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挑戦を「評価」し、失敗を「資産」にする。イノベーションを加速させる人事制度改革のヒントーBBTリカレントサミットからの学び

 Aoba-BBTが毎年開いている経営者・人事向けの「リカレントサミット」の2025年版。2025年7月29日に、「企業変革を導く人材育成の最前線~イノベーションの“芽”を生み出す人と組織~」というテーマにて開かれました。

 登壇者は、野田稔氏(明治大学専門職大学院 明治大学グローバル・ビジネス研究科専任教授)、牧野元太氏(三井化学株式会社グローバル人材部部長)、松尾英明氏(サントリーホールディングス株式会社未来事業開発部課長)、政元竜彦氏(株式会社Aoba-BBT 取締役副社長)でした。

 現代のビジネス環境は、予測不可能な変化の連続です。このような時代において、企業が持続的に成長を遂げるためには、既存事業の深化だけでなく、新たな価値を創造するイノベーションが不可欠です。本講演では、イノベーションを生み出すための「人と組織」のあり方について、アカデミアの視点からの概論と、先進企業2社の具体的な取り組みが紹介されました。

イノベーション創出の原理原則:なぜ「人」と「文化」が重要なのか

イノベーションは全社活動である
 
野田氏は、イノベーション創出の大前提として、トム・ピータースの「全ての社員を起業家にせよ」という言葉を引用し、一部の専門部署だけでなく、全社員が価値創造の担い手であるという意識を持つことの重要性を説きました。イノベーションは会議室で生まれるのではなく、顧客の抱える課題、すなわち「負」を最もよく知る「現場」で生まれます。だからこそ、課題を発見する「目」は多ければ多いほど良いのです。

 しかし、顧客自身も自らの「負」を正確に認識していないケースは少なくありません。スティーブ・ジョブズが言ったように、多くの場合、人々は見せてもらうまで自分が欲しいものを知りません。だからこそ、企業は顧客に深く寄り添い、対話を通じて潜在的なニーズ(顧客インサイト)を掘り起こし、新たな技術やアイデアの組み合わせによって解決策を見出していく必要があります。このプロセスこそがイノベーションの本質であり、それを全社で推進することが求められます。

「人が主語の会社」への転換と「両利きの経営」
 
イノベーションを継続的に生み出すためには、組織のあり方そのものを見直す必要があります。野田氏は、従来の「会社が主語の会社」から「人が主語の会社」への転換を提唱します。これは、社員一人ひとりが「言われたことをやる存在」ではなく、「価値創造の主役」であると自覚すること(個人の目覚め)と、その覚醒した個人が活躍できる組織へと進化すること、この二つの「共進化」によって実現されます。

 具体的には、既存事業を効率的に運営する統制型の組織(メカニカルな組織)と、新しい価値を創造する自律分散型の組織(オーガニックな組織)という、性質の異なる二つの組織原理を一つの企業内に共存させる「両利きの経営」が重要になります。

 ただし、この二つを完全に分離するのではなく、現場感覚を持った人材が既存事業に携わりながら、新たな価値創造の機会を窺うというように、両者の間での知見や人材の行き来が不可欠です。3Mの「15%ルール」に代表されるように、個人の自律的な探求を促し、それを組織として支援する仕組みが、両利きの経営を成功に導きます。

イノベーターの育て方:「Tの字」から「エの字」へ
 
イノベーションを担う人材の育成方法についても、新たな視点が示されました。従来、専門性を深めてからリーダーシップを学ぶ「T型人材」の育成が主流でしたが、事業創造人材の研究から、若いうちに多様な経験を積ませることが極めて重要であることが分かってきました。これは、専門性を深める前に、まず人間関係形成力やリーダーシップといった「非認知能力」の土台を築く育成アプローチで、その育成過程の形から「エの字型」あるいは「工の字型」育成と呼ばれます。

 さらに、組織内には多様な役割を担う人材が必要です。ゼロからイチを生み出す「事業創造人材」、イチをジュウに育てる「事業展開人材」、そして既存事業を支え、百を百一にする「基幹人材」。これらの人材が適切なポートフォリオを形成し、互いに連携することで、組織全体のイノベーション能力が向上していくのです。

【サントリーの挑戦】社内ベンチャー「フロンティア道場」による起業家育成

 松尾氏からは、社内ベンチャー制度「フロンティア道場」を通じた、社内起業家(イントレプレナー)の発掘・育成の取り組みが紹介されました。この制度の目的は、第四の柱となる新規事業を創出すること、そして挑戦する風土を醸成することにあります。

https://www.suntory.co.jp/company/frontierdojo/

 「道場」という名の通り、エントリーした社員(白帯)は、選考を経て選抜されると茶帯となり、約半年間の育成プログラムに参加します。現業と兼任しながら、社外の起業家をメンターに迎え、事業アイデアを徹底的にブラッシュアップしていきます。中間・最終プレゼンを経て、見事「免許皆伝」となると、専任で事業化検証に取り組む権利を得ます。

 このプロセスの特徴は、単に事業アイデアを評価するだけでなく、挑戦する「人」の育成に重きを置いている点です。たとえ事業化に至らなくても、プログラムに参加した経験は参加者に大きな成長をもたらします。参加者からは「視野が圧倒的に広がった」「主体性や責任感が高まった」という声が、本人だけでなく上司からも挙がっており、その経験が現業にも活かされる好循環が生まれています。

 また、挑戦のハードルを下げるための工夫も凝らされています。全国の営業拠点に事務局が出向く「出張版DOJO」や、社外の起業家と気軽にお酒を飲みながら交流できる「DOJO Bar」など、多くの社員が新規事業開発を「自分ごと」として捉えるための仕掛けが用意されています。過去4年間で12件の事業化を実現するなど、着実に成果を上げています。

【三井化学の挑戦】全社戦略と連動したイノベーション人材戦略

 牧野氏からは、長期経営計画「VISION 2030」における5つの基本戦略すべてに「変革」という言葉が盛り込まれていることが示され、全社としてイノベーション創出にコミットしている姿勢が語られました。その実現に向けた人材戦略は、①人材の確保・育成・リテンション、②エンゲージメントを高め組織力に昇華させる企業文化への変革、③人事ガバナンスの整備、という3つの柱で構成されています。

 具体的な取り組みは多岐にわたります。まず、評価制度改革として「変革目標制度」を導入。これは、高難易度の変革目標を掲げ、たとえ未達成でもその要因を分析し組織知として次に活かせれば加点評価されるという、失敗を恐れずにチャレンジを促す仕組みです。

 人材育成面では、グローバル選抜メンバーを対象とした「グローバルリーダーシップ研修」において、最終課題として経営への変革提案を義務付けています。また、新事業開発を担う人材については、必要なスキルを細かく定義・可視化し、戦略的な育成を行っています。

 さらに、イノベーションを生み出す「場」と「機会」の創出にも積極的です。社内外の人がつながり、新たなアイデアを生み出す共創空間「Creation Palette YAE」を本社ビルに設置。また、グローバル全社員を対象としたビジネスコンテスト「Business Idea World Cup」を開催し、国籍や部署を問わず、誰もがアイデアを提案できる機会を提供しています。実際に2023年の優勝案がベトナムで事業化されるなど、具体的な成果も生まれています。これらの取り組みは、Workdayなどの人材プラットフォームによって支えられており、どのようなスキルや意欲を持った人材がどこにいるのかを可視化し、戦略的な人材配置や抜擢につなげています。

【人事視点】講演内容を自社のイノベーション創出にどう活かすか

 今回の講演で示されたアカデミアの知見と先進企業の事例は、イノベーション創出を目指すすべての企業の人事担当者にとって、示唆に富むものでした。これらの学びを、自社の制度設計や文化醸成にどのように活かしていくべきか、企業人事の視点から考察します。

挑戦を「文化」にするための人事の役割

 野田氏が強調したように、イノベーションは制度だけで生まれるものではなく、「文化風土」が土壌として不可欠です。人事部門は、この「挑戦を推奨し、失敗から学ぶ文化」を醸成する上で中心的な役割を担うべきです。

1. 心理的安全性の担保とコミュニケーションの活性化
 
サントリーの「DOJO Bar」や三井化学の「Creation Palette YAE」は、役職や部門の垣根を越えた偶発的な出会いや対話を促進する素晴らしい取り組みです。人事はこうした「場」の設計を主導することができます。物理的なスペースだけでなく、オンラインでのコミュニティ創設や、部門横断でのワークショップ、あるいは社内SNSでの成功・失敗事例の共有など、社員が自由に意見を交換し、互いに刺激し合える仕掛けを企画・運営することが求められます。重要なのは、野中郁次郎先生の言葉にもあった「共感と対話」が生まれる環境を意図的に作ることです。

2. 評価・称賛の仕組みの変革
 
イノベーションへの挑戦は、短期的な成果に結びつかないことが多々あります。既存の業績評価の枠組みだけでは、こうした活動を正当に評価することは困難です。三井化学の「変革目標制度」のように、結果だけでなくプロセスやチャレンジそのものを評価する仕組みの導入は、非常に有効な一手です。たとえ事業化に至らなくとも、その挑戦から得られた学びや知見(価値ある失敗)を組織の資産として捉え、評価に組み込むことで、社員は安心してリスクを取ることができます。また、挑戦した社員を社内報やイントラネットでヒーローとして称賛することも、挑戦する文化を根付かせる上で効果的です。

「エの字型」育成モデルを取り入れた次世代リーダー育成

 野田氏が提唱した、若いうちに多様な経験を積ませる「エの字型」育成は、これからの人材育成のスタンダードとなり得ます。人事は、社員のキャリアパス設計においてこの考え方を積極的に取り入れていくべきです。

1. 意図的な「越境経験」の設計
 
新入社員や若手社員に対し、敢えて専門性を固定せず、複数の部門を経験させる戦略的なジョブローテーションを設計することが考えられます。また、部門や会社の壁を越える「越境経験」も重要です。社内の部門横断プロジェクトへのアサインはもちろん、NPOへのプロボノ派遣、スタートアップへの出向、あるいは副業の許可なども、社員の視野を広げ、多様な価値観に触れる貴重な機会となります。サントリーの道場生が社外の起業家との交流を通じて大きく成長したように、外部の知見やネットワークに触れる経験は、イノベーションの担い手にとって不可欠な要素です。

2. OJTとOff-JTの連携によるスキル開発
 
多様な経験を積ませるだけでなく、そこから学びを抽出し、能力として定着させるための支援も人事の重要な役割です。例えば、ジョブローテーションの各段階で、経験を振り返り言語化するリフレクション研修を実施したり、1on1ミーティングを通じて上司が経験からの学びを促すといった支援が考えられます。また、サントリーの道場のように、実践(OJT)の場で新規事業開発プロセスを体系的に学ぶ機会(Off-JT)を提供することも有効です。人事は、こうした実践と学習が連動したプログラムを企画・提供することで、経験を確かな能力へと昇華させることができます。

全社的なイノベーション推進体制の構築

 イノベーション活動は、個人の情熱や一部署の頑張りだけに依存するのではなく、全社的な仕組みとして支える必要があります。

1. 挑戦のための「時間」と「機会」の制度化
 
野田氏が指摘したように、イノベーション活動が「本業の傍らのボランティア」と見なされてしまう風土では、何も生まれません。これを「本来の仕事」として位置づけるためには、制度的な裏付けが不可欠です。3Mの「15%ルール」のように、業務時間の一部を新規事業の検討に充てることを公式に認める制度や、サントリーや三井化学が実践している社内ビジネスコンテストの開催は、社員に挑戦のための「時間」と「機会」を提供する上で非常に有効です。人事は、こうした制度を経営陣に働きかけ、導入を推進する役割を担います。

2. 人材ポートフォリオの戦略的管理
 
自社が目指す方向性に基づき、どのような人材(事業創造人材、事業展開人材、基幹人材)が、どのくらいの比率で必要なのかを定義する「人材ポートフォリオ」の考え方は、人事戦略の根幹となるべきです。三井化学がWorkdayを活用しているように、まずはタレントマネジメントシステムなどを活用して、社内人材のスキル、経験、キャリア志向を可視化することが第一歩です。
 その上で、採用においては特定の専門性だけでなく、事業創造のポテンシャルを持つ人材を見出すための新たな選考基準を設けたり、育成においてはポテンシャルのある人材を早期に発掘し、サントリーの「道場」のような特別な育成プログラムを提供するなど、ポートフォリオを最適化するための戦略的な打ち手を講じていく必要があります。

 イノベーションを生み出す「人と組織」を育むことは、一朝一夕には成し遂げられません。しかし、本講演で示された原理原則と先進事例を羅針盤としながら、人事部門が主体となって粘り強く施策を積み重ねていくことで、企業は必ずや変革を遂げ、未来を切り拓く力を手にすることができるはずです。


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