恋愛小説「今度、虹を見たら」第一話〜あの日の虹と、コーラの匂い〜
【第一話】
わたしたちは中二になった。
化学部には何人かの一年生が入り、
わたしたち女子にもひとりだけ後輩ができた。
わたしの憧れの先輩は、
卒業後も部活に遊びに来ることはあったものの、
サユキに彼氏ができてからは
パッタリと顔を出さなくなった。
わたしも例の一件があってからは、
なんだか先輩への恋心が冷めてしまった。
サユキには以前と変わらずに接していた。
化学部は文化部だけど
なぜか夏休みに
「夏の合宿」という行事があった。
合宿というのは名ばかりで、
そのほとんどがレクリエーション活動なのだ。
一泊二日でバーベキューや花火、肝試しをする。
見かけによらず怖がりのわたしは、
肝試しが大の苦手だ。
その日も背後からレイに
「わっ!!」と脅かされ、
あまりにもびっくりして
泣き出してしまったほどだ。
「レイ、どう思ったかな。」
一瞬そんなことを考えた自分に、
ちょっとだけ戸惑いを感じた。
夕食とお風呂を済ませると、部屋に戻った。
部屋はわたしとサユキと、
後輩のユカコの三人部屋。
女子トークのテーマは
当然のように「恋バナ」になる。
「サユキ先輩の彼氏ってどんな人ですか?」
待ちきれないという感じで、
ユカコが口火を切る。
「バスケ部でね、背が高くてね。
すっごい優しいの!」
よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに、
嬉しそうに話し始めるサユキ。
わたしは聞き飽きているので
「また始まった。」という感じだったけど、
ユカコは目を輝かせて聞き入っている。
「いいなあ。私も彼氏ほしいな。
サラ先輩は好きな人、いないんですか?」
ユカコが今度はわたしに話を振って来た。
「好きな人かあ。今はいないかな。」
そう言うと、
サユキがちょっとだけ気まずそうな表情をした。
去年あった先輩との一件を
少しは気にしているらしい。
わたしにとってはもうどうでもいい話だけれど。
「でもサラ先輩って
部活帰りによくレイ先輩と
一緒に帰ってるじゃないですか。
付き合ってるんじゃないんですか?」
ちょっと驚いた。
レイと一緒に帰っているところを
ユカコに見られてたんだ。
「ああ、あれは
ただ家が近くて同じ方向だからっていうだけ。
付き合ってるわけじゃないよ。」
「ふーん、そうなんだ。
それなら私、立候補しちゃおうかな?」
「立候補?」
「はい!レイ先輩の彼女に。」
ユカコがそういった時、
なぜか胸がズキンとした。
「えー!ユカちゃんレイのこと好きだったの?」
サユキが言うと
「うーん。
すごく好きっていうわけじゃないけど、
なんか気になってて。」
と、ちょっと照れながらユカコが答えた。
さっきの胸のズキンが、ドキドキに変わる。
「え?なんでわたし、
こんなにドキドキしてるんだろ?」
「それなら今夜のうちに言っちゃいなって!」
サユキの言葉がわたしの鼓動に拍車をかける。
ちょっと待って。それはやめてほしいかも。
え?でもわたし、
なんでやめてほしいって思ってるんだろ?
レイは、ただの友達なのに……。
「もうすぐ消灯だから、ほら行くよ!」
「えーっ!今からですか?」
サユキはユカコの手を引っ張って
部屋から出て行ってしまった。
部屋に残されたわたしは、
信じられないくらい動揺していた。
どうしよう、どうしよう。
もしレイが
ユカコと付き合うことになっちゃったら。
きっとショックで立ち直れない。
それにユカコったら
「すごく好きってわけじゃない」
って言ってた。
そんな中途半端な気持ちで
レイに告白なんてしないでよ。
そんな軽い気持ちで
レイの彼女になろうなんて思わないでよ。
だってわたしの方がずっと
レイのことが好きなんだから!!
びっくりした。
わたしって、レイのことが好きだったんだ。
こんなに、好きだったんだ。
なぜだかわからないけど涙が出た。
レイを失いたくないという焦りと
自分の気持ちに気づいた喜びみたいな感情が、
ごちゃ混ぜになったような不思議な涙だった。
ユカコとサユキは顧問の先生に遭遇して、
注意されて部屋に戻されたらしい。
その夜、わたしはぜんぜん眠れなかった。
合宿が終わった。
帰りのバスの中でわたしは、
「いつかユカコが
レイに告白するんじゃないか」
とか
「そうなったら
レイとわたしはどうなるんだろう」とか
ずっと、そんなことを考えていた。
学校に到着して解散した後、
帰り道を一人で歩いていると、
後ろからレイが
小走りで追いかけて来る気配がした。
合宿の前はなんでもなかったのに、
今はドキドキする。
「お疲れー。」
そう言ってレイが横に並んだ。
見るとコーラを飲んでいる。
「お、お疲れ。」
なんだか恥ずかしくて、
まともにレイの顔を見ることができない。
何か話さなきゃと思って
「部活帰りの買い食いは禁止よ。」
と言うと、
「楽しい夏休みなんだから
カタいことゆーなよ。」
とレイは笑った。
するとさっきまでいい天気だったのに、
急に雨が降ってきた。
急いで近くの本屋の軒先に入る。
雨宿りしながら、
わたしたちは合宿中のことについて話した。
後輩の男子が夜中トイレに一人で行けなくて
レイがついて行ったのに、
わざと置き去りにして戻って来たことや、
夕食のカレーに
玉ねぎしか入っていなかったこと。
朝寝ぼけて、洗顔フォームと間違えて
ハミガキ粉で顔を洗ったこと。
たわいのない話だったけど、
そのすべてがまるで宝物のように思えた。
雨で湿った道路と、コーラの匂いがする。
だいぶ小降りになったので、
わたしたちはまた家に向かって歩き始めた。
空も明るくなって、うっすら日も差している。
「ところでさー。」
唐突に、レイが聞いてきた。
「サラさんの好きな人って誰?」
どきん。とわたしの胸が鳴る。
「な、なに?急に。」
「あ、赤くなってる。
ってことはいるんだ。好きな人。
もしかしてまだ先輩のこと好きだとか?」」
「レイには関係ないでしょ。」
「いいじゃんか。減るもんじゃなし。」
「……減る!」
「なんだよそれー。」
そこで一旦その話題は終わったのだが、
どういうわけかその後もレイは
家に向かう途中何回か
「ところでサラさんの好きな人は?」
と話を振って来た。
その都度はぐらかしていたけれど、
内心ドキドキしていた。
もしかしたらこれは
思いを伝えるチャンスなのかもしれない。
ここで何も言わないまま
先にユカコが告白でもして、
もし二人が付き合うことになったら、
わたしは後悔する。
きっと、後悔する。
「もう家に着くじゃねーかー。
いい加減教えろよー。」
まだ騒いでいるレイに、
わたしは意を決して言った。
「わかった。」
今しか、ない。
「お!ついに白状する気になったか?」
「……レイだよ。」
ついに、言ってしまった。
人生で初めての告白だった。
きっと沈黙したのはほんの一瞬だったと思う。
でもわたしにはその時間が一生に思えた。
レイは少し驚いてから
「おー……それはどうもどうも!」
とだけ言った。
「え?それだけ?」
と、拍子抜けしたけど、
レイが笑顔だったから、ちょっとだけ安心した。
でもわたしは
「付き合ってください」というわけでもなく
レイがわたしのことをどう思っているのかを
聞くわけでもなく、
「じゃあね!」
と言ってあわてて走り出した。
顔が熱く感じるのは
多分日焼けのせいだけじゃない。
思いを告げることができて嬉しかった。
でも、もしこれで気まずくなったらどうしよう、
という不安もこみ上げて来た。
レイはわたしのこと、どう思ってるんだろう。
わたしとレイは、これからどうなるんだろう。
さっき降った雨のせいか、
空には大きな虹が出ていた。
つづく。
✨次のエピソードはこちら✨
恋愛小説「今度、虹を見たら」
第二話 〜もらえなかった第二ボタン〜
「今度、虹を見たら」全話まとめ(マガジン)
