稲盛和夫は半年間にわたり180回も問い詰めて、「動機は善であり私心は一切ない」ことが確認できたことから、第二電電創業を決意した
京セラの創業者稲盛和夫さんの話です。
創業して25年ほどたった頃、京セラは高収益高成長の超優良企業と呼ばれ、稲盛さんは若手を代表する経営者の一人として高く評価されていました。
そんな時期に、京セラが開発した人工骨にまつわる薬事法(現在は薬機法)の問題が起こりました。
京セラは、人命を守るための法律である薬事法に違反して、自社製品を病院に違法販売していたと報道されます。
実際は、困っている患者を助けたという一心で、関係者の内諾も得て進めた案件でした。
しかしそのような理屈が通るはずがありません。
さらに同じ頃、法律を犯した製品を販売しているとも批判されました。
すると稲盛社長の評価は一変します。
「高収益だと誇っていたけれど、その内実は金儲け主義で、裏では平気でルール違反をしている。京セラは法律違反や社員のハードワークで高収益になったのであり、多くの社員が血と涙を流し、犠牲になっている」
「京セラ・血で塗られたバランスシート」というショッキングなタイトルの本も出版されました。
新聞、テレビで連日のように批判され、国会にまで招致されました。
当時を振り返って、稲盛社長は、「自分はともかく、社員にも迷惑をかけてしまった。子供たちも学校でいやな思いをしているだろう。そう思うと、生きていることさえ嫌になり、社長も辞めたいと思った」と語っています。

あまりの心労に体調を崩し、入院もしました。
これからどうすればいいのかわからなくなった稲盛社長は、以前より私淑していた臨済宗円福寺のご老師を訪ねました。
「大変な目に遭っています」と事情を話しました。
ご老師は、「人生には因果応報という決まりがあります。災難に遭うのは過去につくった業が消えるときです。稲盛さん、業が消えるのですから喜ぶべきです。これからはさらに善きことを思い、善きことに努めるべきです」と諭しました。
このとき、稲盛社長は、「因果応報、善因善果、悪因悪果」という人生の法則を学びました。
ご老師から優しい慰めの言葉を期待していた稲盛社長は、最初は落胆しました。
しかし、災難から立ち直る最高の言葉をご老師からいただいたことを理解し、さらに善きことをしなければならない、と考えるようになりました。
そして実際に、世界の研究者を顕彰する京都賞の創設、日本の電話料金を下げるために創業した第二電電(現KDDI)の創業、経営破綻した日本航空(JAL)の再建など、善きことにさらに努めるようになります。
その第二電電を創業するにあたって、「動機善なりや、私心なかりしか」という自問自答を半年間繰り返したそうです。

ご老師から教えていただいたように、人生には因果応報という決まりがある。
純粋な善き思いであれば、必ず成功できる。
しかし、そこに少しでも不純な思いや私心、利己心がれば、成功できない。
「自分はそんな上等な人間だろうか。自己顕示欲もあって、いい恰好をしたいから第二電電を創業するんじゃないか」
この自問自答を、半年間にわたり180回も問い詰めて、「動機は善であり私心は一切ない」ことが確認できたことから、第二電電創業を正式に決意することになりました。
稲盛さんは言っております。
動機が善であり、私心がなければどんな事業でも成功する。
不純な考え方や私心は微塵もはさんでは決して成功できない。
第二電電では無給でした。
さらに創業者でありながら上場時にキャピタルゲインを全く手にしておりません。
「資本主義の権化であるアメリカの投資家から見たら不思議だろうけれど、自分から見たらそれが当たり前だった」といっております。
誰も引き受ける人がいなかった日本航空再建のときも、無給で引き受けています。

稲盛さんの「動機善なりや、私心なかりしか」の言葉の前に、「動機不純、利己主義のかたまり」で生きてきた自分が恥ずかしくなります。
稲盛会長の秘書さんが、稲盛さんの発する言葉を書き留めたノート60冊からできた本は、これから医師になろうとする医学生におすすめします。
医師向けの自己啓発本として、最適だと感じています。
その理由は、これからのハベレオ通信で語りたいと思います。
