【ちび創作大賞|自由】私の自由は、お腹から始まる。
子どもの頃、私はご飯を食べるたびにお腹が痛くなっていた。
食卓に並ぶ料理が嫌いだったわけではない。
けれど、食べ始めると決まってお腹が痛くなる。
どうして自分だけが、こんなに弱いのだろうと思っていた。
当時、兄から何度も言われていた言葉がある。
「デブ」
たった二文字の言葉だった。
けれど、繰り返されるうちに、その言葉は私のお腹の中に居座るようになった。
食べれば太る。
食べれば、また何か言われる。
そう思いながら口に運ぶご飯は、安心できるものではなかった。
今になって考えると、あの腹痛は食べ物だけが原因ではなかったのかもしれない。
私は、自分の体より先に、周りの言葉を気にしていた。
何を食べたいか。
お腹が空いているか。
おいしいと感じているか。
そんな自分の感覚よりも、誰に何を言われるかの方が大きかった。
子どもだった私は、その場所から離れることも、言い返す言葉を選ぶこともできなかった。
ただ、お腹を痛くしながら耐えていた。
私が初めて、自分の人生を自分で選ぼうとしたのは、高校受験だったのかもしれない。
中学生の私は、将来について明確な夢があったわけではない。
高校のことも、大学のことも、仕組みをよく分かっていなかった。
それでも、ない頭で一生懸命考えて、自分が行きたい高校を決めた。
進路を話し合う三者面談で、担任の先生は渋い表情をした。
「この高校へ進学した生徒はあまりいないから、もう少しランクを下げた方がいいのでは」
そう言われた。
今なら、先生なりに心配してくれていたのだと思える。
けれど、当時の私には、自分の希望を否定されたように感じられた。
隣に座っていた母は、笑顔で答えた。
「塾の先生を信用しています。この子が希望する学校を受けさせます」
笑顔だったけれど、少し嫌みも込められていたと思う。
母は家に帰ると、先生が身につけていたハイブランドの腕時計について怒っていた。
「自慢しているみたいで嫌な気持ちになった。」
当時、父は家に十分な生活費を入れておらず、祖母が私たちの暮らしを助けてくれていた。
母にとって先生の腕時計は、ただの時計ではなかったのだろう。
自分にはないもの。
手に入れられないもの。
我慢しているもの。
そうした気持ちを刺激する存在だったのかもしれない。
父は中学校を卒業して働き始めた人で、
「女の子に学歴はいらない」
という考えを持っていた。
一方で母は、
「大学までつながっているから、この高校に行かせたい」
と考えていた。
今のように授業料の支援が充実していなかった時代だ。
進学には、家族のお金も必要だった。
両親には両親の事情があり、先生には先生の考えがあった。
それでも最後は、私が希望した高校を受験させてくれた。
そのことには今も感謝している。
三者面談の後、担任の先生の当たりが少し厳しくなったように感じた。
けれど、私はあまり気にしなかった。
先生がどう思うかは、私には選べない。
母が何に怒るかも、父が学歴をどう考えるかも、私には変えられない。
私にできるのは、自分が決めた高校へ進むために勉強することだけだった。
だから、受験に向けて、自分がやるべきことを続けた。
あの頃の私は、「自由になりたい」とは考えていなかった。
ただ、自分が決めた道を誰かの言葉で諦めたくなかった。
振り返れば、それが私にとって、自由を求めて起こした最初の行動だったのだと思う。
自由とは、好き勝手に振る舞うことだと思っていた時期もあった。
好きな場所へ行き、好きなものを買い、誰にも口を出されずに暮らすこと。
けれど、大人になり、病気を経験してから、自由に対する考え方が変わった。
無理をすれば、体は壊れる。
予定を詰め込みすぎれば、予期せぬ出来事が起きたときに、自分も周りも苦しくなる。
生きていれば、思いどおりにならないことが必ず起きる。
家族が体調を崩す日もある。
子どもが学校へ行けない日もある。
突然、誰かの助けが必要になることもある。
だから私は、できるだけ暮らしに余白を残しておきたいと思うようになった。
何も予定を入れない時間。
すぐに答えを出さない時間。
疲れたら休める余裕。
誰かに何かが起きたとき、手を差し出せるだけの余力。
以前の私は、努力すればするほど幸せに近づくと思っていた。
今は、最小の努力で最大の幸せを感じられる方がいいと思っている。
これは、何もせずに楽をしたいという意味ではない。
自分にとって本当に大切なことに力を使い、それ以外では無理をしすぎないということだ。
たくさん持っているから幸せなのではない。
今あるものに気づけること。
温かいご飯を食べられること。
眠る場所があること。
自分の言葉を誰かに届けられること。
家族と、今日を無事に過ごせたこと。
「足るを知る」とは、欲しいものを諦めることではないと思う。
今ここにある幸せを見失わないことだ。
子どもの頃の私は、周りの家庭がうらやましかった。
自分の家にはないものばかりを数えていた。
けれど、大人になり、ニュースや新聞でさまざまな人生を知るようになった。
世の中には、生まれた場所や家庭環境によって、選択肢を持てない人がいる。
今日食べるものや、安心して眠る場所さえない人もいる。
それを知るたびに、
「私も苦しいことはあった。でも、今の私は恵まれている」
と思うようになった。
誰かの不幸と比べて、自分は幸せだと言いたいわけではない。
私の痛みが消えるわけでもない。
ただ、自分に与えられているものを見つめられるようになった。
それもまた、心の自由なのだと思う。
今の私は、ご飯を食べても、ほとんどお腹が痛くならない。
少し酸っぱくなった味噌汁や、賞味期限を一か月過ぎた羊羹を食べても平気だったことがある。
もちろん、食の安全という点では決しておすすめしない。
人間は自由を手に入れても、賞味期限にはもう少し慎重であるべきだ。
それでも、子どもの頃と比べると、私のお腹はずいぶん強くなった。
体質が変わっただけかもしれない。
けれど私は、安心できる場所で食べられるようになったことも関係していると思っている。
もう、誰かの言葉におびえながら食べなくていい。
食べたいものを、自分で選べる。
嫌な言葉を受け取ったとき、黙ることも、距離を取ることも、言い返すこともできる。
誰かの価値観に従うだけではなく、自分の言葉と行動を選べる。
私にとっての自由とは、何でも思いどおりにできることではない。
誰かの気持ちを支配することでも、嫌な出来事をすべて避けることでもない。
思いどおりにならない出来事の中で、自分がどう考え、どう動くかを選べることだ。
私は今、noteに自分の体験を書いている。
母親になって迷ったこと。
人と比べて苦しくなったこと。
誰にも頼れないと思ったこと。
学校や家族との関係で悩んだこと。
最初から、自分の経験を誰かに見せたいと思っていたわけではない。
ただ、過去の出来事を言葉にするうちに、あの頃の自分が何を感じていたのか、少しずつ分かるようになった。
書くことは、過去を美しく塗り替えることではない。
傷ついた出来事を、なかったことにすることでもない。
あのとき選べなかった言葉を、今の自分が選び直すことだ。
そして、私の経験を読んだ誰かが、
「私だけではなかった」
と思ってくれたなら、過去の痛みは誰かの安心に変わるかもしれない。
子どもの頃の私は、自由が欲しかった。
けれど、その言葉を知らなかった。
ただ、お腹が痛くならない場所へ行きたかった。
誰かの言葉におびえず、自分で選びたかった。
今の私は、人生のすべてを自由にできるわけではない。
家族のことも、体のことも、お金のことも、思いどおりにならない日はある。
それでも、私は今日、何を大切にするかを選べる。
どの言葉を受け取り、どの言葉を手放すかを選べる。
無理をせず、余白を残すことも選べる。
目の前にある幸せを、幸せだと感じることもできる。
温かいご飯を、安心して食べられる。
それだけで、私は十分に自由で幸せだ。

* 🌸 アスチルベ … 自由
* 💚 フウセンカズラ … 自由な心
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次は、あなたにとっての「自由」も読んでみたいです。
遊びに行かせてくださいね。
👇素敵な企画をありがとうございました😊
皆様も是非✨
身体に残っていた苦しさの背景には、兄の喪失と、その後の家族の時間がありました。
その原点を、こちらの記事に記しています🪷

本当にありがとうございました。
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