見出し画像

自己紹介後編:リア充→過労→うつ→復活→結婚

前編はこちら

「変わらなきゃいけない」と頭ではわかっていても、人間そう簡単に自分を書き換えることはできません。OSのアップデートと同じで、古いプログラムを消去し、新しいシステムを組み込むときには、必ずと言っていいほどエラーや摩擦——つまり「痛み」が生じます。

僕にとってのこの15年は、まさにその痛みの連続でした。


かつての僕が抱握していた「正解」が音を立てて崩れ、真っ暗闇の中で新しい光を見つけるまでの記録を、ここに記そうと思います。


よかったら最後まで読んでください。
悩んでる方の何かの指針になるはずです。


① 学生時代の僕:偏差値という単一の物差し

15年前、学生時代の僕を突き動かしていたのは、非常にシンプルで、かつ残酷なほどに単一の価値観でした。それは「偏差値至上主義」です。

当時の僕にとって、人間の価値は数字で測れるものでした。テストの点数、模試の判定、そして最終的にどこの大学に籍を置いているか。それがすべてでした。勉強ができる奴は「勝者」であり、できない奴は「敗者」。その二元論に、微塵の疑いも持っていませんでした。

なぜそうなったのか。振り返れば、周囲の環境もそうでしたが、何より自分に自信がなかったのだと思います。何者でもない自分に「ラベル」が欲しかった。高偏差値という鎧を纏うことで、自分の内面の空虚さを隠そうとしていたのです。

友人関係ですら、無意識に自分と同じか、それ以上のレベルの人間としか付き合わないようにしていました。「類は友を呼ぶ」と言えば聞こえはいいですが、実際は自分を肯定してくれる鏡を探していただけ。多様性なんて言葉は、当時の僕の辞書にはありませんでした。

「努力して結果を出すことだけが正義」

この硬直した価値観が、のちに自分自身の首を絞めることになるとは、10代の僕は知る由もありませんでした。

大学の友達とただただ楽しかった日々

② 入社2年目:積み上げた城が崩れた日

社会人になっても、その「数字と成果」に固執するスタイルは変わりませんでした。むしろ加速しました。誰もが知る大企業に就職し、憧れだった人事企画職に配属され順風満帆でした。そして「同期に負けたくない」「早く一人前として認められたい」という焦燥感に突き動かされ、がむしゃらに働きました。

しかし、現実はテストのように明確な回答があるわけではありません。

  • 理不尽な従業員からの要求

  • 終わりの見えないタスクの山

  • 深夜まで続く残業と、2時間の睡眠

  • 上司からの圧力

それでも僕は「努力が足りないからだ」と自分を鞭打ち続けました。休むことは負け。弱音を吐くことは甘え。偏差値至上主義が生んだ「強くなければ価値がない」という呪縛が、僕の脳内を支配していました。

残業時間が毎月100時間を超えて、それが10ヶ月程度続きました。

そして、入社2年目のある日。ついに限界が来ました。

ある朝。体が鉛のように重く、涙が止まらない。なぜ泣いているのかもわからない。そして電車へ飛び込もうとしたとき駅員に止められました。気がついたら病院にいて、診断結果は「うつ病」でした。

あれほど誇りに思っていたキャリアが途絶え、僕は家で天井を見つめるだけの日々を送ることになりました。僕がこれまで積み上げてきた「価値のある自分」という砂の城は、過労という波にあっさりと流されてしまったのです。

何もできない自分には価値がない。そう思い込み、暗い部屋に引きこもる日々。この時期が、人生で最も「価値観のアップデートに伴う痛み」が激しかった時期でした。

出身の小学校が取り壊されたのもこの頃

③ ラジコンが教えてくれた「多面的な生き方」

どん底にいた僕を救い出してくれたのは、意外にも子供の頃に少しだけ触れていた「ミニ四駆」や「ラジコン」という趣味でした。

リハビリのつもりで通い始めたサーキットには、僕がこれまで出会ってこなかったタイプの人たちがたくさんいました。

  • 平日は職人で、週末はセッティングに命をかけるおじさん

  • 学歴なんて関係なく、ただ「速く走らせる技術」だけで尊敬を集める若者

  • 定年退職後、少年のように目を輝かせてパーツを語る高齢者

ミニ四駆を通じてたくさんの友達ができました

そこには偏差値も、役職も、年収も関係ありませんでした。ただ「ミニ四駆が好き」「ラジコンが好き」という一点で結ばれたコミュニティ。

彼らと話し、一緒に汗を流す中で、僕は衝撃を受けました。 「えっ、会社に行かなくても、こんなに楽しそうに生きていいの?」 「勉強ができなくても、こんなに深い知恵と技術を持っている人がいるんだ」

つくばアリーナで爆走した日々

僕が信じていた「正解」は、世の中にある無数の生き方のうちの、ほんの小さな一欠片に過ぎなかったことに気づかされました。偏差値という物差しを捨てたとき、初めて世界がカラーで見えるようになった気がしたのです。

ミニ四駆やラジコンを通じて出会った人々は、僕に「逃げ道」ではなく「新しい道」があることを教えてくれました。



④ 最愛の妻との出会い:人間関係こそが財産

価値観がほぐれ始めた頃、僕は妻と出会いました。

彼女は、僕がどれだけ仕事で失敗しているかや、どんなスペックを持っているかには、驚くほど興味を示しませんでした。それよりも、「今日食べたご飯が美味しいこと」や「二人で些細なことに笑いあえること」を大切にする人でした。

毎日、穏やかな日々をありがとう

かつての僕なら「そんなことに時間を割くのは非効率だ」と切り捨てていたかもしれません。でも、うつを経験し、趣味を通じて多様な生き方を知った今の僕には、彼女のその感性が何よりも尊く感じられました。

彼女と一緒に過ごす中で、僕は一つの誓いを立てました。

「これからは目の前の大切な人との関係を一番に考えて生きていこう」

仕事はあくまで生活の手段であり、目的ではない。人生の本質は、誰と、どんな心穏やかな時間を共有できるかにある。そう確信したのです。

今、僕は妻と二人で穏やかな日々を過ごしています。かつてのような「何かに追われる焦り」はありません。もちろん、生きていれば不安になることもありますが、隣に笑ってくれる人がいるだけで、こんなにも心強いのだと実感しています。


⑤ まとめ:痛みは「新しくなるための準備」だった

学生時代の偏った価値観から始まり、挫折を経て、新しい生き方を見つけるまで。

この15年を振り返って思うのは、「痛みを避けていたら、今の幸せはなかった」ということです。うつ病になったことも、キャリアが停滞したことも、当時は絶望でしかありませんでした。

でも、その痛みがあったからこそ、僕は自分の古い皮を脱ぎ捨てることができました。

もし、今あなたが「これまでの自分のやり方が通用しない」「何のために頑張っているのかわからない」と痛みを感じているのなら、それはあなたの価値観がアップデートされようとしているサインかもしれません。

無理に強がる必要はありません。 数字や評価に縛られる必要もありません。

少し立ち止まって、趣味の世界を覗いてみたり、身近な人を大切にしたりすることから始めてみてください。その先に、かつての自分では想像もできなかった、優しくて穏やかな世界が待っているはずです。

地元の河川敷ではいま、菜の花がきれいに咲いてます

僕もまだ、アップデートの途中です。 これからも「僕」として、人間関係を大切に、一歩ずつ歩んでいこうと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

はたけっち|テック&ガジェット雑学 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!

この記事が参加している募集