世界最高の脚本チームの仕事術 キャラクター編 “ソウル・グッドマン”はどのように誕生したか?
ビンス・ギリガンは『ブレイキング・バッド』と『ベター・コール・ソウル』を世に出した脚本家・ディレクター・プロデューサーだ。だが彼は“ひとりの天才”ではなく、少人数のライターズルームを軸に、最良のアイデアが勝つ仕組みで物語を組み上げてきた。彼がどのようにプロットを作っているかは下記の記事を参照してほしい。
そして本記事は、ギリガンが「キャラクターから物語を立ち上げる」そのやり方に焦点を当てる。題材は『ブレイキング・バッド』から生まれたスピンオフ『ベター・コール・ソウル』。主人公はジミー・マッギル――のちの「ソウル・グッドマン」。軽薄に見える悪徳弁護士の仮面の裏に、欲求・恐れ・必要(Need)の逆説を仕込み、物語のエンジンへと育てたプロセスを追う。
そもそもこの企画は、当初はもっと小ぶりで軽いスピンオフとして立ち上がった。しかし“ソウル・グッドマン”という人物の面白さと、彼を取り巻く関係(キム、チャック、ナチョ、ラロ…)の奥行きが、ライターズルームの発見を押し広げ、結果として長期のドラマに拡張されていく。つまり、キャラクターがスケールを決めた。
本記事では「ソウル・グッドマン」がどう設計され、どうやって物語を回すエンジンになったのかを中心に、ギリガン流のキャラクター作りの秘密を解き明かす。すべてのクリエイターにとって、魅力的な人物とは何か、そこからどうストーリーを生むのか——実務に役立つ手順として最後まで読んでほしい。
主人公は変化し続ける
変化する主人公は型破りだった
キャラクターの描き方はギリガン作品の命と言っても過言ではない。彼は「テレビドラマでは主人公が変化しないまま長く続くのが普通だが、それを覆し、主人公を連続的に変化させ続ける実験をやりたかった」と語っている 。実際、『ブレイキング・バッド』では高校教師だったウォルター・ホワイトが回を追うごとに少しずつ道徳心を失い、最後には「Mr.チップス(善人教師)がスカーフェイス(犯罪王)になる」ほどの極限の変貌を遂げた。これは開始当初からギリガンが構想していたシリーズ全体のコンセプトだった。
キャラクターには始まりと終わりがある
彼は物語にはいずれ終わりがあり、キャラクターには始まりと終わりがあるべきだと考えている。最初から主人公のゴール(転落の果て)をイメージして作品をスタートさせている。このように“長期的なキャラクターアーク(変化の弧)”を念頭に置くことで、物語全体に一本芯が通り、エピソードごとのプロットもキャラクターの成長や堕落を促すよう設計されている。
キャラクターの細部は計画しすぎない
もっとも、キャラクターの細部に関しては計画しすぎない柔軟さもギリガンは重視している。物語が長丁場になるテレビシリーズでは「最初から最後まで全てを書き込んで決め打ちするなんて不可能だし、もしそれを頑なに守ろうとすればむしろ自分自身から物語の可能性を奪ってしまう」と述べている 。
1人としてどうでもいいキャラクターはいない
ジェシーはシーズン1限り、ガスは1話限りだった
実際に『ブレイキング・バッド』でも、当初の予定から大きく変更されたキャラクター運命がいくつかある。たとえば相棒のジェシー・ピンクマンは当初シーズン1限りで「退場(殺される)」予定だったが、俳優アーロン・ポールの演技が素晴らしかったため急遽生かされ、最終話まで物語の核として存続した。
また、シーズン2以降の宿敵となったガス・フリングも、当初はワンエピソード限りの悪役だったものが俳優ジャンカルロ・エスポジートの高評価を受けて主要なヴィランへと昇格している 。このように優れた要素は積極的に取り入れ、キャラクターも進化させていく順応性がギリガンの特徴だ。
脚本会議では常に「このキャラクターはどうする?」
脚本会議でもし物語上「このキャラなら本来こうするはずだ」という声が上がれば、たとえそれがプロット上都合が悪くとも耳を傾けるという。ギリガン自身「創作上は理想的には、キャラクターが自分で望むこと・必要とすることを我々に“教えて”くれて、それに沿って書くべきだ」と語っており、キャラクターを無理にプロットの都合で動かすことを極力避ける姿勢を明言している 。
最も苦心したキャラクターは“スカイラー”
とはいえ、ドラマである以上どうしてもキャラクターに“不自然な行動”を取らせざるを得ない場面もある。ギリガンが最も苦心したキャラクターとして挙げるのが主人公の妻スカイラーだ。普通であれば、夫が麻薬製造に手を染めていると知った時点で彼女は警察に通報するはずだ。しかしそれでは物語が続かないため、「どうすればスカイラーが現実的な範囲で夫を通報せず物語に残り続けるか」に頭を悩ませたという 。このケースでは多少“不自然さ”を呑み込んででもキャラクターを物語に留める必要があり、ギリガンも「スカイラーが警察に通報したければそう書くのが有機的だが、そうされては困る場合もある。時には“四角い釘を丸い穴に無理やりねじ込む(=不自然な展開を入れる)”こともやむを得ない」 と述べています。
不自然な行為を納得させるバックストーリーを
ただし、こうした例外的措置は慎重に行われる。スカイラーの場合も、彼女が警察に行かない理由を視聴者に納得させるため、家庭の事情(妊娠中で夫を支えたい気持ち、夫の秘密を知って困惑する心理など)を丁寧に積み重ねた。ギリガンは基本的に「キャラクターに嘘をつかない」脚本作りを信条としており、不自然さが際立たないよう綿密にケアしながら物語を紡いでいる。
端役にも存在意義と魅力
さらに、ギリガンの脚本における特徴として「どんな端役にも存在意義と魅力が与えられる」点が挙げられる。共同制作者の一人であるマーク・ジョンソンは「ギリガンの脚本には取るに足らない人間など一人もいない」と評している 。たとえ一見悪人や脇役であっても、決して見下した描き方をせず、どこか愛情と敬意を持ってキャラクターを描写するのだ 。
一回限りのキャラにも深みのあるバックストーリーを
『ブレイキング・バッド』でも麻薬常用者のバジャーやスキニーピートといった脇役にユーモアや人間味を持たせたり、ある回限りのゲストキャラに深みのあるバックストーリーを暗示させたりしている。全ての人物が自分の物語を生きているという視点があるからこそ、キャラクターが画面に登場する短い時間にも存在感を放ち、物語世界にリアリティが生まれているのだ。
キャラクターの背景や設定はチームで緻密に検討
脚本執筆においても、主要人物だけでなく周囲の人物像まで含めて設定や背景をチームで緻密に検討される。例えば『ベター・コール・ソウル』では、スピンオフ元で端役だったソウル・グッドマン(ジミー・マッギル)の過去や価値観が詳細に掘り下げられ、新たなドラマの柱となった。このようにキャラクター一人ひとりのバックストーリーや性格、趣味嗜好に至るまで議論し設定する作業が、脚本開発の重要な一環となっている。さらに制作上の公式バイブル=設定資料集を作成し共有するケースもある。
それではどのようにソウル・グッドマンは誕生したのだろうか?
「誰が何から何になる」話?
出発点はキャラ愛
企画段階でまず「ソウル(=オデンカーク)に言葉を与えるのが楽しい」という衝動からスタートしたという。そこで続編か?30分コメディか?など全パターンを検討した上で、「この人物はどうしてソウルになるのか」をシリーズの中心質問に据えたのだ。当初は30分コメディ案も真剣に議論され、最終的に1時間の犯罪ドラマとして立て直された。
ログラインはキャラクターの変化(アーク)
ギリガンの代名詞は「Mr.チップスがスカーフェイスになる」。ピュアなキャラクター変化の一行で、作品の“運動方向”を定義している。
『ベター・コール・ソウル』はこうである。
「尊敬に飢えた街弁が、近道(ズル)で勝つ快感に取り憑かれ、“ソウル・グッドマン”という人格を選ぶ物語」
物語の始点を決め、変化をゆっくりと設計
どこから始めるかは「善良でいようと努力する時点」に決め、誘惑に“ちょっと”負ける場面から物語を始動していく。さらに当初はS1〜S2でサウル化の想定だったが、ジミー本人が面白すぎたため速度を減速したのだという。
まとめ キャラクター至上主義
以上のように、まず“変化(アーク)”を一行で決め、つねに「いま、このキャラは何を考えている?」を追い続けた結果、『ベター・コール・ソウル』は生まれた。キャラへの愛、嘘をつかない行動原理、背後に積まれた厚いバックストーリー。徹底した職人仕事が、世界最高クラスの脚本を引き寄せたのだ。
このノートでは、創作の現場でそのまま使える脚本術とプロット設計を掘っていく。役に立ったら、スキやフォローで応援してほしい。

