憲法は「誰」のためにあるのか?——日本の最高裁と「憲法裁判所」という選択肢——第1条〜第45条で見る、憲法違反が疑われる現実
はじめに
私たちの暮らしの根底にある「日本国憲法」。
しかし、ニュースを見ていると、時折「これは本当に憲法に照らして正しいのか?」と疑問を抱くような政治判断や立法に遭遇することがあります。
第一次安倍政権から現在の高市政権に至るまで、
私たちは「憲法違反ではないか」と疑われるような事態を何度目撃してきたでしょうか。
本記事では、私たちの権利が揺らいでいる現状と、なぜ日本において「憲法判断」がこれほどまでに難しいのかを紐解いていきます。
1. 憲法違反が疑われる「現実」
これまでの政権下で、憲法理念との緊張関係が指摘されてきた事例は枚挙にいとまがありません。
今まで、noteに出してきた、日本国憲法第45条までの中で、私が調べた範囲になりますが、違憲状態、疑い、違憲であることを下記にまとめました。
また、期間は第一次安倍政権~高市政権の間に限定しております。
これらの中には、判決で「違憲状態」とされたものや、学説・日弁連等から強い警告が出されているものが含まれます。
第1条(天皇の地位・国民の総意)
事例:皇室典範の改正をめぐる議論
論点: 天皇の地位は「国民の総意」に基づくとする1条の理念に対し、世論調査で圧倒的多数が支持する「女性天皇・女系天皇」を排除し、「男系男子」に固執する法改正を進めようとする姿勢。
違憲性の指摘:「国民の総意」を軽視し、一部の政治的判断を優先させることは、天皇の地位の根拠を揺るがしているとの批判がある。
第9条(戦争の放棄・戦力の不保持)
事例:平和安全法制(2015年)、反撃能力保有(2022年〜)
論点: 歴代政府の「集団的自衛権は違憲」という解釈を、閣議決定のみで覆した平和安全法制と、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有。
違憲性の指摘:** 専守防衛を超え、他国の防衛のための武力行使は9条の「戦争の放棄」に反するという憲法学者の反対意見が多数。
第13条(個人の尊重・幸福追求権)・第31条(適正手続)
事例:入管法の長期収容問題**
論点: 難民申請者や非正規滞在者を、司法審査なしに無期限に収容できる入管行政。
違憲性の指摘: 裁判所の令状なしに身体を拘束し続けることは、適正手続(31条)を保障する憲法に違反し、個人の尊厳(13条)を著しく損なうと日弁連等が強く抗議。
第14条(法の下の平等)・第24条(個人の尊厳・両性の平等)
事例:同性婚の不承認、選択的夫婦別姓の未導入
論点:性別を理由に結婚の権利を否定することや、事実上の夫婦同姓強制。
違憲性の指摘:札幌高裁・東京高裁などで「憲法14条・24条違反」の判決が相次いでいる。特に高裁レベルでの「違憲」判断は、現行制度が憲法の平等理念に背いていることを強く示唆している。
第19条(思想及び良心の自由)・第21条(表現の自由)
事例:放送法に基づく「電波停止」発言、特定秘密保護法、共謀罪法**
論点:政治的公平性を理由に政府がメディアの電波を止める可能性を示唆した発言(安倍政権下)、および取材や市民活動を萎縮させる法整備。
違憲性の指摘:** 報道の自由(21条)の侵害であり、権力によるメディアへの圧力として、内心の自由(19条)を脅かすものと批判されている。
第20条(信教の自由・政教分離)
事例:閣僚による靖国神社参拝**
論点:首相や閣僚が公人として特定の宗教施設を参拝し、玉串料を奉納する行為。
違憲性の指摘: 国家権力と宗教の結びつきを禁じた「政教分離原則(20条3項)」に違反するとして、度々訴訟が起きている。
第22条(営業の自由)・第29条(財産権)
事例:コロナ特措法による時短命令**
論点:飲食店に対する強制的な時短命令と、従わない場合の過料。
違憲性の指摘: 営業の自由を制限する行政処分が、十分な補償や合理的な根拠に基づかずに執行されたとして「違法(裁量権の逸脱)」と判断された事例(グローバルダイニング訴訟)。
第25条(生存権)
事例:生活保護費の大幅削減(いのちのとりで裁判)
論点: 2013年からの生活保護基準の大幅引き下げ。
違憲性の指摘:「健康で文化的な最低限度の生活(25条)」を保障するため、基準改定のプロセスに合理性がないとして、複数の地裁・高裁で「行政の違法処分」とする判決が下されている。
第43条(国民の代表)
事例:一票の格差
論点: 都市部と地方での議員1人あたりの有権者数の格差。
違憲性の指摘:投票価値の不平等は、国会の正当性を揺るがすものとして、最高裁が繰り返し「違憲状態」との判決を下している。
このように、第1条〜第45条までの範囲でも、「私たちの平等な権利」「メディアや発言の自由」「公的な制度と宗教の分離」「最低限度の生存」といった、国民生活の根幹に関わる部分で多くの法的な摩擦(違憲争議)が起きています。
2. なぜ「違憲」を正すのがこれほど難しいのか?
なぜ、これほど多くの国民が「おかしい」と感じる事態であっても、国は突き進むことができるのでしょうか。その最大の理由は、日本の司法システムにあります。
日本の最高裁判所は、憲法を専門に扱うわけではありません。あくまで「具体的なトラブル(事件)」が持ち込まれない限り、法律が憲法違反かどうかを判断しません。これを「付随的違憲審査制」と呼びます。
結果として、「実際に誰かが深い傷を負うまで裁判ができない」「最高裁まで何十年もかかる」という事態が常態化しています。これでは、政治の暴走を止める「ブレーキ」として司法が機能しているとは言い難いのが実情です。
3. 「皇室典範」と主権者としての私たち
特に象徴的なのが、皇室典範をめぐる議論です。世論調査では多くの国民が女性天皇を支持しているにもかかわらず、政権は「男系男子」という特定の価値観に固執し続けています。
これは憲法第1条の「天皇の地位は国民の総意に基づく」という理念、そして第14条の「法の下の平等」と正面から矛盾する可能性があります。しかし、当事者である皇族方が訴訟を起こすことは現実的ではなく、私たち国民が訴えようにも「具体的な被害」を証明できないとして門前払いされてしまいます。「国民の声」が政治に届かず、司法もそれを裁けない——この閉塞感こそが、今の日本の課題です。
4. 私たちが目指すべき「憲法裁判所」という視点
ドイツなど欧州諸国には、「憲法裁判所」という専門機関があります。そこでは、「個別の被害者」がいなくても、野党議員たちが「この法律は憲法違反ではないか」と持ち込めば、裁判所が直接審査を行うことができます。
もし日本にこの制度があれば、成立する前に、あるいは施行された直後に、憲法との整合性を問うことができたはずです。政治の独断を許さず、憲法を守るための「専門の盾」を持っている国があるという事実は、私たちに大きな問いを投げかけています。
※この件に関しては、別の次号で、詳しく書いてみようと思いますので、
お時間あれば、ぜひご覧ください。
(完成したら下記にリンクを出します)
おわりに:憲法は「誰」のものか
憲法は、政治家が国民を支配するための道具ではなく政治権力を縛り、国民の自由と尊厳を守るためのものです。
違憲状態が放置されることは、私たちの権利が少しずつ侵食されることを意味します。まずは今の状況が「憲法理念から逸脱していないか?」という視点を持ち続けること。そして、「司法はどうあるべきか」という制度論にも目を向けること。
また、憲法は、権力者のためにあるのではありません。多数派の都合だけで少数者を置き去りにしないために、そして、まだ声を上げられない人の自由と尊厳を守るためにあります。だからこそ私たちは、政治の判断を「好き嫌い」ではなく、「憲法に照らして許されるのか」という視点で問い続けなければならないのです。
私たちが主権者として声を上げ続けることだけが、今の政治の構造的な歪みを正す唯一の道なのかもしれません。
こちらもぜひご覧ください。

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