生きることを諦めなかった私の物語
私が幸せでいられるのは、母のおかげです。
私は身体が弱く、3歳のときに救急車で運ばれ、ICUへ。面会は窓越しだけ。小学校に上がる頃まで、そんな入院生活が幾度も続きました。毎日毎日、面会時間ギリギリまでいてくれる母。
それでも母が帰る時には、わたしもお家に帰りたいと泣く3歳のわたし。看護師さんが、おやつやおもちゃで気を紛らわせてくれても、
おやついらないからお家に帰りたいって泣いていた。母は、後ろ髪引かれる思いで、泣きながら、車を運転して帰ったこともあったと…後に聞いた

中学生になってから再び入院し、高校卒業まで、入退院の繰り返し。高校の入学式は、入学式だけ外出許可を病院が出してくれた。病院から、入学式へ向かい、また病院へ戻る…。
高校生活のスタートは初っ端から出遅れました。
自分が思い描いていたような普通の学生生活とは、かなりかけ離れたものでした。
それでも私は、負けず嫌いな性格もあり、留年することなく単位をとって高校を卒業し、ストレートで大学に進学することができました。
それは間違いなく両親のおかげ。
勉強の遅れを心配したわたしに、家庭教師をつけてくれました。
こんなに入院ばかりで、幾らお金がかかっているんだろうってわたしの心配をよそに、いつも両親は、大丈夫!ってわたしに気を遣わせないように
してくれていました。
つくづく、わたしは手のかかる子どもで
物心両面でたくさん心配をかけたと思います。

入院中のベットから夕方になると、下校時の子どもたちの楽しげな笑い声と元気なお喋りが聞こえてくる。

『みんなあんなに元気なのに、わたしは毎日ベットの上で何をしているんだろう。わたしに未来はあるのだろうか?』と涙が溢れてきたこともあります。
自分自身に対して劣等感しかなかった。
みんなと同じように、大学に進学したり、就職したりできるのだろうか?
先が見えない真っ暗なトンネルの中にいるような気持ちでした。
今のように、スマホもない時代。何の情報も入ってこない。コミュニケーションも取れない。
そんな日々に、17歳のわたしは、前を向けない日もありました。
わたしの心見透かしていたのでしょう。
仕事帰りにお見舞いに来た父が
「何も心配せんでいい。今は体を治すことだけ考えればいい。勉強のことも、学校のことも何も心配せんでいい。みんな分かってくれとるから」
「何があっても、お父さんとお母さんがお前を守る」と笑顔でそう言ってくれました。
その言葉に、どれだけ救われたかわかりません。
不安でいっぱいだった、苦しかった、怖かった、でも、その言葉があったから、私は前を向くことができました。
今、私は40代になりました。自分の足で人生を歩いています。まさかこんなに長く生きられるなんて、思いもしませんでした。
ほんと、負けず嫌いでしぶといなと自分に笑ってしまいます。
そして、今、母は70歳。
相変わらず、とても元気で感覚も若々しいけれど
少しずつ体力は落ちてきているのかなぁ〜と
最近時々感じることもあります。
母は「お母さんは毎日が日曜日よ〜♪」って笑いながら、大好きなガーデニングをしたり、編み物をしたり、友人とランチに出かけたり。
家の断捨離をしたり、お料理を楽しんだり。
ふらっと実家に帰っても、いつも家の中は、驚くほど綺麗で、どの部屋もピカピカ。センスもよくて、やっぱりお母さんには敵わないなと思います。楽しむことの天才です。
そんな日常を見ていると、ああ、ちゃんと幸せに過ごしてくれているんだなって、
安心しますし嬉しくなります。
今、伝えたいのは、どんな時も
わたしを信じて、守ってくれて、
本当にありがとう。
どんなときも味方でいてくれてありがとう。
私はもう、大丈夫!
これからは少しずつ、私がお母さんを支える番だと思っています。
そして、楽しい思い出をたくさん作っていこうね
昨年の秋、窓から視界に広がる海を眺めながら、絶品のお寿司をいただけるお寿司屋さんに、
母を連れて行きました。
美味しいし、景色も最高だし、しあわせ〜♡って
何度も言っては、楽しそうにしていた母の姿に
これから、もっともっとこんな時間を増やして
いきたいなと思いました。
(今度はお父さんも連れて行かなきゃな😊)













これからも、一緒に穏やかな時間を重ねていけたら、嬉しいなと思います。
お母さんの子どもに生まれて、本当によかった。
心から、ありがとう。
そして、70歳のお誕生日おめでとう!!!!!
🎊🎂🎂🎂🎂🎂🎂🎂🎊
