フランソワーズ・サガン『悲しみよ こんにちは』父親への愛情の独占?
『悲しみよ こんにちは』の冒頭
ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、わたしはためらう。その感情はあまりに完全、あまりにエイゴイスティクで、恥じたくなるほどだが、悲しみというのは、わたしには敬うべきものに思われるからだ。悲しみーーそれを、私は身にしみて感じたことがなかった。
これは、フランソワーズ・サガンの『悲しみよ こんにちは』の冒頭部分です。
その題名は、ポール・エリュアールの詩の一節「悲しみよさようなら、悲しみよこんにちは…」に由来しています。
『カラマーゾフの兄弟』を読んだ直後の私は、読書の方向性に迷い、カラマーゾフの対極にあると思われる、フランソワーズ・サガンの本を手にしていました。
《あらすじ》
セシルはもうすぐ18歳。プレイボーイの40歳の父レイモンと暮しています。
その時点は、母が亡くなってから15年が経っていました。父は裕福で放蕩的な画家で、6ヵ月毎に女を替える男でした。
そして、セシルは、父のレイモンと、父の若い恋人エルザと、南仏のコート・ダジュールの海辺の別荘で、ヴァカンスを過ごすことになります。
エルザは29歳で、赤毛で背が高い魅力的な女性です。
コート・ダジュールでは、セシルは大学生のシリルとの恋も芽生えますが、
父のもう一人のガールフレンドである、42歳の聡明で魅力的なアンヌが別荘に合流します。
アンヌは亡き母の友人で、母親然としてセシルに勉強のことや、シリルとの恋について厳しく接し始めます。
セシルは今までの、父との気楽な生活が変わってしまったり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念に駆られ、アンヌに対して反感を抱くようになります。
父が彼女との再婚に走り始めたことにセシルは、アンヌの再婚を阻止する計画を思いつき、大学生のシリルと、父の恋人のエルザを巻き込んで実行に移すのでした。
そしてアンヌは自殺とも事故とも取れる、死に方をしてしまうのです。
フランソワーズ・サガンの早熟性
フランソワーズ・サガンはこの作品を18歳の時に執筆します。
その早熟すぎる描写に圧倒されます。
そこで描かれているのは、主人公のセシルの思春期独特のわがままさ、残忍さ、好奇心などを通じて彼女の心理を描いています。
愛情の独占、自由で幸福な生活、それらを破壊されたくない思いが募ります。
そこには、聡明で美しく、何事も完璧にこなすアンヌが、自分の母親になるかもしれない事への反発があったのでしょう。
それは早熟と悲しみの結末でした。
パリの戻った生活
夏が終わり、パリに戻ったセシルと父親のレイモンは、以前と同じ気ままな生活を再開します。
しかしセシルの心には初めて「悲しみ」という感情が芽生えて離れません 。
セシルは自ら引き起こした取り返しのつかない喪失に向き合いながら、その重く美しい名を持つ感情「悲しみ」に、静かに「こんにちは」と呼びかけます 。
そして、作品の巻末に記されているのは、
アンヌ、アンヌ!闇の中で、わたしは彼女の名前を、低い声で、長い間くり返す。すると、何かが胸にこみあげて来て、わたしはそれをその名のままに、目を閉じて、迎えいれる。悲しみよ、こんにちは。
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