【書籍】「個人の頑張り」はもう限界。人事戦略の核となる『チームレジリエンス』の高め方
安斎勇樹、池田めぐみ著『チームレジリエンス 困難と不確実性に強いチームのつくり方』(日本能率協会マネジメントセンター、2024年)を拝読しました。
本書は、予測不可能な現代社会(VUCA時代)において、チームが次々と訪れる「困難」を乗り越え、さらには成長の糧とするための力、「チームレジリエンス」について、最新の学術研究を基に実践的な方法論を解説した一冊です。個人の頑張りや精神論に頼るのではなく、チームという集合体として、いかにして困難にしなやかに対応し、回復・成長していくかに焦点を当てています。
第1部:なぜ現代のチームは困難に直面し続けるのか
終わらない「困難」と「不確実性」の悪循環
現代のチームは、市場の急変、競合の出現、人手不足といった「困難」に絶えず直面しています。本書はまず、この「困難」を「個人やチームの存在価値・信念・目標達成を脅かすストレス要因」と定義します。困難には、突然発生する「急性的困難」(システム障害やSNSの炎上など)と、じわじわとチームを蝕む「慢性的困難」(恒常的な人手不足やコミュニケーション不全など)があります。さらに、その要因は外部環境だけでなく、チームの内部にも存在すると指摘します。
この困難をさらに厄介なものにしているのが、時代の「不確実性(VUCA)」です。不確実性は「この先どうなるかわからない(未来のわからなさ)」と「今何が起きているかわからない(現在のわからなさ)」という二重の「わからなさ」を生み出します。人間は予測できない刺激に強いストレスを感じるため、この「わからなさ」はチームメンバーの心に恒常的なストレスを与えます。
ストレスを感じた個人は、その根本原因に向き合うよりも、犯人探しをしたり、問題から目を背けたりといった「逃避的行動」に走りがちです。しかし、メンバーそれぞれがこうした個人最適の行動をとることで、チーム全体の「困難」と「不確実性」はさらに増大するという悪循環に陥ってしまうのです。本書は、この構造的な問題を解決する鍵が「チームレジリエンス」にあると説きます。
第2部:チームレジリエンスとは何か
「回復」と「成長」を促すチームの力
レジリエンスとは、元々心理学の分野で使われてきた言葉で、「回復力」「復元力」を意味します。本書では、単に元の状態に戻る「回復」だけでなく、困難を経験したことで以前よりも高いレベルへ到達する「成長」までを含む、より能動的な概念として捉えています。
そして、「チームレジリエンス」を「チームが『困難』から回復したり、成長したりするための能力やプロセス」と定義します。ここで重要なのは、個人のレジリエンスの集合体が、必ずしもチームのレジリエンスにはならないという点です。レジリエンスの高い個人が、チームを見限って転職してしまうケースもあるように、チームとして困難に立ち向かうためには、個人とは異なるアプローチが必要になります。人によって困難の捉え方が違うというチームならではの難題を乗り越え、メンバー間の相互作用を通じて発揮される力がチームレジリエンスなのです。
チームレジリエンスを発揮する「3つのステップ」と土台となる「チーム基礎力」
本書では、チームレジリエンスを発揮するための具体的なプロセスを、以下の3つのステップで示しています。
課題を定めて対処する:目の前の「困難」を、解決可能な「課題」に具体化し、プロジェクトとして計画的に対処します。同時に、メンバーのストレスケアも行います。
困難から学ぶ:困難を乗り越えた経験を振り返り、同じ過ちを繰り返さないための「教訓」を言語化し、チームの成長につなげます。
被害を最小化する:困難の予兆を早期に発見し、事前に対策を講じることで、そもそも困難に陥ることを防いだり、被害を最小限に食い止めたりします。
これらのステップは、業界やチームの特性(守りのチームか、攻めのチームか)によって優先順位は異なりますが、特に「ステップ2:困難から学ぶ」を怠らないことが、持続的に強いチームであるための肝となります。
さらに、この3つのステップを実践するためには、土台となる「チーム基礎力」が不可欠であると説きます。その構成要素は以下の5つです。
チームの一体感:メンバーが同じ目標に向かってまとまっている状態。
心理的安全性:リスクある発言をしても安全だと感じられるチームの信念。
適度な自信:「このチームならやれる」という感覚。過信は禁物。
状況に適応する力:予期せぬ事態にもメンバーが自律的に動ける力。
ポジティブな風土:困難な状況でも前向きな雰囲気を保つ力。

本書の後半では、この3つのステップと5つの基礎力を高めるための具体的な手法(課題設定の方法、振り返りのフレームワーク、避難訓練のやり方など)が、豊富な事例と共に詳細に解説されており、読者がすぐに行動に移せるような構成になっています。非常に実践的な内容でした。

企業人事の視点から本書をどう活かすか
本書は、単なる現場のマネジメント論にとどまらず、これからの企業人事が組織戦略を考える上で極めて重要な示唆を与えてくれます。 VUCA時代において、変化への対応はもはや一部の部署の課題ではなく、全社的なテーマです。人事として、いかにして「困難と不確実性に強い組織」を構築していくか。そのための具体的なアクションを、本書のフレームワークを基に考察します。
1. なぜ今、人事が「チームレジリエンス」に注目すべきか
従来の人事施策は、個人の能力開発やエンゲージメント向上に主眼が置かれがちでした。優秀な個人を採用し、育成すれば、組織全体のパフォーマンスも向上するという考え方です。しかし本書が指摘するように、「個人のレジリエンスの総和」は「チームのレジリエンス」とイコールではありません。むしろ、個の力に依存しすぎることが、エース社員の疲弊や離職を招き、チームを脆弱にするリスクすらあります。
エンゲージメントサーベイのスコアは高いのに、いざという時に部門間の連携が取れず、危機対応が後手に回る。あるいは、優秀な社員が立て続けに辞めていく。こうした問題の根源には、チーム単位での困難への対処能力、すなわちチームレジリエンスの欠如があるのではないでしょうか。
個人のパフォーマンス(点)を見るだけでなく、チームや部門といった集合体(面)が、いかにして困難を乗り越え、学習し、成長していくかという動的なプロセスに着目する必要があります。チームレジリエンスは、エンゲージメントや生産性といった指標の、さらに土台となる「組織のOS」のような概念であり、これからの人事戦略の核に据えるべきだと考えます。
2. 管理職育成プログラムへの応用:孤軍奮闘するリーダーから、チームを育てるファシリテーターへ
多くの企業の管理職は、プレイングマネージャーとして自身の業務とマネジメントの両方を担い、疲弊しています。困難が発生すれば、その責任とプレッシャーを一身に背負い込み、「自分が何とかしなければ」と孤軍奮闘しがちです。これは本書のいう「個人レジリエンスへの過度な依存」の典型例です。
人事としては、管理職研修の在り方を根本から見直す必要があります。ティーチングや業務遂行能力だけでなく、チームレジリエンスを高めるためのスキルセットを体系的に提供するのです。
課題設定と対話のスキル:困難を前にパニックに陥るのではなく、メンバーとの「対話」を通じて、チームが向き合うべき「課題」を定義するファシリテーション能力。本書で紹介されている「問題と課題の切り分け」や「見える景色の共有」は、研修コンテンツとして非常に有効です。
振り返りのデザインスキル:「責任者断罪型」や「仲良しサークル型」の振り返りを避け、建設的な「学び」を生み出すための会議設計力。失敗を個人の責任にせず、チームの成長機会に変えるマインドセットを醸成します。
メンバーのストレスケアと心理的安全性の醸成:困難な状況下で、メンバーのストレスサインを早期に察知し、適切にケアする能力。人事主導のメンタルヘルス研修だけでなく、管理職が日常的に実践できる具体的な関わり方を指導します。
これらの研修を通じて、管理職の役割を「課題を一人で解決するプレイヤー」から、「チームの力で課題を解決できる環境を作るファシリテーター」へと転換させていくことが、持続可能な組織づくりにつながります。
3. 組織開発への応用:サーベイと1on1で見出す「レジリエンスの兆候」
チームレジリエンスは目に見えにくい概念ですが、その土台となる「チーム基礎力」(一体感、心理的安全性など)は、組織サーベイや1on1を通じて可視化することが可能です。
人事は、パルスサーベイなどの結果を部署ごとに分析し、単にスコアの高低を見るだけでなく、「レジリエンスの観点」から読み解くべきです。例えば、「心理的安全性」のスコアが低いチームは、困難の予兆を共有できず、「被害の最小化」が機能不全に陥っている可能性があります。「一体感」のスコアが低いチームは、困難に直面した際にメンバーがバラバラの方向を向いてしまい、「課題を定めて対処する」ことができないかもしれません。
こうした分析結果をもとに、人事は特定のチームに対して介入支援を行うことができます。例えば、外部のファシリテーターを派遣して対話のワークショップを実施したり、当該部署の管理職と連携して1on1の質的改善を支援したりするなど、具体的な打ち手につなげます。サーベイを「組織の健康診断」と捉え、チームレジリエンスという観点から課題を早期発見し、処方箋を提示することが、人事部門の新たな役割となるでしょう。
4. 困難から「学ぶ文化」を制度として根付かせる
本書で最も重要視されているのが「困難から学ぶ」ステップです。しかし、多くの組織では失敗が許されず、挑戦が萎縮する文化が根強く残っています。人事としては、この「学習」を個人の心がけに任せるのではなく、組織の文化・制度として定着させる仕組みづくりが求められます。
「失敗共有会」の制度化:成功事例だけでなく、失敗事例とその教訓を共有する場を公式に設けます。これにより、「失敗は悪である」という価値観から、「失敗は学習機会である」という価値観への転換を促します。評価と切り離し、心理的安全性が担保された場で実施することが重要です。
ナレッジマネジメントの再設計:本書で言う「教訓を『痛み』とセットで語り継ぐ」仕組みをデジタル上で実現します。単なるマニュアルの蓄積ではなく、なぜそのルールが生まれたのか、背景にある困難や失敗のストーリーと共にナレッジを共有するプラットフォームを構築・活性化させます。
評価制度へのプロセスの組み込み:結果だけでなく、困難な状況にどう向き合い、チームで乗り越えようとしたかという「プロセス」を評価する仕組みを検討します。これにより、リスクを恐れず挑戦し、たとえ失敗してもそこから学ぶ姿勢を正当に評価することが可能になります。
これらの施策を通じて、組織全体がひとつの大きな学習体となり、変化に適応し続けるレジリエントな組織へと進化していくことができるはずです。

