「理解」の形┊︎「体験的な理解」と「知的な理解」と「わかってるつもり」?┊︎【手紙】
「理解」って、同じ体験したことあるっていう「体験的な理解」はもちろん嬉しいけど、経験がないからこそ深く知ろうとする「知的な理解」のほうが必死さが伝わって嬉しいものだ。
いまだに、心の病を理解してくれない人はいますよね。
正確に言えば、理解しようとしているようで、どこか「なんで?」という表情のまま話を聞いている人です。ですが正直それって当たり前の現象なのかなとも思うんです。わたしも他の病気は100パーセント完全には理解ができません。
これは、かつての自分のように”見えない苦しさ”を抱えている人へ書いています。
人は目に見えないもの┈┈「不可視」なものや「不確実」なものを、完全に想像だけで捉えることは難しい。とりわけ「心の病」は、頭の中で簡単に可視化できるものではないと感じます。
そんな中で、心の病に対する認識は、以前に比べれば社会に少しずつ浸透していきました。
しかし、ほんの少し前までは、こんな言葉が当たり前のように使われていたのです。
「気のせいだろ」
「ポジティブに行こうぜ」
「甘えるな」
「ホントに辛いの?」
「サボんなよ」
「どこでもいいから、とりあえず挑戦してみろ」
そう言われて強制的に前を向いて歩こうとすると、その場所でさらに心を壊されてしまう。
そしてその副作用で失敗してしまう。
そんなことを何度も繰り返していました。
「ゆっくりでいいからね」
そういう、本当に優しい言葉を一度もかけてもらった経験がなかったんだなと、今になって気づきました。
そんなことに気づかせてくれたあなたへ
手紙を書きました。
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あなたへ
あなたの本当の気持ちを、先ほど知りました。
知ったあと、なぜか動悸のようなものが起こって、
しばらく頭が締めつけられるような感覚に陥り、眠りにつくことができませんでした。
うまく言葉にできないのですが、
胸のあたりがゾワゾワして落ち着かない。
力みすぎで胸筋がほんのちょっとパンプアップしました。
きっとあなたは、
とても長い時間をかけて自分の内側にあるものと向き合ってきたのだと思います。
今の私を見ているようでした。
ただ前を向こうとするのではなく、
どん底に落ちているときでも残っているものを一つひとつ確かめるように。これは「大切」、・・・これは「必要」・・・いや、「手放そう」
そんなふうにひとつずつ丁寧に、そして別れを惜しみながら。
あなたを見ていると、周りから
「前を向いて歩こうね」
と励まされてるのを知っていましたが、私は目を逸らしていました。
あなたは、そう言われるたびに息が詰まってしまうと言っていましたね。
実は、
そのとき口には出しませんでしたが、
私もそうでした。
その人はきっと、
私たちを助けようとしてその言葉を言ったのだと思います。
でも、私たちにとっては重荷でしかありませんでした。
世の中には、
前を向くことを勧める言葉がたくさんあります。
きっとそれは、
誰かを助けたいと思って生まれた言葉なのでしょう。
そしてそれは、前を向く準備が整った人へのメッセージ。
そう、
その言葉が届かない場所があることを、
あなたは自分自身を通して教えてくれました。
ああいう言葉には受け取る「タイミング」がある。
わたしたちがそのとき欲しかったのは、
感情を「プラス」に切り替える前に、
「なぜ苦しいのか」
そこに触れてほしかったんですね。
この気持ちは、
傷を持つ人にしか理解できないのかもしれません。
もし傷が浅ければ、
切り替えるまでもなく、
そのまま進めてしまうはずだから。
その人には前を向く言葉があてはまる。
世間は、傷に包帯は巻いてくれます。
でも、
「誰の言葉で傷ついたのか」までは見てくれません。
その違和感を抱えながら過ごす時間は、
想像しているよりもずっと長く、
ずっと重いものだったのではないでしょうか。
別に、
マイナス思考が私を苦しめているわけではありません。
「マイナス思考をやめてプラス思考に」
「ネガティブをやめてポジティブになれ」
そういう話をしたいわけではない。
「マイナス」や「ネガティブ」の感情を持つことは、
ときに「プラス」や「ポジティブ」に転換させる力もある。
だからこそ、
建設的な話し合いができるし、人生の軌道修正もできる。
ダメだった部分を認め合える。
私は、
無理に「マイナス」を「プラス」に変えようとしたり、「ネガティブ」を無理やり「ポジティブ」に変えようとする根性論が好きではありません。
マイナスになっているなら、
「なぜマイナスなのか」聞こうよ。
ネガティブなら、
「なぜネガティブなのか」聞こうよ。
マイナス(自分の感情)×マイナス(相手の負の感情を聞きだす)って、プラスになるんだよ。
そうやって考えていくうちに、
私は自分がなぜネガティブになっていたのか気づくことができました。
それは、
なれもしない「ポジティブ」になろうと、必死にもがいていたからでした。
「ネガティブ」に「ネガティブ」を足し続けていたのです。
人に寄り添うということを、
自分自身に対してしてこなかった。
だから戻ることもできなくなっていた。
「ポジティブ」を目指す前にやらなければいけないことをおろそかにしていた。
その結果が、
今だったのだと思います。
あなたはきっと、
「揺れ動く思考」を安心して共有できる場所がなかったのではないでしょうか。
それが、
あなたを苦しめていたのだと思います。
もしかしたらそれはあなた一人のことではなくて、多くの現代人が感じながら言葉にできなかったことなのかもしれません。
だから私は、
これまで外に出せなかったこの思考をこの場所に置いていこうと思います。
必死になって「どこかへ行け」と追い出すのではなく、
ただ、
「私はイマこう思っている」
と受け止める。
それはきっと、とても困難な道です。
多くの人が、
めんどくさいと避けてしまうことかもしれません。
でもあなたは、
その場所に立ち止まり自分の中に残っているものを見つめようとしている。ボヤけてた輪郭がくっきりと見えてくる。
その姿勢には、
ギャーギャー騒いでいる人たちよりも強さがあると感じます。
「ただ見つめ、改善していく」
この言葉を聞いたとき私は思いました。
この人なら、
永遠に前に進み続けられる人だと。
声を荒らげる人は、
その場で声を出し続けます。
でも、
声を出さずに静かに何かをやっている人は、一歩一歩着実に前に進んでいきます。
「ネガティブでもいい」と言われたからではなく、
「だから私がそばにいる」
そう言ってもらえたから救われたのかもしれません。
もし、あなたの言葉に救われる人がいるとしたらそれは、きっと同じように感情の居場所を探していた人たちなのだと思います。
あなたが見つめているその静かな場所は思っている以上に、多くの人にとって必要な場所なのかもしれません。
この手紙があなたのもとに届くことはないかもしれません。
それでも、
あなたの文章を読んだ一人として、「読ませてくれてありがとう」そう伝えたくて書きました。
あなたの言葉は、誰かの感情を急がせる言葉ではなく、その人の隣にそっと座るような言葉だと思います。
どうかこれからも、あなたが見つめているその静かな場所を大切にしてください。
この手紙を読んで、少しでも呼吸がしやすくなれば嬉しく思います。
では、また次の記事で。
今日もありがとうございます。
素敵な一日を。
関連記事、置いておきます。🐰
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