率な業務運営:各々が自分のやりやすいように仕事をするため、役割の重複や、逆に誰もやらない「抜け漏れ」業務が発生し、生産性が低下します。

  • 派閥形成と組織の分裂:リーダーシップの不在は、非公式なリーダーの台頭を招き、組織内に派閥が生まれます。これは、学校のクラスやママ友グループで自然発生的にグループができる現象と似ており、組織の一体感を著しく損ないます。

  • 意思決定の停滞:誰も最終的な判断を下さないため、重要な課題が先送りされ続け、ビジネスチャンスを逃したり、問題が深刻化したりします。

  • 蔓延する不安:最も深刻な問題は、メンバーが「頼れる人、相談できる人がいない」と感じ、常に不安を抱えながら仕事をすることになる点です。これはモチベーションの低下だけでなく、メンタルヘルスにも悪影響を及ぼします。

 心理学者クルト・レヴィンの研究では、リーダーシップを「独裁型」「放任型」「民主型」の3つに分類し、その影響を調査しました。「民主型」(リーダーがメンバーの意見を聞きながら最終決定を下す)が最も生産性が高く、メンバーの意欲も高いという結果が出ています。一方で「放任型」は、上記のような数々の問題を引き起こすことが実証されており、その弊害は100年近く前から指摘されているのです。

目指すべきはサーバント・リーダーシップ

 私たちが目指すべきはレッセフェール(放任)ではなく、サーバント(支援)のリーダーシップです。

 役職名だけが存在し、部下と向き合わず、何も行動を起こさないリーダーは、チームを率いていることにはなりません。「部下に考えさせている」という言葉を隠れ蓑にした職務放棄は、組織を確実に蝕んでいきます。真のリーダーは、メンバー一人ひとりと向き合い、彼らが自律的に、そして主体的に輝けるよう、積極的に支援し、環境を整える努力を惜しまない人物なのです。

企業人事の視点から

 今回の川上教授の解説は、リーダーシップ開発や組織課題に取り組む人事担当者にとって、非常に示唆に富むものでした。ここでは、人事の立場から、この「レッセフェール・リーダーシップ」の知見をどのように実務に活かしていくべきか、考察を深めたいと思います。

「良い人」という評価の裏に潜む放任リーダーの見極め

 人事としてまず取り組むべきは、「レッセフェール型」のリーダー、あるいはその兆候がある管理職をいかに見抜くか、という点です。このタイプのリーダーは、一見すると「部下に仕事を任せてくれる、口うるさくない良い上司」と評価されていることがあるため、発見が難しい場合があります。部下からの当たり障りのない評価だけを鵜呑みにしてはいけません。

 私たちは、360度評価や従業員サーベイ、あるいは直接のヒアリングを通じて、その「任せる」という行為の実態を多角的に把握する必要があります。評価項目には、「部下の成長のために、どのような支援をしていますか?」「チームの目標達成に向けて、どのような働きかけをしましたか?」といった、リーダーの具体的な「関与」を問う設問を盛り込むことが有効です。

 特に、優秀なプレイヤーから昇進したばかりのプレイングマネージャーは、自身の業務に追われるあまり、マネジメント業務を放棄し、結果的にレッセフェール状態に陥りやすい傾向があります。人事としては、新任管理職への定期的なフォローアップ面談を通じて、「部下とのコミュニケーションは取れているか」「チーム内で問題は起きていないか」を丁寧に確認し、早期に軌道修正を促す役割が求められます。

リーダーシップ研修における「アンチパターン」としての活用

 多くの企業では、次世代リーダー育成のためにサーバント・リーダーシップやコーチングといった研修を実施しています。これらの研修の効果を最大化するために、レッセフェール・リーダーシップを「やってはいけないアンチパターン」として明確に提示することが極めて重要です。

 「任せる」と「放任(丸投げ)」の違いは何か。ケーススタディを用いてディスカッションさせることで、受講者はその境界線を具体的に理解することができます。例えば、「最近、部下からの相談が減ってきた」という事象に対して、「部下が自律的に動けるようになった証拠だ」と安易に結論づけるのではなく、「もしかしたら、相談しても無駄だと思われているのではないか」「相談しづらい雰囲気を作ってしまっているのではないか」という、内省的な視点を持つことの重要性を伝えなくてはなりません。

 クルト・レヴィンの3類型(独裁・放任・民主)を紹介し、自身のマネジメントスタイルを振り返るワークショップも効果的でしょう。それぞれのスタイルのメリット・デメリットを理解させ、どのような状況でどのスタイルが有効なのか、そして基本的には「民主型」のコミュニケーションを通じてチームを運営していくべきであることを学ばせるのです。理想論だけでなく、陥りやすい罠を具体的に示すことで、研修内容はより実践的なものになります。

組織課題の根源を探る診断ツールとして

 チームの生産性が低い、エンゲージメントサーベイの結果が芳しくない、離職率が高い、メンタル不調者が続出している――。こうした組織課題の背後には、管理職のレッセフェール・リーダーシップが隠れている可能性を、私たちは常に疑うべきです。

 サーベイ結果を分析する際、「上司からの支援」や「成長実感」といった項目のスコアが著しく低いチームがあれば、それは危険信号です。該当チームの管理職に対して個別の面談やコーチングを設定し、マネジメントの実態を把握し、改善に向けた支援を行う必要があります。

 近年、重要性が叫ばれている「心理的安全性」も、リーダーの関与なくしては醸成できません。むしろ、リーダーの無関心や放任は、「このチームでは何を言っても無駄だ」「誰も助けてくれない」という無力感を生み出し、心理的安全性を根底から破壊する最も大きな要因の一つです。組織開発の文脈において、リーダーシップの不在がもたらす弊害を、管理職層に粘り強く伝えていくことが人事の使命です。

人事部自身の「レッセフェール」を戒める

 最後に、私たち人事部門自身が、社内に対してレッセフェールになっていないか、という自戒の念を持つことが大切です。新しい人事制度を導入し、「あとは現場でうまく活用してください」と丸投げしていないでしょうか。研修を実施して、「学びは提供したので、実践は本人次第です」と突き放していないでしょうか。

 制度や施策を導入することは、ゴールではなくスタートです。それが現場で正しく理解され、活用され、効果を発揮しているかを見届けるまでが人事の仕事です。現場への積極的な関与、丁寧な説明、そして効果測定に基づいた改善といった「支援的な関わり」を続けること。それこそが、人事部門が全社に対して発揮すべきサーバント・リーダーシップの姿ではないでしょうか。

 リーダーシップの問題は、単なる管理職個人のスキルセットの問題ではなく、組織全体の健全性に関わる重要なテーマです。放任という名の「静かなる病」が組織に蔓延する前に、人事として的確な診断と処方箋を提示し続ける責務があるのです。

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