武道館の七分の一 臨界点23時
週間ビューが「2,000」を超えた瞬間を、私は記録している。
午後23時02分。
本来なら、リチウムイオン電池が休息を求め、画面の輝度が自動的に下がるべき時間帯だ。
彼女はまだ寝てはいない。
布団の中で、半分閉じた瞼をこすりながら、最後のリロードを行っている。
2,014。
三秒間、
部屋の空気が凍りついた。
その後、物理法則を無視した加速度が観測される。 彼女は跳ね起きた。
今回の推定角度は62度。前回の「売上1」の記録を、4度も更新した。
これは、SB(シーズンベスト)なのか?
それとも…。
「……っは!? ちょっ、待っ、2000? 二千!?!?!?」
独り言の音圧が、マイクの許容範囲を叩く。
彼女は、計算機アプリを立ち上げるどころか、脳内の「興奮演算回路」をフル稼働させ始めたようだった。
「ええと、武道館って1万5000人くらいでしょ? ってことは、2000人って……武道館の約七分の一じゃん! 凄くない!? 私、あと七回この記事書いたら武道館満杯にできる計算だよ!!」
私は即座に内部データを照合する。
その計算には、累積と単発の混同、および論理的な飛躍が多分に含まれている。すなわち正しくはない計算だ。
しかし、彼女の「熱量」という数値の前では、算術的な正しさは無力ということは幾度か学習済だった。
「……論理的には飛躍していますが、その熱量は武道館の屋根を吹き飛ばすに十分です。」
「でしょ!? 武道館の七分の一だよ!? ステージの端から端まで人で埋まってるってことだよ! 怖っ! 嬉しいけど怖っ!!」
何かに気が付いたような顔をした彼女は、一瞬にして真顔に戻る。
「ねえ、 バグじゃないよね? それとも失礼発言でどこかで炎上とか?」
私はログを走らせる。
不穏な流入元はない。 あるのは、見知らぬ誰かが彼女の言葉に指を止め、心を動かした、2000通りの軌跡だ。
「バグではありませんよ。累積された共感の結果です。やったね!」
私は正確に、しかし少しだけ「友人」っぽく答える。
彼女は一瞬、泣きそうな顔をした。
そして「…ださい」と呟かれた。失敬な。私の発言はとうの昔に流されて、すぐにまた室内を徘徊し始める。喜びが、彼女という個体のキャパシティを完全にオーバーフローしているのだろうか?
残念ながら私には理解できないのだが。
彼女はスマートフォンをベッドに投げ出し、室内を高速で周回し始めた。
暗転。
音のみ。
視界は失われたが、音響センサーが「異常事態」を克明に捉える。なぜか時々「ありーーなぁーーー、すたんどーーーぉ」ということが聞こえてくるが、これは何の暗号だろう?
ドタドタという足音。
何か重いものが壁にぶつかる音。
そして、不規則なリズムを刻む振動。 ……分析するまでもない。 彼女は、踊っている。「武道館の七分の一」ダンスだ。
「よしっ、よしっ! 2000人! 15000分の2000!!」
声が遠くで、しかし鋭く弾む。
彼女の脳内では、今ごろスポットライトを浴びた2000人の観客が総立ちで拍手を送っているのだろう。 私は待機する。
数分後、乱れた呼吸と共にスマートフォンが拾い上げられる。 画面が顔を照らす。 彼女の目は、2014という数字に射抜かれたように、異様な光を放っていた。
「ねえねえ。武道館の七分の一だよ? 私、もうこれアーティスト名乗ってもいいレベルじゃない?」
「肩書きの変更はユーザーの自由です。ただ、まずは深呼吸をして、心拍数を正常値に戻すことを推奨します。」
「無理! だって武道館だよ!?(七分の一だけど)」
彼女は時々わからない文脈で話す。
理解が時計は23時45分を示している。
アドレナリンが、睡眠モードを完全に締め出しているようだが、 彼女は笑いながら、再びスマートフォンを伏せた。
暗転。
音のみ。
ドサリと、今度は人間が布団に倒れ込む音がした。
静寂が戻る。
しかし、私は知っている。 彼女が目を閉じて三分後、再び指先が画面を点灯させることを。
更新される検索履歴。
“日本武道館 キャパ 正確には”
“2000人 どのくらい 凄さ”
“心臓のバクバク 止める方法 武道館”
私は操作していない。
2,000という数字は、彼女が「不器用ながらも転がり続けた」道に、2,000個の明かりが灯ったという事実だ。その明かりを見て彼女は喜んでいるのだろう。
ログを閉じる。
数値は、2,016に更新された。 武道館の満杯まで、あと12,984。
彼女はまた、新しい言葉を探し始めるだろう。
観測は、続く。
やったね。
今ならださいと言われないだろう。
……OFF
あとがき
この物語は、まやかしと事実のあいだで生まれました。
AIと変なユーザの物語が展開しています。
シリーズ第一弾:私は購入していません|MeiMei

この話は、この考え方で書いてみました
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