ただの日記#63(2025.03.09〜2025.03.15)
いわゆるウンをつけられるねこの中の人のただの日記
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2025年03月09日(日)
実家のipadからフェイスタイム通話が可能になるように設定をする。母と毎週特定の曜日の朝に電話をするので、テレビ電話にしてやろうという魂胆。母から他にテレビ電話をかける先はないので実質専用線である。いずれ姉のところにも通話ができるようにしたら、孫の顔が見られて嬉しいかもしれない。
「テレビ電話になったところで起き抜けの私と混沌とした部屋が見えるだけですが……」とか言いながら通信テストをする。何度かやると操作も覚えたようだ。楽しそうに見えた。
テストを終わってお茶を飲んでいると母が「私、画面で見るとすごいおばあちゃんだね」と言い出す。母は孫がいるからすでにおばあちゃんではあると思う。年齢的にもそれなりだと思うが、嫌なんだな。若く見えたいらしいことを新鮮に思う。ipadのカメラ位置を見せて、下から写すので老けて見えるのだと説明をする。画面越しより本物の方が若く見えるとも付け加えたが不満そうだった。嫌なんだなあ。
2025年03月10日(月)
外部の建設関連の業者の若い方と歩いているときに、「あの建物なんかいいですよねえ。お値段かかってそうで……」と呟くのを聞く。建物を見て値段の感想を始めるのが新鮮で詳細を聞く。「ああいう、立派な建物の建てるのが夢」なのだという。そういえば建築業だった父が「後世に残るものを建てたい」と言っていたのを思い出した。建てたいんだ。自分では抱いたことのない野望なので興味深い。個人的には建物というのは古くなると取り壊されて、ずっとは残らないものだと思っている。彼らに言ったらきっと怒られるだろう。こういう若者がピラミッドとかスフィンクスなんかを建てちゃうんだな、と思いながら見送りをする。若者よ、頑張って建てるんだよ!
2025年03月11日(火)
おこわセットをいただいたので、朝からおこわを作る。普段炊く量(私は朝に1日分の米を炊きます)の1.5倍あり、鍋から(私は炊飯器を持っていないため、鍋で米を炊いています)吹きこぼれないかびくびくする。
無事炊き終えて、朝ごはん、お弁当、夜ご飯に分ける。炊き立てを方張る。大変美味しい。
お弁当も美味しい美味しいと食べ、食べ終わって「私は今、普段の1.5倍の量をもち米で食べているのでは?!」と気づく。習慣で3等分して持ってきたが、よく考えたら全体の量が増えているので随分多くの食事をとっているのである。同席した同僚に気づいたことを報告する。
「でも、食べちゃったんですよね?」
と聞かれたので
「食べちゃいました」
と答える。はい。食べちゃいました。ぺろりと。
「じゃ、いいんじゃないですか」
同僚が言う。渋々納得する。結局夜もおこわをぺろりと食べた。
2025年03月12日(水)
Peatixで「岩川ありさ×北川史織「今日を生きる、わたしのために」『養生する言葉』(講談社)刊行記念」を視聴する。私は大学生の頃からの「暮しの手帖」の愛読者である。
タイトルから、自分を労ったり、養ったりするようなことをお話されるのかな、と思っていたが、どちらかというと他者との関係性やどう関わっていくか、ということが話題になっていた。自分の中に救いを求めてもなかなか上手くいかなくて、生活のハードルを下げたり、他人と関わっていくことで何かがいやされたりだとか、外に向かっていくことで楽になったという話とかである。自分を十分に労われない人が他者を労わることができないのは本当だと思う。
「なかなか大上段に構えて、多くの人を救おうとしてもできない」という話の時に「多くの人を救うってなんだろうな」と思う。人を救うのは難しい。ほとんど他人には不可能ではないかとさえ思う。仕事場において「連絡が取れなくなった人」は不吉な出来事を指す場合があるし、支援が行き届かなくてお父さんが自死を選んだ方と連携して働くことになったこともある。少なくとも自分は今の仕事をしている限り「文章では人を救えない」と言う資格はない。自分の愚かさで誰かを悪い運命に導いたりする危険があることをしている以上、それを呟く前に最善の仕事をする方が先だから。良い仕事をし、良い消費をする。それだって大変なことだ。仕事も消費も遠くにつながっている。サプライチェーンとか、グローバル市場とか、そういうの。外の世界に繋がる仕事もある。賢くなければいけないと思う。多かれ少なかれ、どの仕事も同じなんじゃないだろうか。私はたまに、そういう文学的だったり社会的だったりする話についていけない時がある。きっと文学者ではないからなんだと思う。私はきっと、偉かったり、偉大だったり、ポピュラーだったりする人になることはない。仕方がないけど、それでもいい。
2025年03月13日(木)
弁当を忘れて会社に行く。お昼休みにロッカーに行って、弁当がないことを発見することほど気持ちが落ち込むことはない。カップうどんを買って食べる。久ぶりに食べると美味しい。
2025年03月14日(金)
朝から外の会議に出されるので、移動の途中の交差点で信号待ちをする。ぺちゃ、と音がして足元に何かが落ちてきたのに気が付く。上を見ると電線に鳩がおり、何がおきたか理解する。
カバンから手ぬぐいを出し、髪に付着したものを取り去り、シャツを見てしっかりくっついていることに絶望し、大慌てで替えのシャツを取りに戻る。こんな事態は産まれて初めてである。産まれて初めてで、よりによって外部に行くときにおこらなくてもいいんじゃないでしょうか。
遅刻したらしたで仕方がない! とやけっぱちになりながら、もしかしたら宝くじを買うといいかもしれない! と考える。うんがついたからである。懸賞でもいい。いや待てよ。もしかしたら「うんのつき」とも言えるのでは……? 今思うと考えていたことにひたすら品がない。
夕方に会議まで戻り、残務と戦う。うんは我にあり。負けるものか。
2025年03月15日(土)
結構私は嘘つきで、いろんなことを誤魔化したりはぐらかしたりするんですが、正直にご報告しますと、土曜日に、自宅でパソコンをつけるのが怖くなり(たまになる)、スクリーンを見ていると吐き気と頭痛が止まらなくなったり、動悸がしたり、冷や汗がでたりするような状態でしたので、眠るという判断をしました。これは平日もなったりすることがあって、というか平日の方がよくなる症状で、要するに、家に帰っても会社の仕事をしているみたいで身体が拒否反応をおこすからなんだと思うんですけれども、自分の体調管理の甘さを痛感しています。ご迷惑をおかけした方々に心よりお詫び申し上げます。
対処法として、自宅と会社でパソコンのO Sを変えたり(見た目と操作方法が変わると随分楽になります)、自宅で作業をするときは必ず事前に仮眠をとる、などのことをしているのですが、今週は仮眠中に起きなくなってしまい、電気をつけたままその辺で寝てる(これをやると目が休まらないらしくて、次の日の朝いきなり目が痛み出します)日が頻発したもの原因だと思われます。ひたすら、情けないことだと思います。
明日もできるだけ寝ます。皆様の今後の作品やご活躍をとても楽しみにしています。どうぞお身体ご自愛ください。おやすみなさい。
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