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アンパンマンは、大人の評価はざんざんだったが、顧客である子どもには大受けだった

次回のNHKの朝ドラは、
漫画家のやなせたかしさん
をモデルにした「あんぱん」です。

やなせたかしさんは、不思議な人物です。

漫画家ですが、
一度もメジャーな漫画雑誌で
連載をしたことがありません。


漫画界は、天才、鬼才、異才
がひしめいている世界です。

多くの人気漫画家は、
若いときにデビューします。 

やなせさんが漫画家として認められたのは 
60歳過ぎてから
です。

アンパンマンは、
50歳になって描くようになりました。

1973年に「あんぱんまん」という絵本
になって出版されました。

評判はさんざんで、
何十年にも出し続けるシリーズになるとは
とうてい予想もできないものでした。

ヒットしたのは、
アニメ化された70歳になってからです。

典型的な「大器晩成」の人です。

1919年のスペイン風邪が大流行した年に、
高知県で生まれました。

とてもとても小さい赤ちゃんだったそうです。

小さい頃から病気ばかりしており、
親戚からは、この子は1年もたん
と何度も言われたそうです。

ところが、一番の長生きとなりました。

アンパンマンは、
大人の評価はざんざんなものでしたが、
不思議なことに
子どもには大受け
だったそうです。

多くの保育園や図書館で、
アンパンマンの絵本が取り合いになって
ボロボロになった
という情報が出版社に集まりました。

これはヒットする
とずいぶん後になってから気が付いたそうです。

絵本のユーザーは、大人ではなく子どもです。

多くの大人たちは、
こうしたサービスを受ける人のニーズを
把握しきれていませんでした。

医療や福祉の世界をはじめとして、
サービスを受ける人のニーズを
しっかりと把握することは大事です。

顧客のことを考えて、
考えて、考えぬく習慣をつけると、
新たなサービスを生み出すことができます。

幼少期を過ごした高知県の香美市香北町は、
トンボやカエル、オケラなど、
小さな命に満ちていて、
そうした命と一緒に育ったそうです。

その命へのこだわりが、
後に、「手のひらを太陽に」という歌になり、
「アンパンマン」という漫画になりました。


今、この地は、
やなせたかし記念館などが建ち並ぶ、
アンパンマンのふるさととして、
高知でも指折りの人気スポット
となっているそうです。

釣りキチ三平の作者の矢口高雄さんの故郷
にある横手市まんが美術館と並んで、
いつか行きたいと思っております。 

朝ドラのネタバレになるかもしれませんが、
ニーズをつかむことは大事なので、
あえてご紹介させていただきました。

明日のハベレオ通信まで、バイバイキーン!

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