24歳のわたしはもう限界だった
「もう無理かもしれない」
そう思いながらも、私はずっと無理をして働いていました。
仕事はちゃんとやりたい。期待にも応えたい。迷惑もかけたくない。
そんな気持ちが強くて、「大丈夫です」と言い続けた日々。
でも本当は、大丈夫じゃなかった。
体力的にもきつくて、気持ちにも余裕がなくて、このまま続けたら壊れてしまうかもしれない。
そんな不安を抱えながら、それでも“ちゃんとしている自分”を手放せませんでした。
子どものころから、我慢するのは得意でした。
我慢するのが当たり前になっていて、我慢していることにすら気づけなかった。
「つらい」と思うこと自体が、間違っている気がしていたのかもしれません…
わたしの我慢が足りないんじゃないかって。
それに、正直に言うのが怖かったんだと思います。思ってることを伝えてしまったら、
評価が下がるかもしれない。
わがままだと思われるかもしれない。
仕事を任せてもらえなくなるかもしれない。
収入が減るかもしれない。
辞めていいと言われるかもしれないと思うと
不安で動けなかった
そんな時、先輩が仕事帰りにカフェに寄ろっか!と誘ってくれて
「うっちーは、まだ若いから、自分の意見を言わなくてもこれまでは大丈夫だったかもしれない。でもね、自分がどう思ってるのか、どうしたいのか、ちゃんと自分の言葉で伝えた方がいいよ」
不安でモヤモヤしたわたしの気持ちを見抜いていたのでしょう。優しくサラッとそんな言葉を伝えてくれました。
夕方、多くの人が談笑しているカフェで、人目も憚らず、自然とポロポロ涙が流れてきます。
我慢して踏ん張っていた緊張が、涙となって溢れ出した瞬間でした。

その言葉は、私にとって大きな転機になりました。
そして、何よりも衝撃だったのは
そもそも私は、「自分がどう思っているのか」すら、よく分かっていなかったのかもしれない。
周りとの不協和音が怖くて、上司にどう思われるかが怖くて、いつも自分の意見や気持ちは後回し。
ニコニコと笑顔で、ただ体裁よく当たり障りなく立ち回って、表面だけを取り繕っていただけにすぎなかった。
わたしはちゃんとそこに存在してたのだろうか?
わたしはどこにいるんだろう?
24歳の秋…
先輩がそのひと言をかけてくれた夜、自分に向き合うことにした。
わたしは何が、辛いんだろう?
何を守りたくて、どんな風になりたいのだろう?
嫌われたくないという防御本能だけで、自分の本心さえもわからなくなっていたのです。
このまま無理を続けて、働けなくなったらどうするんだろう、と。
そのとき初めて、「仕事を続けるために、正直になる必要がある」と思いました。
そして私は、意を決して、上司に伝えました。
今の状態が正直しんどいこと。
少し働き方を調整したいと思っていること。
言うときは、やっぱり怖かった。
でも、思っていたよりもずっと、話を聞いてもらえました。
そんな風に思っていたんだね!話してくれて、よかったと言ってもらえた時の安堵感は、忘れることができません。
結果として、働き方を見直すことができました。
収入は少し変わったけれど、その分、心と体には余裕ができました。
不思議なもので、余裕ができると視野も広がって、仕事の向き合い方も変わりました。
無理して頑張るのではなく、続けるために働く。そんな感覚に変わって行きました。
人生も、仕事も、お金も、全部つながっている。
どれか一つを無理して支えようとすると、どこかに歪みが出る。自分に正直になることで、少しずつバランスが整っていく気がします。
あのとき、勇気を出して伝えてよかった。
正直になることは、弱さではなくて、これからを守る選択でした。
社会人になって間もなくの24歳のわたしが、初めて社会の壁に打ち当たった時の話しでした。

今でも、あの時の先輩の言葉が、時折り顔を覗かせてくれます。
今、あなたはどう感じてる?どう生きたいの?
と、立ち止まらせてくれる。
そして、今、わたしは後輩に伝えています。
『無理を重ねるのではなく、続けるための選択をしていってね』と。

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