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平気なフリをした後で、どっと疲れを感じてしまうあなたへ

あなたは辛いことがあった後に「平気なフリ」をしていませんか?

職場では、最後まで仕事をした。

上司に強く言われたあとも、表情や態度には出さずに「はい」と返事をして、必要な作業を続けた。誰かに心配されることもなく、定時までいつもどおりに働けた。

「なんとか、今日一日乗り切れた…。」

そう思ったのに、家に着いてカバンを置いた途端、何もする気が起きない。着替えるのも、夕食を用意するのもおっくうに感じる。ソファに座ったまま動けなくなり、「職場では普通にしていたのに、どうして今さら」と戸惑ってしまう。

これは、職場でそのときは働けたからといって、心への負担が小さかったとは限りません。

強い言葉で何かを言われた直後も、目の前には次の仕事が待っています。表情を整えて返事をし、ミスを増やさないように次の作業へ注意を戻す。ただ、もしかするとその間にも、相手の機嫌や周囲の視線が気になるかもしれません。

こうしてとにかく目の前のことをなんとかこなそうと、それらに注意を向け続けている間は、自分の疲れやつらさを十分に感じる余裕がなくなってしまうことがあります。

勘違いしないでほしいのは、「平気なフリ」といっても、いつも意識して演技をしているわけではありません。

「人前で泣いてはダメだ」「仕事はちゃんとやらなくちゃいけない」といった強い価値観があったりすると、意図して「平気なフリ」をしようとするのではなく、無意識のうちに「ちゃんとやる」というモードに切り替わってしまうのです。

なので私は、「ちゃんと仕事ができた」「何事もなく過ごせた」といったお話しを聞かせていただくときには、それが本当に自然体でできていたことなのか、実は無理をしていた可能性はないのか、ということを気をつけて見るようにしています。

仕事を止めないために、言い返したい気持ちや怖さを表に出さず、その場をなんとか終えることを優先するあまりに、心や体の反応が後回しになっている場合も多いのです。

これは無自覚で起きてしまうことが多いため、自分でもその負担に気づくのが遅れがちです。そして職場で泣かずに仕事を止めず、周囲とも普通に過ごせたという事実から、「自分はそれほど傷ついていないはず」などと考えるのです。

だから帰宅後に一気に疲れが出ると、今度はその反応自体を、「たったあれだけのことで」「仕事中は平気だったのに」と、大げさなもののように感じてしまいます。

けれど、これは職場を離れ、自宅のドアを閉めて、あなたにとっての安心安全な場に来たからこそ起きることです。「今日はもう相手の顔色を見なくてよい。次の指示に備えなくていい。」と、張り詰めていた気持ちが緩む。すると、勤務中には無自覚のうちに見ないようにしていた疲れや涙、重さが、まとめて表に出てきたのだと言えるでしょう。

これは、「家に帰って急に弱くなった」ということではなく、仕事中は無理をして保っていたものを、ようやく保たなくてよくなったと見ることもできます。

もちろん、帰宅後の強い疲れのすべてを心の反応だけで説明することはできません。

ただ、強く言われた日や相手の不機嫌に気を張っていた日に限って、家で何もできなくなるのであれば、それはあなたが「体力がない」「怠けている」ということではないのだと思います。

ご自身のことをそう評価するのではなく、「自分は勤務中にどれだけ力を使っていたんだろうか」ということも、ぜひ合わせて考えて欲しいなと思います。

声が震えないようにしながら相手の様子を気にし、次の失敗をしないように集中して、いつもどおりの自分を保とうとしていた。外からは普通に働いているように見えていたその内側では、普段より多くのエネルギーを消費していたのかもしれません。

帰宅してから動けなかった時間を、ただ「何もできなかった時間」と考えないであげてください。その時間に表れていたのは、職場で知らず識らずのうちに使っていたエネルギーの大きさだったのかもしれません。


こうした疲れや緊張が繰り返し続き、仕事や生活への影響も大きくなっているとき、「一人で整理し続けるか、誰かに相談するか」を考える目安をこちらの記事にまとめています。

▶︎ 「相談するほどではない」と思うとき|臨床心理士が伝える相談の目安

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