「働く人に安全を伝えたい」第53回(知らないことの力)
第53回は、「知らないことの力」
シンポジウムに参加して
先日、参加したシンポジウムの講演会で、三重県の ある大学の講師をしておられる先生と知り合い、少し親しくさせていただいた。
その先生は、「若者を育てる」というテーマで原稿を書かれており、その原稿の一部で「ハーバード大学 卒業式での主席スピーチ」について紹介されていた。
「人は『右脳』に刺激を感じながら育ち、そして『右脳』の刺激が『左脳』を使って行動を起こす。
演説『知らないことを認識することからすべてが始まる』という、この動画(You Tube 2024年ハーバード大学主席の卒業式スピーチ)を見て『右脳』で大いに驚いてみてください」という内容の原稿だった。
私も早速、動画を視聴して「右脳」に刺激を与えてみた。
ハーバード大学卒業式での主席スピーチ
2024年のハーバード大学の卒業式における、Shruthi Kumar(シュルティ・クマール)さんの答辞。
スピーチのテーマは 、”The Power of Not Knowing"
日本語に直訳して「知らないことの力」ということになる。
You Tubeの動画には、英語と日本語が字幕で表示されている。
日本語の字幕を見ながらだが、彼女の声のトーン、話す速さ、表情を感じながら視聴した。言葉の一つ一つに説得力が感じられた。
(意外と彼女の話す速さが早く、時にはゆっくりと、力強いところがあり、字幕を確認するのが追い付かなかったので、数回視聴した。
大いに話題になった当スピーチは、ご存じの方は「いまさら」と思われるかもしれないが、恥ずかしながら私はこれまで知らなかった…)
ハーバード大学を首席で卒業し、「知ること」を極めた彼女が、あえて「知らないこと」の価値を訴えたスピーチは、多くの人々に深い感銘を与えた。
「知らない」という感覚を再定義するようになり、どれほど多くのことを「知らないか」を知ることに大きな力(パワー)を見い出す。
あえて、「知らない」ということを選び、そうすることで、「問いかけ、耳を傾ける力」が得られるからだ。
真実は、「知らないこと」にどう向き合い、どう進んでいくか。それこそが、これから先の未来で突き動かすものだと訴える。
「知らない」からこそ、耳を傾け、対話を諦めないというメッセージを伝えたかったのはないだろうか。
ここでは、字幕の全文までは書かないが、興味のある方は話題になったスピーチなので、視聴してみてください。視聴したことのある方はもう一度、初めての方は一度は、ご覧になってはどうでしょうか。
「知らないことの力」という言葉を「安全」に結び付けてみた
安全管理にも、危険なのは「知っているつもり(過信・マンネリ)」であり、もっとも有用なのは「知らないかもしれない(謙虚・疑う力)」だ。
スピーチの精神を日々の安全管理に組み込み、実践的な「安全の力」にどう変えられるか、3つのアプローチに結び付けてみた。
1.「知らない(かもしれない)」を前提にする:「指差呼称」の再定義
スピーチでは、「知らないと認めることで耳を傾ける」とあった。
これを現場に置き換えると「いつもと違うと認め、安全に作業ができているかを確認する」になる。
慣れによって気が緩むことで、注意力や緊張感が低下し、確認作業や判断が甘くなり、または 失念してヒューマンエラーが発生する。「いつものことができていない」あるいは、「いつも しているから大丈夫」「いつものことを忘れていた」という思い込みで、確認を怠らせ、不安全行動を生み出してしまう。
「知らない(かもしれない)」という謙虚さが、丁寧な指差呼称や作業開始前の点検という具体的な行動に結びつけることができる。
2.「沈黙は雄弁である」:「ヒヤリハット」と「声掛け」
スピーチの中に「アーカイブにない声、沈黙は決して空虚なものではなく、しばしば大きな声である。沈黙にこそ耳を傾ける」とあった。
「異常なし、問題なし」という沈黙を疑う。
それは、本当に安全なのだろうか。それとも、言えない雰囲気があるのか。
「沈黙は、ただ単に異常なし(問題なし)ではなく、往々にして極めて危険なサイン」の場合がある。
「ちょっとした違和感」や「不慣れな作業者の戸惑い」などを見逃さないことだ。お互いに「何か気になることはあるか?」「ヒヤリハットがあったか?」と問いかけ、声を掛ける文化が災害を未然に防ぐことができる。
3.「すべてのドアを開けておく」:「変化への適応力」
最後にエミリー・ディキンスンの詩「夜明けがいつ来るかわからないけれど、私はすべてのドアを開けてみる」でスピーチを締めくくった。
それは、現場の不確実性(リスク)に対する最高の構えだ。
建設現場は、天候の変化、体調不良、予定外の作業など、常に「知らない(予測できない)こと」が起きてしまうことがある。
計画通りに工事が進むはずというドアを閉じた状態ではなく、「何が起きても対応できるよう、事前予防対応、危険予知のドアを開けておく。
例えば、「今の施工手順は、完璧だ」と思い込んで、ドアを閉めるのではなく、仲間の意見を聞く姿勢、失敗から学ぶ姿勢、新しい作業手順を試す姿勢(すべてのドア)を開けておこう。
「想定外を想定する」ことが、リスクに対するレジリエンス(対応力)になり、事前予防対応で事故災害を回避できる。
「自分の限界を知り、常に変化を疑い、お互いを気遣い、耳を傾け、声を掛ける」シュルティ・クマールさんのスピーチは、まさに建設現場が必要とする「究極の安全のマインド」といえるのではないか。
追記:テミスの不確かな法廷でのセリフ
神様ではないので、すべてのことを知っている人なんていない。
知らないことを「知らない」と言える勇気。
知らないことに向き合い、耳を傾け、対話し「知る」努力。
【テミスの不確かな法廷】での、「わからないことを、わかっていないと、分からないことは、わかりません」とうセリフも思い出してしまった…。

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