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読書記録 | 月まで3km | 伊与原新

この本を手に取ったのは、
身近な人の推薦がきっかけでした。

伊予原新さんの『月まで3キロ』。

一番印象に残っているのは、
表題作の「月まで3キロ」です。

タクシー運転手と、ある目的地へ向かう乗客。

二人の過去が重なり合う様子は、
奇跡的で、それでいて非常に切ない物語でした。

この話の中で、
月の満ち欠けや自転についての描写が出てきます。

地球が自転しているのなら、
いつか月の裏側が見えてもいいはずなのに、
私たちは一生、
月の裏側を拝むことはできません。

なぜなら、
月もまた地球の公転と同じ周期で自転しているからです。

著者はこの「決して見ることができない裏側」を、人間に重ねて描いていました。

物語には、
子供を亡くした父親(タクシー運転手)が登場します。

彼にはどうしても見ることのできなかった、
子供の「もう一面」がありました。

父親は、
見せてはもらえなかったその部分を、
ほんの一瞬でもいいから、
横顔だけでも見てあげようと足掻くのです。

作中でタクシー運転手が言った「この世には乗り越えられない悲しみがある」という言葉。

正直に言って、
私はこの言葉には共感できませんでした。

どんなに大きな悲しみがあったとしても、
それは「動かせない事実」としてそこにあり、
私たちはただ前に進むという選択肢しかないと思っているからです。

けれど、
この本が提示した「月の裏側」という比喩には、強く惹かれるものがありました。

月と同じように、
人にも絶対に見せてくれない一面、
あるいは見ることができない一面が確実に存在する。

それは「舞台の袖や幕裏」のようなものかもしれません。

観客席から見える華やかなステージは、
表からは見えない暗がりのなかでの準備や葛藤があって、
初めて成り立っています。

私たちは、
どうしても自分の目に見えるものだけで物事を判断してしまいがちです。

でも、月の裏側や舞台袖のように、
見えない部分が確実に「そこにある」という前提を知っているかどうかで、
世界の見え方は変わる気がします。

相手のすべてを理解しようとしたり、
隠れた部分を尊重しようと背伸びしたりするのではなく、
「人には見えない面がある」という事実をただ受け入れる。

そのうえで、
今まで見えてこなかった部分がふとした瞬間に新しく見えたなら、
その「見えた面」をこそ、
大事にしていきたい。

『月まで3キロ』は、
人との距離感や、
新しい一面に出会う瞬間の尊さを改めて考えさせてくれる一冊でした。

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