これから結婚を考えるあなたへ昭和生まれの結婚は‥
〜幸せってなんだっけなんだっけ🎵〜
私は主人と恋愛結婚しました。
26歳でした。
早くも遅くもない年齢です。
でも当時の私にとって、結婚は「いつかするもの」ではなく、「しなければならないもの」でした。
私の親は、
「女は結婚して、舅や姑に尽くして苦労するもの」
そういう時代を生きてきた人でした。
母自身がそうだったのです。
そんな話を聞きながら、私は子どもの頃から思っていました。
「そんなに大変なら、どうして結婚するんだろう」と。
私は三人兄妹の長女でした。
親からすれば、“最初の娘”です。
だからこそ、結婚で失敗してはいけない。
世間体もある。
年頃になれば、親戚からも電話がかかってきました。
「いい人いるよ」
「早く決めないと」
「女は若いうち」
今なら少し驚く言葉ですが、当時はそれが普通でした。
お見合いも二回しました。
一人は公務員の方。
真面目そうで、背が高く、悪い人ではありませんでした。
でも私は、その場ですぐ返事をすることができませんでした。
「いい人そう」だけで人生を決める勇気がなかったのです。
もう一人は商売をされている方でした。
明るくて面白い人でした。
でも父は、「商売は浮き沈みがあるから」と心配していました。
どちらも長男で、今すぐお嫁さんを迎えたいという空気がありました。
私は、まるでショーケースのケーキみたいだなと思っていました。
条件や見た目や年齢で選ばれていく感覚です。
そんな中、付き合っていたのが今の主人でした。
中学の同級生で、次男。
普通の会社員です。
特別ドラマチックな人ではありません。
でも私は、彼となら相談ができました。
結婚は“好き”だけでは続かない。
でも、“話し合える”ことは、とても大事だったのだと思います。
結婚して30年以上経ちました。
子どもが生まれ、家を建て、
仕事がうまくいかない時期もありました。
楽しいことばかりではありません。
「結婚して幸せでした」と簡単には言えない日もあります。
でも、苦労したからこそ見える景色もありました。
苦労としあわせは、案外となり合わせです。
今思えば、お見合い結婚には安心感があります。
周りが「この人なら」と考えてくれている。
それも一つの愛情だったのかもしれません。
ただ、どんな結婚でも、結局は他人と暮らすことです。
価値観も違う。
育った家も違う。
我慢も必要です。
だから私は、結婚に夢ばかりは見ません。
でも、それでも。
長い時間を一緒に過ごしてきた人がいることは、人生を支えてくれるのだと思います。
今、ここまで来れたので私はとても幸せです❤︎
ここまで読んでくださってありがとうございます😊
昭和の結婚 つづく
