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スコットランドの個性と新旧の文化都市【等身大のイギリス⑨】エディンバラ

イギリスはイングランドばかりではない。忘れてはならないのが北のスコットランドだ。17世紀初頭にイングランドと同君連合を組むまで、独自のスコットランド王国が存在していた。1970年代以降、固有の文化や伝統を見直す動きが進み、近年ではイギリスからの独立すら真剣に議論されている。そんなスコットランドの中心となってきたのが王都のエディンバラだ。石造りの街に青い国旗がはためき、バグパイプの音が聞こえてくる。世界遺産に認定されている新旧の両市街を訪ねた。


前回はこちら:


ニューカッスル

イギリスに到着してすでに2週間が経っていた。お世話になった農場を離れた私は、夜の電車でイングランド北部の小都市ニューカッスルに向かった。エディンバラを目指す道中、一度この都市に泊まって電車を乗り換えることにしたためだ。夜7時ごろ、小雨のぱらつくニューカッスル駅に到着した。

ニューカッスルの位置。イングランドでも最も北の都市圏だ

駅の目の前に教会があり、緩やかな上り坂に沿って商店が連なっている。行き交う人々には白人が多い。産業が廃れているため経済の調子は上がらず犯罪率も高い地域だが、特別治安の悪い感じはしない。

夜のニューカッスルの駅前

ホステルの受付で「ようこそ」と日本語で挨拶をされた。度肝を抜かれた私は思わず「なんで分かったんですか?」と英語で返す。受付をしてくれたのは「原宿ファッション」を纏う20代の女性。「チェックインしたい」と言ったときの私の英語の発音で「日本人だな」と思ったらしい。「英語ネイティブは『チェッキン』のようにいうけど、あなたは『チェック、イン』。日本人ね

思わぬところで英語のクセを指摘された私は悔しかった。それにしても、(ここはロンドンでもないのに)なぜ日本語が分かるのか。黒いワンピースにいくつものアクセサリーをつけた彼女は、私に尋ねられると嬉しそうに口を開いた。日本のアニメ文化やファッションにハマったことをきっかけに、独学で日本語を学んでいるそうだ。ただでさえ難解で英語との距離が遠い日本語を、こんなところで耳にするとは思っていなかった。まだ来日経験はないというが、これだけ日本語を話せれば絶対に楽しいはずだ。

ニューカッスルの街並み

翌朝、電車が出るまでの小一時間で付近を散策した。ニューカッスルの正式名称はニューカッスル・アッポン・タインで、「タイン川沿いの新しいお城」という意味だ。地名が単純すぎてびっくりだが、たしかにタイン川のすぐそばには石造りのお城が立っている。ただし中世以来の古いお城なので、どちらかといえば「オールドカッスル」だ(真面目なことを書くなら、ローマ時代のものと比べたときに「ニュー」ということらしい)。

右奥に見えるのがタイン川にかかる橋

駅で電光掲示板を見上げると乗車予定の電車には「キャンセル」と表示されており、その代わり別の会社の電車に振り替えて乗車するよう指示があった。イギリスの鉄道では複数の会社が同じ線路や駅を共有しており、こうした振替も普通に行われている。鉄道が違えば線路も違うのが普通だと考えている私には少し違和感がある。会社が変わっても払い戻しや取り直しがない、と考えればイギリス型の方が手間は少ないかもしれない。まあ、そもそも日本の電車はめったに「キャンセル」されないけれど。

電車は海沿いをぐんぐんと北に進む。グレートブリテン島は古い地層が隆起しているので、海岸沿いは小高い丘と海食崖が広がる。のっぺりした大地が海に向かってストンと切れ落ちているのが特徴だ。台地には牧場や農園などが広がる。冬の北海は寒々しく、また荒々しくも見える。

イングランドを離れ、ついにスコットランドに入った。スコットランドはグレートブリテン島の北部と北方の島々からなる地域で、かつて独自の王国(スコットランド王国)が存在した。面積はイギリス全体の3分の1を占めるが、現在、人口は全体のわずか8%ほど。南部の都市に人口が集中しており、山岳地帯である北部の人口密度は低い。

エディンバラの位置。
点線の円内、グレートブリテン島の北部を中心に広がるのがスコットランドだ
(北方の島嶼部は省略)


劣悪な都市から一大観光地へ

エディンバラに到着すると、空はすっきり晴れ渡っていた。スコットランド国旗をそのまま絵に描いたような青空だ。駅を出て大通りを歩いていくと、バグパイプの音が聞こえてきた。タータンチェックの民族衣装を身にまとった男性が、甲高い音を響かせている。いきなり「スコットランド」のイメージ通りの光景が広がっていて、ここがイングランドとは別のカントリーであることを強く意識させられた。

バグパイプを演奏する男性

エディンバラは日本で喩えると京都のような街だ。古い建物やお城が残る、イギリス随一の観光都市だ。常に世界中からの観光客が集まってくる。しかも私が訪れた期間にはスコットランド対フランスのラグビーの試合(シックスネーションズ)が予定されていたために、街は多くのフランスサポーターでひしめきあっていた。

大通りを駅から西に進むと、左手には大都市には似つかわしくないような巨大な岩山が見えてくる。そのてっぺんに立つのがエディンバラ城だ。街の中心に大きくそびえ、旧市街と新市街の分かれ目になっている(城までが旧市街)。エディンバラ城の存在感は格別で、荘厳な岩山は街のどこから見ても映画のワンシーンのように映る。

エディンバラ城。市内のど真ん中にこの岩山がそびえる。

この岩山は北側から見ると断崖だが、南から見るともう少しなだらかな丘になっている。そのため、城に向かうにはぐるりと回り込んで南側に向かう必要がある。一苦労して岩山を登り切った。しかし、城の前は観光客でごった返しており、すでに満員御礼だった。私は事前の予約を怠っていたので、この日の入場は諦めて翌朝のチケットを購入した。

城は明日再訪することにして、ひとまず旧市街に出てきた。城の南側に広がる旧市街には、戸口の小さな石造りの建物が所狭しと並び立っている。エディンバラの魅力は新市街と旧市街の見事な対比だ。18世紀以降に整備された近代的な新市街は一つ一つの建物が大きく、人工的な大通りが街を貫く構造になっている。一方、城壁に囲まれ過密化するように発展してきた旧市街は、坂の多い地形に洞窟を掘ったり階を重ねたりした複雑な作りになっている。

城からエディンバラの旧市街へと降りていく。
左の男性はバグパイプを演奏中。

新市街が快適な生活を図って作られたのは、その分だけ旧市街が暮らしにくい場所だったからでもある。かつて、戦争の多かった時代にはヨーロッパの都市は城壁で囲まれていたが、エディンバラの旧市街もその例外ではなく、フロッデン・ウォールという外壁に囲まれていた。人口が増えても都市が外側に拡大できないので、ただでさえ狭い住宅は上を目指して伸びていき、軟弱の地盤には数々の洞窟が掘られていった。この地下都市でも多くの人が暮らしていたが、ジメジメとした気候もあって衛生状態は極めて悪く、劣悪な都市環境が問題になっていた

旧市街のロイヤル・マイルで芸を披露する大道芸人

そんな旧市街も今ではすっかりエディンバラの魅力の一つとなっている。外縁を閉じられていた空間だからこそ、他の場所にはないような過密な街並みが広がり、予想もしないようなところに裏道や地下道が隠れている。建物の下をくぐったり、ふとしたところに回廊がついていたりする。道路が交差していたり上下に分かれたりしていて、どこが地上かわからないようなところもある。


学問の中心地

都市は、雑多な人々が集う空間だ。住人の出自は多様で、仕事や階級も異なる。過密化したエディンバラの旧市街では、日雇い労働者から上流の経営者まで、さまざまな人々が狭い地域でともに暮らしていた。こうした背景から、エディンバラは人間社会について洞察を深めるにはうってつけの場所であったと考えられる。様々な人が行き交う都市空間は人間の脳を刺激し、社会に対する考察を促す。人間はどんな生き物なのか。どうすれば人間社会はうまく回るのか。こうした疑問は都市生活の中でこそ生まれる。

そのためか、エディンバラは古くから学問の中心地となってきた。最も有名なところでは、アダム・スミス(1723-1790)がこの地域の生まれだ。彼は著書『国富論』で知られるように、市場のメカニズムを「見えざる手」として説明し、国家の重商主義を批判した。一方、彼は必ずしも市場原理主義の冷徹な信奉者ではなく、他者に対する共感の大切さを重視した人物でもあった。こうした思想は『道徳感情論』という著作に表れている。スミスの考える人間観は、常に他者との接触やコミュニケーションを前提としているが、これを他者との距離が近い過密都市の特性に求めるのは強引だろうか。

エディンバラ大学のキャンパス

もう一人取り上げなければならないのが、経験論者のデイヴィッド・ヒューム(1711-1776)だ。彼は生まれも死没もエディンバラで、青年期にはエディンバラ大学に入学している。彼は徹底した懐疑主義の姿勢を貫いており、「理性は情念の奴隷である」という挑発的な文句で人間理性の限界を示した。ドイツの代表的な哲学者、イマニュエル・カントをして「独断のまどろみが解けた」と言わしめたことでも有名である。

ちなみに、私は大学3年時の哲学の授業で、ヒュームの著作に少しだけ触れたことがある。担当されていた教授はオックスフォード卒のイギリス人の先生だったのだが、私は彼の授業を理解するだけの英語力も哲学の素養も不足していて、なかなかついていけなかった(残念)。ただ、ヒュームの因果律についての考えを学ぶ中で、ヒュームがいかに懐疑主義を徹底しているかはよくわかった。ヒュームは「明日、朝日が東から昇る」ことすらも疑う。朝日は昨日も今日も東から昇ってきたが、それは経験に過ぎない。人間は過去の経験を語っているに過ぎず、「必ず明日もこうなる」ということは証明できないはずなのだ。

旧市街。どこが地上かわからなくなる

実は、スコットランドで学問が盛んだったのはエディンバラに限られない。グラスゴーやアバディーン(これらの都市については次回以降の記事で取り上げる)にも名門大学がある。キリスト教の宗教勢力が知識の普及に積極的だったことを背景に、スコットランドには先進的な教育文化が古くから根付いており、16世紀においてはイングランドよりも多くの大学があったという。


飲み込まれても、したたかに

スコットランドの産業は多岐に渡る。農業、林業、漁業のほか、石油化学工業、金融・観光業なども盛んで、一次産業、二次産業、三次産業のバランスが取れている。ただし、隣国は世界の資本主義を牽引してきた大国イングランドだ。人口でも経済規模でも引けをとるスコットランドは、歴史的にイングランドとの経済的関係を深めざるを得なかった。17世紀に両国が同君連合を形成したのは王位継承の都合がきっかけであったが、18世紀に議会の合同が可能となった背景には、経済的な思惑も大きかった

スコットランドの産業をテーマにした博物館の展示では、伝統的な毛織物「ツイード」のほか、20世紀以降に盛んになった炭鉱業、1970年代から開発が進んだ北海油田などが紹介されていた。スコットランドの経済は常に順風満帆だったわけではないが、ノルウェーとの間に挟まれた北海という海域で油田が見つかったのは大きな転換点だった。この北海油田の発見以降、スコットランドは石油の採掘や化学系の工業で成長を遂げるだけでなく、独自の経済基盤を手に入れた余裕を背景に、イギリスからの独立さえ主張し始める

石油化学に関する展示

ここで注目すべきは、北海油田の発見を一つのきっかけに、20世紀末以降のスコットランドが独自のアイデンティティを再発見し始めたことである。それまで不可避的にイングランドとの一体化が進み、英語話者で覆い尽くされてきたスコットランドが、この時期以降は文化的にも政治的にも「イングランドとは違う」というプライドを見せるようになった。政治の世界ではスコットランド国民党(SNP)が地域政党として躍進し、言語をめぐっては独自のゲール語の復興運動が進み始めた。

スコットランドのアイデンティティは映画の題材にもなった。最も有名なものが1996年の『トレインスポッティング』だ。スコットランド訛りの英語を話す若者たちが、ヘロイン中毒でヤク漬けになりながらも生きがいを求める様を描いている。

『トレインスポッティング』の印象的なポスター。定番のセリフは"choose life"

この映画のなかで印象的なのが、散歩しないかと誘う友人に対し、主人公がウォッカを飲みながら「スコットランドなんてクソだ」と喝破するシーンである。山を目指す友人が「ほら、澄んだ空気だ。スコットランド人であることを誇りに思わないか?」と呼びかけると、主人公のレントンはすかさずに畳み掛ける。「スコットランド人なんて最低中の最低だ!イングランドのクズどもに支配されている文明のゴミカスだ」「澄んだ空気なんて俺らに何の意味もねえ」。

主人公はこうしてスコットランド人であること(being Scottish)をボロクソに卑下することで、「スコットランドの誇り」をナイーブに語る仲間に対し、いかにそれが空虚な行いかを思い知らせる。スコットランドはあのクズみたいなイングランド人に支配されてるんだ。なのにそんな俺らは「植民地にされるだけのまともな文化もねえ(can't even find a decent culture to be colonized by)」。このセリフには、「スコットランドはクソだ」と言う中で、むしろイングランドに飼い慣らされた現状を打破しようとするような力強さがある。ナイーブなプライドなど要らない。これは、自己を蔑むことによって現状の弛緩を皮肉り、目を覚ますよう呼びかけるしたたかな叫びなのだ。


スコットランドとキリスト教

博物館の屋上には展望台が設けられていた。エディンバラ城から旧市街、そしてアーサーズ・シートと呼ばれる山までの連なりを一望することができる。青い空に暗い石造りの塔が映え、周囲には住宅棟が窮屈そうに詰まっている。

博物館の屋上から旧市街を望む

街に降りてくると、市議会の前には2種類の旗が交互に並んでいた。イギリスのユニオン・ジャックと、青い下地に白い斜め十字からなるスコットランドのセント・アンドリュー旗だ。聖アンドリューはキリスト教における十二使徒の一人で、ローマ軍に処刑される際、キリストと同じ十字架では恐れ多いからという理由で、「斜め十字」のもとで殉教したと伝わっている。スコットランド国旗に描かれた「斜め十字」はこの逸話に由来している。

市議会(左側の建物)には2種類の旗が並ぶ

また、同旗が「青地に白十字」という色の組み合わせなったのは、青空に浮かぶ白雲をイメージしているためだ。ある日、戦いを控えたピクト族の王様が夢で聖アンドリューのお告げを受けると、目覚めたときの青空には斜め十字形の白い雲が浮かんでいたのだという。真偽のほどは置いておいて、「青地に白十字」はなかなかクールなデザインである。白地に赤十字のイングランド国旗との対照性もいい。

この近辺で一際大きな建物が、スコットランド国教会のセント・ジャイルズ大聖堂だ。もともとカトリックの教会として建てられたものだが、宗教改革によりプロテスタントの教会となった。

セント・ジャイルズ大聖堂

ここで少しスコットランドの宗教事情を紹介しておこう。スコットランドでは、中世から15世紀ごろまでカトリック勢力が根強く、ヨーロッパ屈指のカトリック教国であるフランスとの距離も近かった。スコットランドとフランスはイングランドという共通の敵を持っていたため、古くは同盟を結び共にイングランドとの戦争を遂行するほど深い関係にあったのだ。一方、16世紀に入るとヨーロッパやイングランドの宗教改革の後を追う形でスコットランドでもカトリック勢力やフランスの影響力を排する動きが高まり、プロテスタントのスコットランド国教会が成立した。現在のスコットランドでは、カトリック教徒が人口の13%、スコットランド国教会の信者が20%ほどとなっている。

教会にいざ入ろうとすると、建物に沿って長い列ができていた。入り口で一人一人に寄付のお願いをしているようだ。商売上手と思うか、がめついと思うか、維持のためには必要だよね、と同情するか。

大聖堂の内部

ちなみにこの時、入り口のスタッフに「これは大聖堂に並ぶ列であってますか?」と尋ねると、私の発音する「大聖堂(cathedral)」が伝わらず、「城(castle)?城なら向こうだよ」と少し馬鹿にされた。敗因は私のアクセントの置き方だ。"cathedral"の発音は"the"の部分にアクセントを置かなければならないのに、それを知らず"ca"にアクセントを置いてしまった。アクセント命の英語でここを間違えると伝わるわけがない。悔しかったので、この単語は一生間違えまいと決心した。


お堀を超えて新市街へ

旧市街の目抜通り(ロイヤル・マイル)は、どこまで進んでも土産物屋と観光客で溢れている。海の方に向かって段々と緩やかになっていく坂道は歩いていて気持ちがいい。バグパイプの音も聞こえてくる。全てが「観光都市エディンバラ」すぎてびっくりする。

ここにもバグパイプ!

旧市街を北に抜けて、周囲からは一段と低くなっている窪地に出た。ここはちょうど旧市街の外縁にあたる「お堀」で、水が張られていた時代には城や旧市街の防御の役割を果たしていた。1820年代に干拓され、現在は公園となっている。この「お堀」が旧市街の外縁をなしていたため、公園から見ると南側の建物はまるで崖の上に押しやられているように見える。窮屈に建物が広がるのはこの一線までだ。

お堀が干拓された公園。右手の建物に美術館がある

興味深いのは、このお堀が公園だけでなく美術館や駅の用地としても活用されていることだ。さらに、お堀の真ん中には線路が走っている。駅と線路があるあたりは、まるで東京の皇居外堀を走る中央・総武線である。お堀が線路の用地に転用されている点で東京とエディンバラが共通しているなんて、実際に訪れるまで思いもしなかった。

堀の上に作られた美術館は、スコットランドやヨーロッパの絵画を展示している名館で、この日も大変賑わっていた。イギリスの公立美術館・博物館は現状、基本的には無料で開放されている。空き時間に気軽に美術館に立ち寄れる環境は単純に羨ましい。

スコットランド国立美術館

お堀の北側に出ると近代的な新市街になる。車が通りやすいよう直線の大通りが碁盤目状に整備されており、建物はブロックごとに塊をなしている。地図がなくても歩けるような単純な構造だ。バスや路面電車が頻繁に行き交うなど旧市街とは全く異なる風景が広がっており、海外資本の大型店舗も多い(なんならユニクロもある)。普段使いのファッションやカジュアルなレストランのためなら、こちらの新市街が向いている。迷路のような旧市街を抜けてくると、単純な作りの新市街にはかえって落ち着きを感じる。

新市街


丘の上から

エディンバラの観光案内で外せないのが、新市街の東に位置するカールトン・ヒルという小高い丘だ。さきほどから、エディンバラには「アーサーズ・シートという山がある」とか「エディンバラ城は岩山の上に立っている」とか、やたらと高台が多く登場する。さらにもう一つ増えて、こちらのカールトン・ヒルだ。階段と坂道を登り切ると、標高約100メートルの高さからエディンバラの街並みを一望することができる。遠く海の方まで手が届きそうで、清々しい気分になる。

新市街を望む

ここから見ると、アーサーズ・シートの存在感もすごい。船のように広がった岩盤が、どどんと街の方に迫り出している。時間があれば登りたかったが、厳しそうだ。何より、私はエディンバラの街の大きさを見誤っていた。もっとお手軽に歩ききれる小都市かと思っていたら、坂が多く、街自体も想像よりずっと大きかった。また訪れる機会があれば、ぜひアーサーズ・シートに登ってみたい。

アーサーズ・シートを眺める人々

カールトン・ヒルにはいくつかのモニュメントが建てられており、アテネのような古代遺跡を彷彿とさせるが、いずれも近代に建てられたものだ。なんなら、そのうち一つの列柱は作りかけで放置されている。近代の人々も旧市街を造った先人に負けず劣らずの見せ場を作りたかったということだろうか。堀を挟んで向かい合う旧市街のエディンバラ城と新市街のカールトン・ヒルは、異なる時代の文化や建築がお互いに競い合っているように見えた。

奥に旧市街を望む

落ちてきた夕日が目をさすように眩しい。東西と南北に碁盤の目を作ると、東西の道路を歩いている時にどうしても朝日や西日がきつくなるのが少し辛い。それでも、浮かび上がる街のシルエットは美しく、この日ばかりは西日に向かって歩くのが楽しかった。


エディンバラ城

翌朝、入場開始と同時にエディンバラ城を訪れた。今日は雲ひとつない青空である。曇りや雨ばかりのスコットランドと聞いていたのに、私が訪れた時だけなぜこんなに晴れるのだろうか。心躍らせながら朝の光を浴びる。

城の内部は構造がいまいちよくわからなかった。日本の城でいう天守閣のような中心塔があるわけではなく、異なるサイズの住居棟や防御の櫓がそれぞれポツポツと立っており、各部屋が展示室のようになっていた。個人的にはむしろ、城の中から外の景色を見ているのが楽しかった。南東に目を向ければ、アーサーズ・シートの影を背に旧市街が広がる。

アーサーズ・シートと旧市街

一方、北に目を向ければ、整然とした大きな建物が広がる。近代以降に整備されたこれらの都市空間は、旧市街をいわば反面教師にしているので、画一的で衛生面でも優れている。しかし、19世紀にこうした新市街が誕生したことは、むしろエディンバラの中の格差を目に見えるものにした側面も強かったという。

新市街の方面

新市街に住むことができたのは生活にゆとりのある階層だけであり、日雇い労働者は相変わらず旧市街に溢れていた。「旧市街と新市街の見事な対比」といえば言葉は綺麗だが、作られた当時は、広々とした空間で人間らしい生活を送る新市街と、中世以来の劣悪な環境が続く旧市街に、都市空間が二分されてしまったとも言える。

城の中で印象的だったのが洞窟だ。エディンバラは城の中に限らず旧市街のあちこちにこうした洞窟があって、実際に洞窟の中で暮らしている人たちがいたという。掘りやすい岩盤のため洞窟を作りやすかったのだろうが、当然、衛生や健康の面では好ましいものではないだろう。エディンバラ城の洞窟の場合、17世紀の籠城戦で100人以上もの兵士が息絶えたと伝わる。

エディンバラ城の洞窟

城を出て、少し遅い朝ごはん(または少し早い昼ごはん)をいただくことにした。一人旅行になると節約ばかりで、滅多に「映える」食べ物にありつけない私だが、この時ばかりは本場のスコーンをと思って、紅茶とスコーンのセットを注文した。この組み合わせを「クリームティー」と呼ぶ。実は、スコーンの発祥の地はスコットランドだ。イングランドのアフタヌーンティーの文化があまりに有名になってしまったが、スコーンはスコットランドで伝統的に食べられてきたバノックというパンに起源を持つ。

クリームティー

これでもかというくらいにたっぷり乗ったジャムとバターが贅沢だ。到底スコーン二つで使い切れる量ではないが、どちらも美味しい。紅茶を飲むたびに、大英帝国の文化がいかに植民地主義的かと思わざるを得ないが、これも美味しいからなんとも言えない。

西に向かう新市街の道路はラグビーのサポーターで埋めつくされていた。これから二時間ほどでフランス対スコットランドの一戦が始まる。ラグビーやフットボールなどのスポーツは、「イギリス」に飲み込まれたスコットランドが自国のアイデンティティを見つめ直す絶好の機会でもある。サポーターの士気は高く、あちこちで青地に白十字の旗が目に入る。

その後、エディンバラを離れるバスで試合結果を確認すると、スコットランドは見事に50-40でフランスに勝利を収めていた。おめでとう、スコットランド。



つづく・・・。



【参考文献】

  • 中村隆文(2022)『物語 スコットランドの歴史―イギリスのなかにある「誇り高き国」』中央公論新社.


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