【書籍】「なぜ、うちの会社は話が通じないのか?」—『職場の共通言語のつくり方』に学ぶ、人事が見るべき組織の処方箋
堀越耀介著『職場の共通言語のつくり方』(株式会社クロスメディア・パブリッシング、2025年)を拝読しました。
多くの職場で「若手にもっと主体的に動いてほしい」「理念が現場に浸透しない」といった悩みが聞かれます。管理職が「価値創造」の重要性を説いても、若手は「抽象的でピンとこない」と感じる。このようなコミュニケーションのすれ違いは、単なる世代間ギャップや個人のスキル不足が原因なのではありません。本書は、その根本的な原因を「同じ言葉を使っていても、その意味とイメージが共有されていない」こと、すなわち「共通言語の欠如」にあると指摘します。
例えば、「主体性」という言葉一つをとっても、上司は「組織の目的を理解し、自ら課題を見つけて挑戦すること」というポジティブな成長の機会と捉えているのに対し、部下は「指示なく行動し、失敗すれば責められること」というネガティブなリスクと捉えているかもしれません。この認識のズレがある限り、いくら「主体的に」と号令をかけても、その真意は伝わりません。
本書が提唱する「共通言語化」とは、単に言葉の定義を揃えることではありません。その言葉に込められた意味だけでなく、背景にある経験や価値観、それによって喚起されるイメージや感覚までをもチームで共有するプロセスを指します。個人の考えを一方的に伝える「言語化」とは異なり、対話を通じてチームの共有財産を築き上げていく双方向のコミュニケーション、それが「共通言語化」の核心です。
VUCA時代に不可欠な「哲学対話」というアプローチ
現代は、予測困難で変化の激しい「VUCA」の時代です。このような状況下で、共通言語の重要性はますます高まっています。その背景には、世代間ギャップの拡大や働き方の多様化による「コミュニケーションの複雑化」、顧客ニーズの多様化と変化の速さに対応する必要がある「市場の変化」、そして階層型組織から自律分散型組織へと移行しつつある「組織形態の変化」があります。個々のメンバーが自律的に動く組織では、バラバラにならないための求心力として、ビジョンや価値観を共有する共通言語が不可欠です。
この共通言語を構築する有効な手段として、本書は「哲学対話」を挙げています。哲学対話とは、「そもそも責任とは?」「価値とは?」といった、すぐには答えの出ない根源的な問いについて、正解を出すのではなく、共に考え続けるコミュニケーションです。ビジネスにおいて哲学対話は、既存の前提を疑い、新たな視点を生み出すことでイノベーションを促進したり、理念を自分事として捉え直したり、チーム内の相互理解を深めたりする上で大きな力を発揮します。
重要なのは、「対話」と「哲学」をかけ合わせることです。多様な価値観を尊重するだけの「対話」は、「人それぞれ」で終わってしまいがちです。そこに「前提を疑い、考えを深める」という哲学的な思考が加わることで、単なる相互理解にとどまらず、チームとしての新たな意味づけや価値創造につながる共通言語が生まれるのです。
共通言語をつくるための「思考」と「対話」の技術
では、どうすれば共通言語をつくることができるのでしょうか。本書では、そのための具体的な「型」と思考法、そして対話の技術が詳細に解説されています。
共通言語づくりの型は、大きく4つに分類されます。
似ているイメージを見つける: ある言葉のイメージを、アナロジー(類比)を使って共有する方法です。例えば「会社」を「家」と見るか「船」と見るかで、組織に対するイメージは大きく異なります。
意味が似ている言葉同士の違いを明確にする: 「尊重」と「甘やかす」、「主体性」と「自発性」など、似て非なる言葉の違いを明らかにすることで、言葉の解像度を高めます。
1つの言葉に含まれている意味の違いを識別する: 例えば「新しい」という言葉も、「世界的に新しい」「業界では新しい」「自社では新しい」というように、階層を分けて考えることで、目指すべき方向性が明確になります。
まだ名前のない現象や感覚に名前をつける: 職場内の「あるある」や、モヤモヤとした感覚に名前を与えることで、共通の課題として認識し、対処しやすくなります。
これらの型を実践するためには、「思考」と「対話」の両輪の技術が必要です。「思考」の技術とは、物事を吟味する「批判的思考」、新たな側面を見出す「創造的思考」、そして自分の知りたいという気持ちから出発する「関心にもとづく思考」という3つの側面を持つ「哲学的思考」です。これを駆動させるのが「問い」の力であり、「どうすれば~できるか?」という方法論の問いだけでなく、「そもそも~とは何か?」という本質を問うことが重要になります。
一方、「対話」の技術では、まず対話が「会話」「討論」「議論」とは異なるコミュニケーションモードであることを理解する必要があります。対話は、単なる情報交換や勝ち負けを目的とするのではなく、相互理解を深めながら共に探究するプロセスです。そのためのマインドセットとして、「自分の考えにとらわれない」「相手との関係性にとらわれない」「安易に『人それぞれ』で終わらせず、合意をあきらめない」「話すよりも聴く/訊くを優先する」「自分の経験にもとづいて話す」といった点が挙げられます。また、物理的な場の設定(円座に座る、机を置かないなど)が「知的安全性」を確保し、対話を促進する上で極めて重要であることも強調されています。
日常業務を「対話の場」に変え、組織文化を育む
本書の最終章では、これらの理論や技術を実際の組織でどう活かすかが、ワークショップの事例を交えて具体的に示されています。そして最も重要なのは、特別な場だけでなく、日々の業務の中に「対話」の要素を取り入れ、それを文化として根付かせていくことです。
例えば、ミーティングの最後に「今日の議論で使われた重要な言葉の意味を整理する時間」を設けたり、1on1で「そもそも、あなたにとって『成長』とは何ですか?」といった哲学的な問いを投げかけたり、プロジェクトの振り返りで「今回の成功/失敗の定義は何か?」を問い直したりすること。こうした小さな工夫の積み重ねが、組織内に共通言語を生み出し、育てていきます。
著者は、自身の壮絶な経験から哲学対話の可能性を見出し、教育現場を経てビジネス領域へと活動の場を広げてきました。その根底にあるのは、「共通言語の創出と更新」こそが、コミュニケーション不全や社会の分断を乗り越え、より良い関係性を築くための鍵であるという強い信念です。本書は、そのための具体的な羅針盤となる一冊といえるでしょう。

【人事の視点】本書を組織変革にどう活かすか
本書は、人事にとって、日々の業務で直面する多くの課題に対する本質的な解決の糸口を与えてくれる、非常に示唆に富んだ一冊です。採用、育成、制度設計、組織開発といった人事のあらゆる機能において、本書で示される「哲学対話」と「共通言語化」のアプローチは、強力な武器となり得ます。
採用のミスマッチを防ぐ「価値観の共通言語化」
人事業務の入り口である採用活動において、最大の課題の一つが「ミスマッチ」です。スキルや経験は申し分なくても、カルチャーや価値観が合わずに早期離職に至るケースは後を絶ちません。この問題の根底には、企業が掲げる理念や求める人物像といった「言葉」の解釈が、企業と候補者の間ですれ違っていることがあります。
多くの企業は採用ページや面接で「主体性のある人材」「挑戦できる環境」といった言葉を使います。しかし、その「主体性」や「挑戦」が具体的に何を指すのか、本書の指摘通り、極めてあいまいです。人事担当者は、まず自社内でこれらの言葉を共通言語化するプロセスを踏むべきです。
例えば、「主体性」をテーマに経営陣や現場のハイパフォーマーと哲学対話を行い、「我々の定義する主体性とは、会社のパーパスを自分事として捉え、部署の垣根を越えて課題解決のために自ら問いを立て、周囲を巻き込みながら行動することである」といった、具体的な行動イメージを伴う「意味」と「イメージ」を明確にするのです。
この共通言語化された基準を面接の場で活用します。候補者に「あなたの考える主体性とは何ですか?」「過去に主体性を発揮した経験を教えてください」と問うだけでなく、「当社では主体性をこのように考えていますが、この考えについてどう思いますか?」と対話を仕掛けるのです。これにより、単なる経験の有無だけでなく、候補者の価値観や思考の深さを理解でき、カルチャーフィットの精度を格段に高めることができるでしょう。
「自分事」化を促す研修と人材育成
研修を実施しても、「やらされ感」が強く、現場での行動変容につながらない、という悩みは尽きません。本書の「マイパーパス策定プログラム」の事例は、この課題に対する画期的なアプローチです。企業のパーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を一方的にインプットするのではなく、「あなたはこのパーパスをどう解釈しますか?」「あなたの仕事の核となる概念は何ですか?」と問いかける。このプロセスを通じて、社員一人ひとりが会社の理念を「自分事」として捉え直し、自らの言葉で語れるようになります。
例えば、新任管理職研修に哲学対話を取り入れることは非常に有効です。テーマは「そもそもリーダーシップとは何か?」「メンバーの成長を支援するとは、どういうことか?」といった根源的な問いです。多くの管理職は、リーダーシップを「チームを力強く牽引すること」と画一的に捉えがちですが、対話を通じて「メンバー一人ひとりの主体性を引き出し、サーバント的に支えることもリーダーシップではないか」といった多様な視点が生まれます。
唯一の正解を求めるのではなく、自部署の状況やメンバーの特性に合わせた「自分たちのチームにおけるリーダーシップ」という共通言語を築き上げるプロセスそのものが、管理職としての視野を広げ、実践的な学びとなるのです。
「知的安全性」がエンゲージメントを高める
近年、「心理的安全性」の重要性が叫ばれていますが、本書はさらに一歩進んだ「知的安全性」という概念を提示しています。これは、「思考そのものが尊重され、どんな問いや意見も探求の価値があると認められる場」を指します。間違いを恐れずに「そもそも、このやり方は本当に正しいのでしょうか?」と問える文化、未完成なアイデアでも「こんなことを考えてみたのですが」と発言できる風土。これこそが、イノベーションの土壌であり、社員のエンゲージメントを高める鍵です。
人事としては、この「知的安全性」を組織全体に醸成する仕掛け人となるべきです。具体的には、人事部がファシリテーターとなり、部門横断での対話ワークショップを定期的に開催することが考えられます。テーマは「私たちの会社の『提供価値』とは何か?」や「10年後、社会から必要とされる会社であるためには?」といった、全社員が当事者として考えられる壮大な問いが良いでしょう。こうした場を通じて、普段は接点のない社員同士が役職や部署の壁を越えて語り合う経験は、相互理解を深め、組織の一体感を醸成します。
また、1on1ミーティングのあり方を見直すことも重要です。進捗確認や目標設定だけでなく、本書で紹介されているように「対話の場」として設計し直すのです。そのためのガイドラインや問いのサンプルを人事が提供し、管理職にトレーニングを行うことで、1on1の質を向上させ、部下の内発的動機付けを促すことができます。
評価の納得度を高め、成長を促す対話
評価制度は、人事にとって最もデリケートで難しいテーマの一つです。評価への不満は、社員のモチベーション低下に直結します。この問題の多くは、評価項目という「言葉」の解釈が、評価者と被評価者の間でズレていることに起因します。
例えば、評価項目に「積極性」とあっても、上司は「会議での発言回数」をイメージし、部下は「新しいツールを自主的に導入すること」をイメージしているかもしれません。このズレを放置したまま期末に面談を行えば、納得のいく評価は望めません。
この課題を解決するために、期初に上司と部下が評価項目について対話する時間を設けることを制度化します。「今期の目標における『積極性』とは、具体的にどのような行動を指すだろうか?」と問いかけ、その期における「積極性」の共通言語をつくるのです。これにより、部下は具体的な行動目標を立てやすくなり、上司は期中においても的確なフィードバックができるようになります。評価は「ジャッジメント(審判)」から「フィードバック(成長支援)」へとその役割を変え、社員の成長と組織の発展に貢献する、本来あるべき姿の制度へと進化させることができるでしょう。
本書が示すアプローチは、小手先のテクニックではなく、組織の根幹である「人と人との関係性」に働きかけるものです。人事担当者が「哲学対話のファシリテーター」という新たな役割を担い、組織内に共通言語を生み出す文化を育むことで、企業は変化の時代を乗り越えるための、真の競争力を手に入れることができるのではないでしょうか。

