なぜあの人と話が通じないのか:「ナイーブ・リアリズム」から考える職場のコミュニケーションー川上真史氏から考える
川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #69 ナイーブ・リアリズム」というテーマを取り上げます。
ナイーブ・リアリズムとは、「自分が見ているもの、感じ取っているものに対する認知や判断が、客観的かつ中立的で事実に基づいたものであると認識する傾向」のことを指します。私たちの日常や職場、あるいはSNS上の議論などで頻繁に起きている現象とのことです。
「自分だけは客観的である」という思い込みの正体
人間は誰しも、自分の中に意見や主義主張を持っています。それは本来、その人固有の主観的なものであるはずです。しかし、私たちは無意識のうちに「自分の考えは事実に基づいた普遍的なものであり、誰もがそう考えるべき正解である」と思い込んでしまうのです。この「無意識に」というのが厄介な点で、自分自身でもそのバイアスに気づいていないことがほとんどだといわれています。
この心理状態に陥ると、次のような思考プロセスをたどることになります。
まず、自分が下した判断について、「これは私の好みだ」とは思いません。「客観的な事実に基づいた判断だ」と認識します。例えば、ある絵画を見て「素晴らしい」と感じたとします。それは本来個人の好みですが、ナイーブ・リアリズムの状態では「この絵は技術的にも芸術的にも客観的に優れており、その事実を私は正しく認識している」と感じてしまうのです。
次に、「客観的な事実なのだから、他の誰もが同じように判断するはずだ」と考えます。
そして最終的に、自分と違う判断をする他者が現れたとき、「相手が間違っている」と断定してしまいます。「あの人は見る目がない」「知識が足りないから理解できないのだ」「歪んだ見方をしている」というように、相手の能力や資質に原因を求めて攻撃的になってしまうのです。
「中立」さえも許されない対立の構造
ナイーブ・リアリズムの恐ろしい点は、これが深刻化すると、人間関係の断絶や、最悪の場合は戦争にまで発展する可能性があることです。宗教や政治、国家間の争いなど、お互いが「自分の正義こそが絶対的な事実であり、相手は間違っている」と確信しているとき、対話の余地は失われます。
非常に興味深かったのが、「対立構造における中立的な立場の脆さ」についての指摘です。
例えば、ある極端な「思想・価値観A」を持つ人と、それと対立する「思想・価値観B」を持つ人がいるとします。二人は完全な対立関係にあります。
ここに、どちらにも偏りすぎない「中立的な考え」を持つ人が現れたとしましょう。
普通に考えれば、中立的な人はバランサーとして機能しそうです。しかし、ナイーブ・リアリズムに陥っている「A」の人から見ると、中立の人は「自分の正しい考え(A)に賛同しないのだから、あいつはB側の人間だ」と認識されます。
一方で、「B」の人から見ても、中立の人は「自分たち(B)の正しさを理解しないのだから、あいつはA側の人間だ」と見なされます。
つまり、自分の考えが「世界の中心であり基準」だと思い込んでいるため、そこから少しでもズレている人は、たとえ中立であっても「敵側」あるいは「理解していない側」として排除しようとする心理が働いてしまうのです。これは、昨今のSNSでの分断や、組織内での派閥争いなどを理解する上で非常に示唆に富む話ではないでしょうか。ダイバーシティ&インクルージョンが叫ばれる現代において、この心理メカニズムは多様性の受容を阻む大きな壁となり得ます。
「レンズ」を通して世界を見ているという自覚(メタ認知)
では、どうすればこのナイーブ・リアリズムの罠から抜け出せるのでしょうか。重要なのは「メタ認知」です。つまり、自分の認知そのものを、もう一段高い視点から客観的に見直すことです。
具体的には以下の5つの姿勢が提案されています。
自分の考えは「数ある考え方の中のひとつ」だと認知すること
自分の意見は絶対的な正解ではなく、多くの選択肢の一つに過ぎないと捉え直すことです。他者の考えを「その人なりの文脈」から理解すること
相手の意見に賛同する必要はありません。ただ、「その人の経験や立場、背景からすれば、そういう結論になるのも理解できる」と、背景にある文脈(コンテキスト)に思いを馳せることが大切です。多様な情報源にあたり、比較検討すること
自分の感覚だけで一般化せず、客観的なデータや多くの情報を集め、自分の考えと照らし合わせる習慣をつけることです。自身の考えに自信を持ちすぎず、謙虚であること
「自分が間違っているかもしれない」という可能性を常に残しておくことです。嫌いなことをあえて調べ、経験してみること
これが非常にユニークかつ実践的なアドバイスでした。自分が「嫌いだ」「受け入れられない」と感じる意見や物事こそ、あえて徹底的に調べてみたり、経験してみたりする。そうすることで、「意外と良い面もある」「こういう理屈だったのか」という気づきが得られ、凝り固まった視点を解きほぐすことができます。
私たちは世界を「鏡」に映すように正確に見ているつもりでいますが、実際には教育、文化、メディア、自分の立場といった様々な「レンズ」を通して見ています。そのレンズには必ず歪みや色がついています。
誰かの意見を安易に尊敬して盲信するのではなく、ゼロベースで自分で調べ、考え、自分の価値観を構築していく。そうした知的な体力をつけることが、ナイーブ・リアリズムを乗り越えるための鍵となるようです。

人事視点:組織の「見えない壁」を溶かすためのヒントとして
ここからは、企業人事という立場から、この「ナイーブ・リアリズム」という概念をどのように組織づくりや人材開発に活かせるか、考察してみたいと思います。
日々、組織の中で起こる様々なコンフリクト(衝突)やコミュニケーション不全を見ていると、その根底にこの心理メカニズムが潜んでいると感じることが多々あります。「なぜあの部署はわかってくれないのか」「なぜ部下は指示通りに動かないのか」。こうした嘆きの裏側には、「自分たちの論理こそが正しく、客観的である」という無意識の前提があるのかもしれません。
ダイバーシティ推進の「真の敵」へのアプローチ
多くの企業でダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が重要課題となっていますが、制度や数値を整えても、現場の空気が変わらないという悩みは尽きません。その原因の一つが、まさにこのナイーブ・リアリズムではないかと考えられます。
私たちは無意識に「普通こうするでしょう」という基準を持っています。しかし、その「普通」こそが、自分自身の経験や文化的背景によって形成された「レンズ」に過ぎません。
研修やワークショップの場で、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」という言葉は浸透してきましたが、さらに一歩踏み込んで、「自分の正しさを疑う」というマインドセットを醸成していく一手が考えられます。
例えば、管理職研修の中で、「自分と全く正反対の意見を持つ部下」のシナリオを用い、その部下の背景や文脈(なぜそう考えるに至ったか)を徹底的に想像させるワークを取り入れるのも面白いかもしれません。「賛同はしなくていいが、理解はする」というスタンスは、心理的安全性の高いチームを作る上で、非常に現実的で有効な落とし所になり得ます。
部門間の「分断」を解消する共通言語として
営業部門と開発部門、あるいは本社と現場など、部門間の対立もまた、組織の永遠の課題です。「営業は顧客のことしか見ていない」「開発は技術にこだわりすぎている」といった批判は、双方が「自分の視点こそが会社全体の利益(客観的事実)である」と信じているからこそ起こります。
ここで、人事としてできることは、双方の「文脈」を翻訳し、共有する場を作ることではないでしょうか。
単なる親睦会ではなく、お互いの業務プロセスや、背負っているKPI、顧客からのプレッシャーなどを「データ」や「事実」として共有し合う。相手が「わからず屋」なのではなく、「異なるレンズ(役割や目標)を通して世界を見ている」ということを認識し合う機会です。
「ナイーブ・リアリズム」という言葉自体を社内の共通言語にしてしまうのも一つの手です。「今、私たちナイーブ・リアリズムに陥ってない?」と問いかけ合える文化ができれば、感情的な対立を一歩引いて冷静に見つめ直すきっかけになるかもしれません。
「嫌いなもの」を経験するキャリア開発
講義の中で触れられていた「嫌いなことをあえて徹底的に調べてみる、経験してみる」というアプローチは、キャリア開発や配置転換(ジョブローテーション)の意味づけにも応用できそうです。
社員が異動を拒む理由の一つに、未知の領域や苦手意識のある業務への忌避感があります。しかし、「自分の認知のレンズを磨くためのトレーニング」として、あえて自分の専門外や、これまで重要視してこなかった領域を経験することの価値を伝えていくことはできそうです。
また、評価者研修においても、自分とタイプの違う部下を低く評価してしまう傾向(類似性バイアス)を自覚させるために、この概念は役立ちます。「自分にとっての正解」が「部下にとっての正解」とは限らないことを、理論として知っておくだけでも、評価の納得感やフィードバックの質は変わってくるはずです。
データを「共通の物差し」にする重要性
最後に、人事業務そのものへの自戒も込めて。私たち人事もまた、「人はこうあるべき」「組織はこうあるべき」という強い信念を持ちがちです。しかし、それもまた一つのレンズに過ぎません。
だからこそ、講義にあった「心理学は客観的なデータを重視する」という姿勢に学びたいところです。
施策を打つ際に、経験則や「肌感」だけに頼るのではなく、サーベイデータや事実情報を集め、仮説検証を行う「ピープルアナリティクス」の視点を持つこと。それが、人事自身のナイーブ・リアリズムを防ぎ、経営や現場に対して説得力のある提案を行うための土台となるのではないでしょうか。
「正しさ」の角を突き合わせるのではなく、お互いの「レンズ」の違いを面白がり、そこから新しい景色を一緒に見ようとする。そんなしなやかな強さを持つ組織を目指して、まずは自分自身の「当たり前」を疑うところから始めてみたいと思ったところです。

