恋愛小説「今度、虹を見たら」第二話〜もらえなかった第二ボタン〜
【第二話】
その後、わたしたちは付き合うわけでもなく、
それまでと変わりなく接していた。
ただ、気のせいかもしれないけど
レイが前よりもちょっとだけ
優しくなったような気がする。
レイがわたしのことをどう思っているのか、
自分からは聞けないまま、
わたしたちは三年生になった。
もともと部活以外では話をしないので、
部活を引退するとわたしたちは
完全に接点を失った。
何のことはない。
学校で会った時に
わたしから普通に話しかければいいだけの話だ。
でも当時のわたしは、
自分からレイに話しかけて
そっけなくされるのが怖くて、
そんな勇気は出ないのだった。
年が明けて高校受験が近づいて来た。
誰がどこを受験するという情報は、
どこからともなく知れ渡る。
わかってはいたけれど、
レイとわたしの志望校は同じではなかった。
「別々の高校になったら、
もうレイと会う事もなくなるかも。」
そう思うと急に寂しくなる。
きっと、片思いで終わるんだろうな。
受験当日は雪が混じる寒い朝だった。
試験会場に向かうわたしの頭に浮かぶのは、
英単語でも数学の公式でもなくて
今ごろ別の場所に向かっているであろう
レイの姿だった。
自分ではどうすることもできない距離が
静かに二人を隔てていくようだった。
入試が終わると、すぐに卒業式がやってくる。
同級生の女子の間では、
卒業式の日に告白するとか、
第二ボタンをもらうとか、
そんな話題で持ち切りだった。
「サラはレイに告白しないの?」
学校帰りに幼なじみのナツコが
わたしに聞いてきた。
ナツコはレイと同じクラスで、
友達の中で
わたしがレイを好きだと知っているのは
ナツコだけだった。
「告白したよ。」
「え!いつ?初耳ですが。」
「去年の夏。」
「ウソ!で、どうだったの?
まさか、実はあんたたち付き合ってたとか?」
「付き合ってはいない。」
「なんだあ。で?その時のレイの返事は?」
「『それはどうもどうも』って。」
「はぁ?何それ。で、その後どうなったの?」
「どうなった、って……それまでと変わらず。」
「それで今までずっとそのままなの?
レイもなんも言ってこないわけ?」
「うん。」
「……なにやってんの?あんたたち。」
ナツコが呆れて笑った。
「そういえばA組のハルミちゃん、
レイの第二ボタン狙ってるらしいよ。」
「え?」
ナツコの言葉に一瞬ドキッとする。
「いいの?ハルミちゃんに
第二ボタン取られちゃっても。」
ナツコと別れてからも、
ずっと第二ボタンのことが頭から離れなかった。
でも、ボタンをもらいに行って、
もしレイに引かれりしたら、
きっと立ち直れない。
「どうしよう……」
結論が出ないまま、卒業式を迎えた。
式は滞りなく終わり、
離れ離れになってしまう友達との
別れを惜しんだ。
結局勇気がなくてもらえなかった第二ボタンは、
とっくにハルミの手に
渡ってしまったらしかった。
見かねたナツコが
わたしの卒業アルバムを奪うように持って行き、
レイにメッセージを書いてもらって帰って来た。
「スゲーヒマな時、
どっかで会えたら声かけてください。」
メッセージを書くページのいちばん最後に、
グリーンのインクのペンでそう書いてあった。
レイの苗字の書かれた
ネームプレートが挟んである。
「『声かけてください』だって。よかったね!
敬語なんか使っちゃって。ウケるー!
あ、ちなみにネームプレートは
レイが勝手に入れたんだよ。
あたしが頼んだわけじゃないからね!」
卒業式の帰り道、
一緒に歩いているとナツコが言った。
でも、あの不器用なレイが
自分からネームプレートをくれるはずがない。
きっとナツコが気をきかせてくれたんだろう。
「あたし、
レイはサラのこと好きだと思うけどな。」
ナツコは独り言のようにそうつぶやくと、
「じゃあね!
高校が違っても、たまには会おうね!」
と大きく手を振って帰って行った。
レイが書いてくれたメッセージに
泣きそうになりながらひとりで歩いていると、
少し先に見覚えのある学ラン姿があった。
レイだった。
あと少しでレイは家に入ってしまう。
これを逃したら、もう会えないかもしれない。
「レイ!!」
気づいたら大声で叫んでいた。
レイが振り返る。
案の定第二ボタンは無くなっていた。
第二ボタンじゃなくてもいい。
たったひとつでいいから、
わたしはレイの想い出が欲しかった。
わたしはレイのそばに駆け寄ると、
涙を拭いて、
その時できる精一杯の笑顔で言った。
「ボタン、くれる?」
するとレイは無言で、
でもすごく穏やかな笑顔で第三ボタンを外すと、
そっとわたしの手のひらに乗せた。
「……ありがとう。」
わたしが言うと
「第二ボタンは
知らない女子にくれっていわれたから
その子にあげちゃったよ。」
と、頭をかきながらレイが言った。
わたしはレイにとってハルミが
「知らない女子」でしかなかったことに
思わずほっとしてしまう。
「知ってる。でもわたしはこれでじゅうぶん。」
そう言うと、レイは照れくさそうに笑った。
部活を引退して以来、
本当に久しぶりに話したので、
なんだかお互いに離れがたくて
ずっと立ち話をしていた。
受験のこと、同級生や担任の先生のこと
そして、別々になってしまう高校のこと。
「このまま、
時間が止まってくれたらいいのに……」
ありきたりな言い回しだけど
この時ほどそう願ったことはなかった。
「……じゃあな。元気で。」
「うん。レイも。」
そう言ってわたしたちは別れた。
もうこうして
二人で話すことはないかもしれない。
そう思うと悲しくなるけど、
最後に話せた時間は幸せだったし、
勇気を出せた自分を
ちょっとだけ誇らしく思えた。
レイにもらった第三ボタンとネームプレート
そして
グリーンのインクで書かれたメッセージは、
わたしの宝物になった。
つづく。
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