ブラック・ジャックから半世紀。我が国には医学漫画というジャンルが確立している
椎葉小学校の六年の修学旅行は、宮崎交通のバスで、鹿児島、宮崎をめぐる二泊三日の旅でした。
宮崎では、宮崎市内の大淀川の近くにあった旅館に泊まりました。
このとき、旅館で少年マガジンを初めて見ました。
椎葉村にはジャンプやらチャンピオンや冒険王はありましたが、マガジンは無かったのです。
矢口高雄さんの「釣りキチ三平」があり、片目の巨大イワナ(左膳イワナ)を釣る連載をやっていました。
古いものから最新号まで五冊あって、順番に見ました。
リール竿ではなく、竹のさおにテグスをつけて、オニヤンマを餌に滝壺に飛ばせながら釣るというすごい作戦でした。
左膳イワナは警戒心が強く、川の中に落ちた餌は見向きもせず、飛んでいるオニヤンマだけを餌にしていたのです。
ニホンザルが左膳イワナの気配を探知して、三平に教えます。
三平が投じたオニヤンマに、水面からジャンプした左膳イワナが食いついたのですが、取り込むことができずにテグスが切れるのです。
さて、その続きは!?
マガジンの最新刊は、そこで終わっていました。
ガーン!
続きがみたいのですが、椎葉村に帰るので、どうすることもできません。
泣く泣く村に帰って、いつしか左膳イワナのことは忘れておりました。
それからおよそ三〇年後の東京の本屋で、釣りキチ三平の文庫本があるのを偶然目にしました。
左膳イワナの巻を購入し、続きを読んで感無量だったのを覚えています。
ある飲み会で、この話をしたところ、覚えている釣り人がおりました。
延岡出身で、鮎釣りを趣味とし、最近はフライ釣りに凝っています。
釣りキチ三平の左膳イワナのいる滝壺そっくりの場所が、椎葉村にあるといっていました。
どこだー?
矢口高雄さんは、秋田の出身で、高校を卒業して銀行員となりますが、漫画家になるという夢を捨てきれず、銀行を辞めて上京します。
雑誌掲載の予定もなく、有り余る時間で、好きだった釣りの漫画を描いていました。
突然、漫画雑誌の編集者が現れ「今なんか描いているものがある?」と聞かれました。
途中まで描いていた原稿を渡したところ、編集者が飛びつきました。
「これはいい。釣り漫画は今までにないジャンルだ!」
連載していた漫画家が急に病気になりページが空いたので、その穴埋めのための漫画原稿を探していたのでした。
ひょんなことからデビューを果たし、その後、釣りキチ三平という大ヒットを飛ばします。
矢口高雄さんは、子どもの頃に弟を百日咳で亡くしています。
このことを描いた「弟の死」を読むと、百日咳の症状が一目瞭然です。
医学書には特徴的な症状として、「スタッカート」や「レプリーゼ」が載っていますが、なんのことやら判りません。
しかし、漫画では一発で判ります。
顔を真っ赤にしてコンコンと激しく咳き込むのがスタッカート、咳の最期にピューッと音を立てて大きく息を吸う発作がレプリーゼです。
漫画では、弟を見て「なんだ、このピューっという笛のような音は?」と近所の子どもたちの不思議がるシーンが出てきます。
医学と絵(漫画)は親和性があると断言できます。
医学生のときには、実習でいやになるほど骨やら組織を顕微鏡で見て、スケッチを描かされました。
ボウフラの絵も描かされました。
また、耳の聞こえない人にとって漫画は、「音」を学習できる重要な教育ツールです。
手塚治虫さんの「ブラック・ジャック」以降半世紀が経過し、我が国には医学漫画というジャンルが確立しています。
私の夢は、保健所が舞台の公衆衛生漫画が誕生することです。
労働基準監督署の漫画はありますので、あと一歩でしょうか。
・ダンダリン一〇一 原作:とんたにたかし 漫画:鈴木マサカズ 講談社
・どらコーボク(全2巻) 作:小路谷純平 画:石川サブロウ 小学館

