80年の沈黙を解く愛の物語|第二話
第二話:神々の許可、そして熱く震える掌(てのひら)
【静寂を破る決意】
更地を吹き抜けた風が、
私たちにとって「追い風」を意味するものでした。
もしも、これが本当に神の息吹であるならば、
この御霊(みたま)たちを救い出すことは、
神の意志。
私に与えられた、逃れられぬ使命なのだと、
魂が震えるような予感に包まれたのです。
第一話で向き合った、
あの焼却炉の傍らの地蔵菩薩跡地。
今はその尊いお姿さえも消え、
ただの土と瓦礫が残るばかりですが、
神霊視を向ければ、真実は違いました。
お地蔵様は、ずっと変わることなく
目に見えぬ世界で今も必死にその場を鎮め、
寄り添い続けていたのです。
そして、その温かな慈悲の裾に
縋(すが)るようにして隠れている、
「小さな魂たち」の存在。
それを確信した瞬間、
私の心に決意が灯りました。
神の意志を、この現実の世に体現するために、
私は選ばれたのだと。
神と、人と、彷徨う魂を繋ぐ「架け橋」。
その重責を受け入れ、
自分がなぜ神職の道を歩むことになったのか、
その原点を、この地で再び強く思い出したのです。
「必ず、あなたたちを光のもとへ還します」
ご依頼者様、そして神に対し、 私は一人の人間として、深く、静かに誓いを立てました。
【神と共に、筋を通す】
私の考える祭祀とは、
決して私一人の力で成し遂げられるものでは
ありません。
私は常に神と共にあり、
神の意志を現世に降ろすための使者であると
自覚しています。
私が活動の根幹として大切にしているのは、
《神と共に、神の法則に従い、秩序を持って、道理を
違えず、筋を通す》 ということ。
文字にすれば当たり前のことかもしれません。
しかし、目に見えぬ世界と対峙する際、
これほどまでに難しく、かつ重い道理はありません。
まずは、
その土地を預かる氏神様へ「ご挨拶」を申し上げます。
今までの経緯を詳らかにし、
現状の対応策を打ち明け、相談する。
それはお願いというよりも、神聖な「作戦会議」に近い感覚かもしれません。
神と共に歩むからこそ、
一切の淀みを残さぬよう、 丁寧にお許しを賜り、
お導きを共に分かち合うのです。
例えどんなに遠方の地であっても、
私はこの「筋を通す」という行為を、
魂の掟として守り抜いています。

【祝詞(のりと)を「降ろす」という共鳴】
祭祀の準備の中で、
私が最も深く没入する時間。
それは、祝詞の作成です。
世間では「祝詞を作る」と言いますが、
私の感覚では、
それは「降ろす」という表現が一番しっくりきます。
ご依頼者様の願い、
そして暗闇に沈む御霊たちの悲鳴や切望。
それらをすべて心に抱き、
神の周波数にピントを合わせます。
すると、神々が「正しき導き」を
言葉の粒として示してくださる。
私はそれを、この世の言語へと翻訳し、
降ろしていくのです。
この作業には、数日を要することもあれば、
一瞬で完了することもあります。
時には、神様がつい余計な冗談を混ぜてきたり、
逆に、私にはまだ到底理解できない先の先の理を示され、 その解釈に時間を要することもあります。
けれど、それは私にとって、
神様との親密な「おしゃべり」のような、
至福の時間でもあります。
準備が整い、心に祝詞が満ちたとき。
いよいよ、あの子たちを救い出す
祭祀の幕が上がります。
【時空の重なりと、掌(てのひら)の熱】
祭祀当日。
物理的な距離を埋めるため、
ご依頼者様のご自宅に祭壇を構え、
医院跡地を繋ぐ祭祀を執り行います。
「よし、いこう!」
心の中で一言、自らに合図を送り、
呼吸を整えます。
一息、深く吸い込み、
ゆっくりと、細胞のひとつひとつを鎮めるよう
息を吐き出す。

祝詞を奏上し始めた瞬間、
部屋の景色が水面のように揺らぎました。
そこはもう、ただの部屋ではありません。
80年前の鼓動と、現在の祈りが、
時間と空間を超えて完璧に交差した
「聖域」へと変貌したのです。
自分の唱えている祝詞が、
まるで外部から響いてくる。
別の誰かの声のように、
骨の髄まで共鳴していました。
ふと意識を自分の肉体に戻したとき、
私は、ある異変に気づきました。

私の掌(てのひら)が、焼けるように熱いのです。
「なぜ、これほどの熱が……?」
暗闇で凍てついた怨念を想像し、
覚悟を決めていた私の中に、
微かな違和感が芽生えます。
それは不気味な冷気ではなく、
むしろ心地よいほどの、圧倒的なエネルギー。
その正体を探ろうとした瞬間、
瞬きほどの間に、
神の思考という
「膨大な圧縮ファイル」が私の中に展開されました。
神と視点を共有し、
直接脳内に流れ込んできた、80年分の記憶と真実。
それは「想像」などという生温いものではありませんでした。
視覚野に送り込まれたデータは、
まるで現実そのものとして脳内で再現され、私の全存在を侵食していく。
まさに今、目の前で起きていることなのか、
それとも神と共に異空間で目撃していることなのか。
その境界線すら、もはや意味をなしませんでした。
そこにあるのは、疑いようのない「真実」のみ。
けれど、 あの日、あの瞬間の、
反射神経的な感覚をあえて言葉にするならば、
私はこう表現するしかありません。
「私は、自分の目を疑った」
人間の語彙(ごい)をどれだけ尽くしても、
その驚きを表現するには、
この不完全な言葉を借りるほかなかったのです。
そこで目にした光景、 聞こえてきた幼い声とは――。
(第三話につづく)
第三話
