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これから結婚を考えるあなたへ昭和生まれの結婚(長男は絶対)

昭和生まれ弟の結婚

最近、弟の結婚のことを思い出していた。

弟は長男だった。
つまり「後継」である。


結婚は、本人の自由というより
“しなければならないもの”だった。

なぜなら〇〇家を守り、
いずれ親の介護もしなければならない。
そういう時代だった。


弟は大阪の大学へ進学した。
工学部を卒業し、
本当は大阪に残りたかったのだと思う。

ものづくりが好きで、
システムエンジニアになりたかった。

でも親は許さなかった。

「大阪に残ったら帰ってこなくなる」

それを恐れていた。

卒業するとすぐに地元へ戻され、
信用金庫へ就職した。

工学部卒なのに信金。
当時は信用金庫に理系は珍しかった。

今なら驚く人もいるかもしれない。

それでも弟は真面目だった。
信金の仕事もちゃんとしていたし、
副業のようにシステム関係の仕事もしていた。

親とはあまり話をしなかった。

そして30歳が近づく頃、
親は本格的に
「結婚してもらわねば困る」
と思い始めた。

お見合いが始まった。

「こんな人が来てるけどどう思う?」

母はよく私に聞いてきた。
(弟の好きにしてやれば。)
と私はいつも思っていた。

でも若いうちは、
弟より先に親が相手を気に入らず、
断っていることも多かった。

ただ、
弟自身も“決められた結婚”に
抵抗していたのだと思う。

弟は特別男前でもない。
ごく普通の人だ。

お見合いはことごとく断られ、
なかなか結婚には至らなかった。

あとから聞くと、
弟はわざと相手に
「断ってください」
と伝えていたこともあったらしい。

とにかく成立しないようにしていた。

そのうち不思議なことが起き始めた。

写真と釣書を見ると、
「あれ?この人前にも来た」

同じ相手が
再び紹介されるようになったのだ。

二週目である。

二週目が何人か続くと、
今度は三週目に入った。

弟はもう40歳近くになっていた。

そんな頃、
ある女性とお見合いをした。

三回目に回ってきた人だった。

きっと相手の女性も、
「もう誰と結婚したらいいのか」
わからなくなっていたのだと思う。

弟は何度かデートに誘った。

でも二人とも、
“自分で結婚を決める”
という感覚を
どこか失っていたように見えた。

私は弟の背中を押した。

そして結婚が決まった。

父はその頃、
ある病気を患っていた。

つづく


ここまで読んでくださってありがとうございます

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