80年目の、『いい子にしていたよ』 《沈黙を解く愛の物語》

第一話:
焼却炉の傍らの地蔵菩薩
手紙というものは、
時に、書いた人の魂の温度を
そのままに運んでくることがあります。
私の元に届いた、一通のご依頼。
そこには、70代の女性の、
震えるような指先の震動が
そのまま刻まれているようでした。
「安陽都奈さん……。
あそこに残された子たちが、
今も、誰かが気づいてくれるのを待っている気がしてならないのです」
ご依頼者様の実家は、
戦前の、まだ命の重みが
今とは少し違う形で扱われていた時代から、
ある田舎町で産婦人科を営んでいました。
今はもう廃業し、
建物も取り壊され、
土地も他の方の手に渡っています。
けれど、
彼女の心の中には、
80年もの間、
色褪せることのない景色がありました。
診療所の裏手。
かつて、役割を終えた医療の破片を
天へと還していた、使い古された、焼却炉。
その冷たい鉄の塊に寄り添うようにして、
一体の地蔵菩薩がひっそりと祀られていたといいます。
「父は、何も言いませんでした…
でも、
あの焼却炉の傍に立つお地蔵様の横顔が、
幼かった私の目には、
とても悲しそうに見えたのです」
嫁ぎ、家を離れ、
何十年という歳月を重ねても
なお、彼女の胸の奥底に沈んでいたのは、
言葉にならない罪悪感でした。
「私だけが、幸せになっていいのだろうか」
「あそこに置き去りにされた、小さな、本当に小さな命たちは、今も暗闇の中で泣いているのではないか」
その様な心の奥底に
仕舞い込んでもしまいきれない思いを
筆に託し、私の元に届いたのでした。
わたしは、手紙を読み終えると
すぐにお手紙を下さったお依頼者さまに
連絡を取り
互いに都合のよい日を打ち合わせて
ご依頼者様と共に、かつてのご実家である
医院跡地、その場所へと向かいました。
澄み渡る青空から注ぐ陽光、穏やかな風が
肌に心地よい 爽やかな日和
到着したそこは、
かつての面影がわずかばかり残るものの
どこにでもある、普通の更地で、
どこまでも穏やかな田舎町の住宅街にある
普通の景色に溶ける一角でした。
けれど、
案内された敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、
私の足裏から伝わってきたのは、
物理的な地面の感触ではありませんでした。
それは、まるで沼に足がとられるかの様な
重く湿った感覚であり、事態を超えて、なお残る
切実な「記憶の残響」を感じ取ってしまいました。

私の視点は
ある一点に吸い寄せられるように
目が止まりました。
そこだけが、時間が止まっている。
そこだけが、
モノクロームの静寂に支配されているかのように
感じる…
私は、その場所を指を刺し
「……あそこですね。お地蔵様に見守られながら
小さな命たちが煙となり空へ昇っていった場所は…」
私が呟くと、
私より少し離れた背後にいたご依頼者様が
わずかに息を呑むのが分かりました。
ご依頼者様の記憶も
時を超えて、当時の記憶と、今、目の前の風景が
交差し、絡み合った記憶が蘇ったのでしょう。
80年もの間、忘れ去られることを拒むように
その場所に沈んでいた祈りの欠片と、
過去から続く御霊達の記憶を
わたしは、確かに感じとりました。
私は、立ち尽くすご依頼者さまが
フラッシュバックを起こして
心の痛みをさらに深く、強く残すことだけは
防がなくては…
声をかけなければ…いけない
そっと、自分自身にも言い聞かせるように、
静かに、
そして、心の奥底から湧き出す感情を覚え
その、
なんとも言えない憤りに近い感覚を抑えながら、
優しくも、力強く告げました。
「もう、お一人で苦しまなくても大丈夫ですよ、
今からは、私達がいますから安心してくださいね。
あの子たちは、
あの子たちの御霊は
私たちを恨んだり
苦しめるためにここに残ているのではありませんね…
そう感じます。
私たちが、
救い出さなければならない
光へと繋いであげなければならない……
小さくとも、分け隔てなく
神から頂いた分け御霊、尊い御霊たちです。
現代に生きる
私たちが、大人の責任として、
神の元に返さなければいけない。
尊い御霊です。」
心の奥底から
ゆっくりと湧き上がる
誓いのような言葉を言い終えた
その瞬間、
更地を吹き抜ける一筋の風がふき
その風は、まるで天界で
御霊たちを待っている神々の息吹の様に
細く清らかで
そして、
吹き抜けた風は、
微かに私たちに向かって何か囁いたような、
そんな気がしました。
風向きは、変わった
きっと私達の追い風となる…
確信に近いそんな思いを抱いた
これが、80年の因縁を紐解く、
長い長い物語りのはじまりの一日でした。

