アドラー心理学で解く悩み相談 /花粉症の時期が過ぎても鼻炎が止まらない
青年は悩んでいました。それは、長年悩んでいたスギ花粉症で、それが最近、スギ花粉の時期が過ぎても、慢性化し鼻水に悩まされていたのです。
そこで青年は平穏な日々を過ごす方法を求め、哲人の元を訪ね、人生の師である哲人に、その答えを求めたのです。
(※注:医学的なアドバイスや診断については、専門家にご相談ください)
夜ふけの書斎にて悩む花粉症
【青年】
(激しく鼻をすすりながら)……先生、私はもう限界です。今日ここに来る道中も、涙と鼻水が止まりませんでした。
数年前までは、春のスギ花粉の時期さえ耐えれば、また平穏な日々が戻って来た。しかし、いまや季節など関係ありません。
一年中、私の鼻は詰まり、頭はぼーっとし、慢性的な不快感に苛まれているのです!
【哲人】
それは大変な苦しみのようですね。体調が優れないというのは、それだけで心の平穏を脅かすものです。
【青年】
(憤慨して)ええ、そうですとも! だからこそ、私は今日、あなたに真っ向から反論しに来たのです。
アドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言した。あなたは以前、私にそう教えましたね?
【哲人】
ええ、その通りです。すべて、です。
【青年】
だったら、この私の苦しみはどう説明するのです!?
スギ花粉症、そしてこの慢性化した鼻炎は、私の「肉体」のバグであり、「自然環境」がもたらした災厄だ! ここに他人の影がどこにありますか?
私はただ一人で、アレルギーという生理現象に苦しんでいる。これすらも対人関係の悩みだと言うつもりですか!?
詭弁だ、そんなのはおこがましい暴論です!
【哲人】
(静かに紅茶をすすり、青年を真っ直ぐに見つめる)
やはり、あなたは「目的論」ではなく「原因論」の住人だ。
花粉やアレルギーという『原因』があなたを苦しめている、と。では、少し視点を変えてみましょう。
あなたがそれ程までに「常に鼻水を出し、平穏な日々を奪われている」と言う状況に於いて、あなたの心が求めている『目的』は何だと思いますか?
【青年】
目的ですって!? ふざけないでください! 私が望んで鼻水を出しているとでも!?
【哲人】
あなたが意識的に望んでいるわけではありません。
しかし、その「慢性的な鼻炎に悩まされている状態」が、あなたにとって何らかの『言い訳(ライフスタイル)』として機能している可能性はありませんか?
【青年】
言い訳……? 私が、何に対して言い訳をしていると言うのです!?
「鼻水」というカード
【哲人】
では、仮に、奇跡が起きてあなたの鼻炎が、今この瞬間に完全に完治したとしましょう。
一切の不快感が消え去り、完璧に平穏な身体を手に入れた。その時、あなたの人生から「消えてなくなる問題」とは、一体何ですか?
【青年】
それは……仕事に集中できないことや、体調が悪くてイライラすること、それから……。
【哲人】それから?
【青年】(言葉に詰まる)……。
【哲人】
誰かとの約束を断る言い訳、あるいは、仕事や学業で思うような成果が出せないことへの防衛線。
もしくは、「私は今、これほど体調が悪いのだから、優しくして欲しい、配慮して欲しい」と言う、周囲への不満や要求ではありませんか?
【青年】
ん~っ! あなたは、私がサボるために、あるいは同情を引くために、わざと病気でいると言いたいのですか!?
【哲人】
違います。あなたの鼻炎と言う生理現象そのものは、間違いなく実在する事実です。
しかし、「その苦しみを使って、他者とどう関わろうとしているか」。ここにアドラー心理学の核心があります。
あなたが求めている「平穏な日々」を阻害しているのは、実は花粉でも鼻水でもありません。
「鼻水が出ている自分は、完璧なパフォーマンスが出来なくて当然だ」「こんな体調では、人と深く関わるのが億劫だ」と言う、他者から傷つけられること、あるいは期待に応えられないことへの『恐怖』です。
あなたは「鼻水」というカードを切ることで、対人関係の荒波から自分を守り、引きこもるための正当な理由にしているのです。
課題の分離と、これからの生き方
【青年】
(拳を握りしめ、震える声で)……なんて冷酷な分析だ。私は本当に苦しんでいるのに、それを自分の臆病さのせいにすると言うのですか……。
【哲人】
冷酷ではありません。むしろ逆です。もしこれが「環境や体質のせい(原因論)」だとしたら、
あなたは一生、スギの木や自分の遺伝子を呪って、無力感の中で生きるしかありません。解決の鍵はあなたにないのですから。
しかし、「自分の対人関係の目的のために、この状況を利用している(目的論)」のだと気づけば、これからの生き方は、今この瞬間からあなた自身で選ぶことが出来る。
【青年】 私自身で、選ぶ……?
【哲人】
そうです。まずは「課題の分離」をしましょう。
「鼻水が出る」と言うのは、あなたの身体の課題であり、適切な医療を頼るべき領域です。
しかし、「鼻水が出ているから、私は不幸せだ、平穏ではない」と結びつけるのは、あなたの心の課題です。
鼻水を出しながらでも、目の前の他者と、誠実に向き合うことは出来ます。
鼻水を出しながらでも、自分がやるべき仕事に一歩踏み出すことはできる。
「完璧に健康な自分」にならなければ幸福になれない、という執着を手放すのです。
【青年】
鼻水を出しながらでも、幸せになっていい……と?
【哲人】
むしろ、それしかありません。不完全な自分を認める「自己受容」です。
慢性的な鼻炎があろうとなかろうと、あなたの価値は何一つ変わりません。
他人の目を気にして「言い訳」を探すのをやめ、今、この不完全な身体のまま、他者を信頼し、他者に貢献する。
その勇気を持てた時、あなたの心には、外の季節がどうであれ、真の「平穏な日々」が訪れるでしょう。
【青年】
(深く息を吐き、静かに鼻をかむ) ……
先生、すぐには受け入れられそうにありません。
しかし、私の鼻の奥の詰まりよりも、私の心が「他者からの評価」で目詰まりを起こしていたことだけは、認めざるを得ないようです……。
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