水彩詩集「いい人と呼ばれたい」水彩画と物語と散文詩/承認欲求を脱ぎ捨てて
物語 :いい人と呼ばれたい
朝のオフィスで、誰よりも早く出社してデスクを拭くのも、頼まれた雑務を「大丈夫、任せて」と笑顔で引き受けるのも、全ては小さな恐れからだった。
自分の立ち位置を確保したかった。
誰かに「いい人だね」「助かるよ」と言われるたび、胸の奥で浅い呼吸をひとつ吐き出し、自分の存在価値を確かめていた。
でも本当は、少し疲れていた。
他人の視線と言う、見えない枠組みに合わせて、自分の心を縮めたり伸ばしたりする日々に、肩は重く凝り固まっていた。
ある日の夕方、誰も居なくなった給湯室で、同僚の木村がコーヒーを淹れていた。
彼はいつものように淡々としていて、誰に過剰に媚びることもなく、けれど誰にでもフラットに接する人だった。
「いつも遅くまでありがとうね」
給湯室に入って来たあなたに、木村がふと声を掛けた。
「いえ、これくらい当然ですから。私、手際が悪いので……それに、誰かの役に立っていた方が安心するんです。いい人って思われたいのかもしれません」
半分自嘲気味に笑うあなたを、木村は責めることもなく、静かに見つめた。
「あのさ」
木村はマグカップを置くと、少し柔らかい目で言った。
「君は『いい人と呼ばれたい』と思って頑張っているかもしれないけれど、僕たちが感謝しているのは、君が周りに見せる気遣いそのものだよ。
頼みを断ったからって、誰も君を悪い人だなんて思わない。無理にいい人を演じなくても、疲れている時に溜息をつく君だって、ちゃんと魅力的なんだから」
木村の言葉は、まるで固く結ばれていた背中の糸を、一気にほどくように届いた。
「君はさ、そんなに肩肘を張らなくても、もう十分すぎるくらい『いい人』だよ」
その一言で、胸の中に溜まっていた冷たい空気がスーッと溶けていった。
誰かに承認されるために、自分をすり減らさなくても、既に自分は誰かに寄り添える、暖かさを持っていたのだと、初めて気づいた。

散文詩:いい人と呼ばれたい
立ち位置を探すように
今日もつま先立ちで歩いている。
誰かの笑顔の輪郭に
自分の価値を当てはめては、
大丈夫と言えない自分を隠している。
「いい人」と言う透き通った衣を羽織り、
冷たい風に肩をすくめながら
誰かのために差し出す手。
その手が本当は 少し震えていることに、
自分だけが気づかないふりをしている。
そんな君を私はいつも見ているので、
少しだけ、聞いて欲しい。
鏡に向かって無理に作った微笑みを解いて、
今日は深く息を吐いていいよ。
すれ違う風の優しさに気づけること。
傷つく誰かの痛みに、小さく胸を痛められること。
それだけで、君の心はもう溢れるほど温かい。
誰かに認められるための「いい人」にならなくていい。
そのままの君で、息をしているだけで、
君はもう、十分すぎるほど優しい人なのだから。
さぁ!鎧を脱いで!
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