全国勤務薬剤師から、父親になった僕が働き方を選び直すまで 〜ワークとライクのあいだで、働き方を選び直してきた話〜
気づけば、薬剤師になってもう8年目になる。
薬学生だった頃の自分は、まだ今ほど人生の見通しがあったわけではなかった。
国家試験の勉強をしないといけない。
就職活動もしないといけない。
奨学金も返していかないといけない。
薬剤師として、ちゃんと働いていかないといけない。
でも同時に、ただ現実をこなすだけではなく、
自分の中には「全国を見てみたい」という気持ちもあった。
知らない土地で暮らしてみたい。
いろんな地域の人と話してみたい。
薬局ごとの違いや、土地ごとの空気に触れてみたい。
一人暮らしもして、早く自立したかった。
それは、やるべきことだったのか。
それとも、やりたいことだったのか。
今振り返ると、たぶんその両方だった。
働くこと。
奨学金を返すこと。
薬剤師として経験を積むこと。
自分の生活を自分で立ち上げること。
それは間違いなく、ワークだった。
でも、全国を回ること。
土地ごとのご飯や文化に触れること。
現地の人と出会うこと。
趣味が増えていくこと。
その経験を、いつか家族とまた行きたい場所として覚えていること。
そこには、たしかにライクもあった。
そして今、自分は結婚して、子どもがいる。
家庭を持ったことで、働き方を選び直した。
育休も取った。
子どもが小さい時間を、一緒に生きる方を選んだ。
でもそれは、仕事を嫌いになったからではない。
仕事にも、まだ好きがある。
マネジメントも、研修も、採用も、人事も、正直おもしろそうだと思っている。
一方で、家庭もただの癒やしではない。
子育ても家事も、やるべきことだらけだ。
でも、家族と一緒に過ごす時間は、自分にとって大事な好きでもある。
だから、自分にとってのワーク〈ライク〉バランスは、
仕事と好きなことをきれいに分ける話ではなかった。
やるべきことの中に、好きがある。
好きなことの中にも、責任がある。
その両方を見ながら、
自分はその時その時で、働き方と暮らし方を選び直してきた。
今回は、薬学生時代の就職活動から、全国勤務、出張、転職、育休、そして今の家庭と仕事に至るまでを振り返りながら、
自分にとってのワーク〈ライク〉バランスを考えてみたい。
ワークとライクは、最初から分かれていなかった
仕事は、やるべきこと。
好きなことは、やりたいこと。
そう分けて考える方が、たぶんわかりやすい。
でも、自分の人生を振り返ると、
ワークとライクは、そこまできれいには分かれていなかった。
やらないといけないから選んだことの中に、
好きなことが混ざっていた。
好きだから選んだことの中にも、
責任や大変さが混ざっていた。
奨学金を返すために働く。
薬剤師として経験を積む。
一人暮らしをして、自立する。
知らない土地で生活を立ち上げる。
それは間違いなく、やるべきことだった。
でもその中で、全国を見たかった。
いろんな土地の人と出会いたかった。
現地の人しか知らないご飯屋さんに行きたかった。
趣味を増やしたかった。
自分の知らない世界を見てみたかった。
そこには、かなり「好き」も混ざっていた。
そして今、自分は家庭を持っている。
妻がいて、子どもがいる。
3歳と0歳の子どもたちと暮らしている。
子育ては、楽しい。
でも、やるべきことだらけでもある。
仕事も同じだ。
責任はある。
でも、マネジメントも、研修も、採用も、人事も、正直おもしろそうだと思っている。
そう考えると、
自分にとってのワーク〈ライク〉バランスは、
仕事と好きなことを分ける話ではないのかもしれない。
やるべきことの中にある好き。
好きなことの中にある責任。
その両方を見ながら、自分の立つ場所を選び直してきた話なのだと思う。
⸻
奨学金を返すために、まず働く必要があった
薬学生時代、就職活動をしていた頃の自分には、まず現実があった。
奨学金を返さないといけない。
国家試験の勉強もある。
就職活動もある。
将来のことも考えないといけない。
親は普通の会社員とパートだった。
大学を出ていたわけでもない。
でも、自分にとって実家は幸せな場所だった。
父がいて、母がいて、姉がいて、自分がいる。
4人家族で、同じ家に帰る。
ご飯がある。
しょうもないことで笑う。
特別に派手な家ではなかったと思う。
でも、4人いるだけで幸せだった。
だから、自分の中にはどこかで、
「ちゃんと働いて、ちゃんと家庭を作りたい」
という感覚があった。
まずは働く。
薬剤師として経験を積む。
奨学金を返す。
自立する。
それはかなり現実的なワークだった。
ただ、現実だけで仕事を選びたかったわけではない。
せっかく薬剤師になったのだから、
いろんな経験をしたかった。
知らない土地に行きたかった。
いろんな人の価値観に触れてみたかった。
やるべきことと、やりたいこと。
その両方が、就職活動の時点で混ざっていた。
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でも、全国を見てみたい気持ちもあった
最初は、MRも考えた。
薬剤師資格と近くて、
全国を回れる可能性もあって、
奨学金を返していく現実にも合っている。
選択肢としては、かなり自然だったと思う。
でも、どこかしっくりこなかった。
自分がやりたかったのは、
薬の情報を届ける仕事というより、
薬局で人と関わりながら、その土地の暮らしに触れることだった。
薬局で働きたい。
でも、ひとつの場所だけではなく、いろんな土地も見たい。
そのあいだで見つけたのが、全国勤務コースだった。
薬局で働ける。
患者さんと関われる。
でも、全国にも行ける。
その時の自分には、かなり魅力的な選択肢だった。
もちろん、完全に自由に全国を飛び回りたかったわけではない。
大学時代から付き合っていた彼女がいた。
今の妻だ。
だから、結婚のこともどこかで考えていた。
全国に行きたい。
でも、結婚も見据えたい。
薬剤師として成長したい。
でも、人生を仕事だけに全振りしたいわけではない。
その狭間で、全国勤務の薬剤師という働き方を選んだ。
今思うと、この時点ですでに、
ワークとライクのあいだで働き方を選んでいたのだと思う。
⸻
仕事の中に、土地・人・趣味が増えていった
全国勤務は、大変だった。
3ヶ月ごとに店舗が変わる。
引っ越しをする。
生活を立ち上げ直す。
新しい薬局に入る。
新しい人間関係を作る。
新しいルールを覚える。
普通にワークだった。
でも、その中にライクがたくさん混ざっていた。
青森、静岡、岐阜、兵庫。
いろんな土地に行った。
土地ごとに薬局の空気は違った。
病院との関係も違った。
患者さんとの距離感も違った。
先輩の教え方も、事務さんとの関係も、地域の生活感も違った。
現地の人に、おいしいお店を教えてもらう。
居酒屋のマスターと仲良くなる。
その土地の観光地に行く。
彼女が旅行感覚で遊びに来てくれる。
ただの旅行では行けない場所に行った。
現地の人しか知らないようなお店にも行った。
青森では、ゴルフや釣りも教えてもらった。
スノーボードもした。
マリンスポーツにも触れた。
趣味も増えた。
仕事では、薬局だけではなく、病院にも行った。
ホスピス病院のような責任の重い現場にも入った。
機械導入の動線作りもした。
パワーポイントや書類整理もした。
現場を見て、問題点を整理して、次の人へ渡すような働き方もした。
大変だった。
でも、面白かった。
そして、その時の経験は今も残っている。
全国の美味しいお店。
また行きたい観光地。
土地ごとの交通感覚。
現地で出会った人たち。
そこで増えた趣味。
今は、それを家族でまた行きたい場所として覚えている。
独身時代に仕事で出会った土地が、
今では家族と行きたい場所になっている。
そう考えると、あの時のワークは、ただの仕事ではなかった。
自分の人生の地図を広げる時間でもあった。
⸻
楽しい仕事と、作りたい家庭は少しずつズレていった
前の会社が嫌だったわけではない。
ここは、ちゃんと言っておきたい。
仕事は楽しかった。
人にも恵まれていた。
経験も積ませてもらった。
尊敬できる上司もいた。
キャリア形成としては、かなり良い環境だったと思う。
ただ、結婚して、子どもを考えた時に、問いが変わった。
この働き方のまま、自分が作りたい家庭は作れるのだろうか。
青森にいた頃から、結婚は見据えていた。
青森にいながらプロポーズの準備をして、東京でプロポーズした。
その後、関西に戻してもらった。
でも、関西に戻ったからといって、すぐ家庭に近づいたわけではなかった。
出張が多かった。
大阪にいるのは月の半分くらいだった。
ほぼ全国を飛び回っていた。
仕事としては楽しい。
薬剤師としても学べる。
出張先での経験も多い。
上司からも期待してもらっている。
でも、自分が思い描いていた家庭像とは、少しずつズレていった。
自分の原風景は、4人家族で同じ家に帰ることだった。
父がいて、母がいて、姉がいて、自分がいる。
家に誰かがいる。
ご飯がある。
くだらないことで笑う。
そういう家庭を、自分も作りたかった。
前職には、管理薬剤師のおじいちゃんがいた。
元MR夫婦で、いろいろなものを一度捨てて会社を辞め、近所の薬局で働いていた人だった。
その人の家庭は、すごく安定して見えた。
自分の理想は、どちらかというとそっちだった。
キャリアを積み上げて、どんどん遠くへ行くこともできる。
でも、自分は家に帰る場所を作りたかった。
子どもが生まれた時に、家にいられるのか。
妻がしんどい時に、横にいられるのか。
小さい時間を、父親として一緒に過ごせるのか。
その問いが、少しずつ大きくなっていった。
⸻
育休を取りたかったのではなく、小さい時間を一緒に生きたかった
転職の理由を一言で言うなら、
育休を取りたかったから、ではない。
もちろん、育休を取れる会社であることは大事だった。
制度があること。
実際に使える空気があること。
父親が休むことを受け入れてもらえること。
それは本当に大きかった。
でも、自分が本当に欲しかったのは、休みそのものではなかった。
子どもが小さい時間を、妻任せにせず、自分も一緒に生きたかった。
赤ちゃんの時期は戻らない。
上の子が小さい時期も戻らない。
「パパ」と呼んでくれる時間も、
一緒に寝る時間も、
手をつないで出かける時間も、
その時にしかない。
本当は、転職してから子どもを考えるつもりだった。
でも、転職活動中に妻が妊娠した。
ここで、働き方の意味はさらに現実的になった。
育休は取れるのか。
休みはどうか。
勤務時間はどうか。
年間休日はどうか。
子どもが生まれた後に、家庭を回せるのか。
面接でも、妻が妊娠していることは正直に伝えた。
入社してすぐ、迷惑をかける可能性がある。
その前提も含めて話した。
それでも受け入れてくれる会社を選べたことは、本当に大きかった。
結果として、今の会社に出会えた。
1人目の時も、スムーズに休めた。
2人目の時には、育休を5ヶ月取らせてもらった。
会社には、子育てをしているパパが多かった。
これはかなり大きい。
ママ同士なら、育児の大変さに共感できることは多いと思う。
でも、会社の空気を変える力という意味では、パパ側の理解もかなり重要だと思う。
パパが子育ての大変さを知っている会社は、
全体の雰囲気として、子どもに対して少し寛容になる。
子どもの体調不良。
保育園の呼び出し。
妻の入院。
家を回す大変さ。
そういうものを、ただの家庭事情として切り捨てず、
「それは大変だよね」と受け取れる人がいる。
その空気の中で働けたことは、かなりありがたかった。
⸻
今は、家庭も仕事もワークでライクになっている
転職してよかったと思う。
毎日家に帰る。
子どもと一緒に寝る。
休みの日に3歳の子と2人で出かける。
2人目の出産で妻が入院していた時も、家を回すことができた。
妻が少し自分の時間を取れるようにもなった。
その日常があるだけで、
あの時に働き方を選び直してよかったと思う。
でも、話はそこで終わらない。
今、また仕事が面白くなっている。
店長も経験した。
責任も増えた。
次はエリア長やマネジメントの方に片足を突っ込む時期なのかもしれない。
研修も面白そうだ。
採用も、人事も、正直興味がある。
つまり、仕事にもライクがある。
一方で、家庭もただの癒やしではない。
子育て。
家事。
妻との調整。
義母の協力。
家の運営。
子どもの体調。
時間の使い方。
将来設計。
家庭にも、やるべきことは山ほどある。
でも、それでも家族と一緒にいる時間は好きだ。
子どもの成長を見るのは楽しい。
妻と相談しながら家を回すのも、自分にとっては大事な時間だ。
家族でどこかへ行くことも、これからの楽しみになっている。
昔は、仕事がワークで、家庭がライクだと思っていた。
でも今は違う。
仕事にも、やるべきことと好きなことがある。
家庭にも、やるべきことと好きなことがある。
どちらか一方だけがワークで、
どちらか一方だけがライクなのではない。
どちらにも、ワークがある。
どちらにも、ライクがある。
だから今の自分にとって、
ワーク〈ライク〉バランスとは、
仕事と家庭のどちらを取るかではない。
その時の自分と家族に合わせて、
どちらのワークを引き受け、
どちらのライクを大事にするかを、
選び直し続けることなのだと思う。
⸻
選んだことは、あとから人生の地図になる
これから就職活動をする人や、転職を考えている人に、
偉そうに何かを言える立場ではない。
自分も、その時その時でかなり迷ってきた。
奨学金を返すために働く。
薬剤師として経験を積む。
知らない土地で生活を立ち上げる。
それは間違いなく、やるべきことだった。
でも、その中で出会った人がいた。
土地があった。
ご飯があった。
趣味が増えた。
今でも家族でまた行きたいと思える場所ができた。
逆に、やりたいことの中にも、ちゃんと責任はあった。
全国を見たい。
いろんな土地に行きたい。
人と出会いたい。
そう思って選んだ働き方の中には、
引っ越しも、孤独も、慣れない店舗で早く馴染む大変さもあった。
だから今は、ワークとライクを完全に分けることは、
実はかなり難しいのかもしれないと思っている。
もちろん、分ける必要はある。
やるべきことだけに潰されていないか。
好きなことだけを追いかけて、大事な責任から逃げていないか。
そうやって一度分けて考えることは、たぶん大事だ。
でも、分ければ分けるほど、
しんどくなることもある。
仕事はワーク。
家庭はライク。
趣味はライク。
責任はワーク。
そうやってきれいに分けようとすると、
自分の中にあるつながりが見えにくくなる。
仕事で出会った土地が、家族でまた行きたい場所になることがある。
仕事で覚えた人との距離の詰め方が、子育てや夫婦関係に生きることがある。
趣味で増えた人間関係が、仕事の会話につながることもある。
家族のために選んだ転職が、結果的に自分の仕事の幅を広げることもある。
ワークしていたはずのものが、あとからライクになる。
ライクだったものが、いつの間にかワークになる。
そして、そのどちらとも言い切れないものが、人生の中に残っていく。
自分にとってのワーク〈ライク〉バランスは、
仕事と好きなことをきれいに分けることではなかった。
混ざっているものを、混ざったまま見つめ直すことだったのかもしれない。
やるべきことの中に、好きがある。
好きなことの中にも、責任がある。
しんどかった仕事の中に、今の家族と行きたい場所が残っている。
家族との時間の中に、これからの働き方を考えるきっかけがある。
そうやって振り返ると、
自分の人生は、思っていたよりずっと、
ワークとライクが絡まり合ってできていた。
だからこれからも、たぶん迷うと思う。
仕事をどこまで広げるのか。
家庭にどこまで軸を置くのか。
好きなことをどこまで仕事に近づけるのか。
やるべきことを、どうやって好きに変えていくのか。
答えは、まだ出ていない。
でも、今はそれでいいのだと思う。
分けながら、混ざっていることも認める。
選びながら、あとからつながることも信じてみる。
そうやって、今、自分の人生を振り返っている。
やるべきことと、やりたいことは、分けられなかった。
でも、分けられなかったからこそ、
今の自分の人生につながっているのだと思う。
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