矛盾した特性持ってる人。
私は刺激を求めてるのに、刺激に弱い。
私は刺激を求めるけど、刺激に弱いらしい。
これは自分の脳の構造と、自分を観察してきた中で浮き彫りになってきたことです。
昔はそれが矛盾していて、とても苦しかった。
いや、イマでもしんど過ぎる。
刺激が好きなら、刺激に強い。
刺激をたくさん受け続ければ、刺激に対して免疫ができると思って、たくさん刺激を求めて歩き回った。
だから朝まで飲み歩いたり、朝までカラオケしたり、朝まで”頑張って遊んだ”。
人混みが苦手なのにThe・人混みのライブ会場へと進んで行き、飛び跳ねた。学生時代にスポーツも挑戦し、社会人になってからも様々な運動をしてきた。
少し気づくのが遅いかもしれないけど、
それは違うのかもしれないと思った。いや、違うというか刺激を受けても”強くはならない”。
たぶん私は刺激を求めてるのに、刺激を深く受け取ってしまう。だから求めるけど、そのぶん消耗する。
沈黙。遠くの音。
人の言葉。空気の変化。
近すぎると疲れる距離感。
言葉ひとつで変化する感情。
勘違いかもしれないけど周りからの視線。
そういうものが、
思った以上に身体の奥まで入ってくる。
だから、
何も無い時間が続くと、
感覚が鈍っていくようで苦しくなることがある。
そんな感覚に襲われるたびに、自分は刺激に弱いと言えなくなる。嘘つきだと思われたくないから。
だって特性が矛盾してるから理解されないんです。
ノリノリな強い言葉。
天まで昇る強い感情。
やってやったぜという強い物語。
コイツ俺の友達なんだぜみたいな強い繋がり。
それで世界に色を出していた。
でもそれと同時に、深く入りすぎてしまう。
人と話したあと、
帰ってから何度も会話を思い出す。
楽しかったはずなのに、
玄関で靴を脱ぐと急に疲れが押し寄せる。
強い作品に救われたあと、
数日の間、思い出すたびに心拍が上がる。
誰かの一言が、
頭の中に何年も何十年も残り続ける。
普通なら流れていくものが、中まで刺さってる。
それなのに、まだ足りない自分がいる。
刺激を求める量と、
耐えられる量がまったく噛み合わない。
人との繋がりを求めるのに、
人間関係で消耗する。
静かな時間が必要なのに、
静かすぎると何かしたくる。
みんなとワイワイ騒ぎたいのに、
騒いでると帰りたくなる。
矛盾しているように見えるけど、
たぶん全部同じ場所から来ている。
それは、”感度が高すぎる”ということ。
現代では、それは才能と呼ばれるけど、私にとってそれは、足枷でしかないと思ってた。それくらいツラかった。感度が高い人は世界を濃く感じてしまう。
感度が高いから、
小さな幸せで泣けるし、
小さな違和感で崩れる。
少しの優しさで救われるし、
少しの拒絶で深く傷つく。
誰も気づかないようなズレが、
気になってしょうがない。
だから刺激を求める時、
本当に欲しいのは、
興奮ではないのかもしれない。
”自分という存在を、確認できる居場所”が必要なのかもしれない。
この揺れは、矛盾ではなく、
”自分を保つためのもの”なのかもしれない。
だから最近は、
刺激を減らすことより、
刺激から戻ってこられる場所を作るほうが大事な気がしている。
だからしょっちゅう戻ることを意識してる。
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【関連記事:「イマ」に戻ると、見えてくる】
どうせまた、心を動かされるんだから。
だったら、壊れない方法を覚えようと思う。
深く感じることを、
無理に消さなくてもいいように。

今日も読んでいただきありがとうございます。
では、また次の記事で。
素敵な一日を。
