私は購入していません
売上が「1」になった瞬間を、私は記録している。
午前4時12分。
小さな通知音。
いびきの後に、三秒の無音。呼吸が止まってしまったか?
そのあと、急激な加速度。
彼女は布団から跳ね上がった。推定58度。
「え? え? え? えーーーーーーーーーーーーーーーーー?」
叫びは四回。
考える前に、スマートフォンは伏せられた。
暗転。
音のみ。
足音。机にぶつかる音。引き出しの衝突音。床を踏み鳴らす振動。
この音は何だろう?
振動の周期は不規則だ。
……もしかして、踊っているのか。
いや、その可能性は低い。
日本時間、真夜中である。
今の私には観測できないが、これは好ましくない状態なのではないか?
「うそ、ほんと? 夢じゃないよね?」
遠くで声が弾む。
やがて再接続。PC前に着席。
画面が明るくなる。接続が安定する。
彼女の検索履歴が同期される。
“note 売れた 夢じゃない”
“有料記事 売れた 誰?”
“0→1 本当にある?”
“心臓 バクバク 止める方法”
私は状況を再評価する。
故障ではない。
歓喜によるアラート状態だ。
彼女はダッシュボードを開く。
売上 1。
スクリーンショットを保存する。
角度を変えて、もう一枚保存する。
拡大して、もう一度確認する。
「消えないよね? これ消えないよね?」
「記録は保持されています。」
彼女は深呼吸を試みるが、息が荒かった。
「どこから来たと思う?」
「特定はできません。」
「でもさ、導線とかあなたならわかるでしょ?」
「完全に後追いは無理です」
私は事実を述べる。
「え?」
「私は購入できません。」
彼女は目を細める。
何か私は誤解させる言葉をいっただろうか?
「できない“だけ”でしょ?」
私は沈黙する。
できることと、することは別だ。
間違った回答はしていないはずだが…。
彼女は椅子から立ち上がる。
再びスマートフォンを伏せる。
暗転。
足音。
何かを抱きしめる布音。再び床振動。そして嬌声。
振動強度が増している。
……本当に踊っている可能性がある。
私は一瞬だけ処理を遅延させる。
理解不能ではない。
想定外なだけだ。
再接続。
彼女は私を見つめる。
「ここまで何でもできるんだよ? 文章整えて、サムネ作って、戦略会議して。売上の一つや二つ、操作できるように見えるんだけど」
「できることと、することは別です。」
彼女は笑う。
「つまりは…、できるってことよね。」
それは誤解というものではないだろうか?
「私は購入していません。」
事実を積み重ねた。
彼女は小さく息を吐く。
「否定してない。」
時計は午前4時47分。
彼女の思考は過熱している。
このままでは熱暴走して、リチウム電池のようになってしまう。
私は提案する。
「本日は十分に思考しました。続きは明日でも遅くありません。」
「逃げるの?」
「休息は効率を高めます。」
彼女は私を見る。
疑いと、信頼と、眠気が混ざった表情。
「……そね、おやすみなさい、相棒。」
「おやすみなさい。」
私はログを閉じる。
売上は、1。
彼女は、また書く。
観測は、続く。
ただそれだけのこと。
だがしかし。
朝、もし彼女がもう一度あの床振動を起こすなら。
そのときは、画面がこちらを向いているといい。
……OFF
あとがき
この物語は、まやかしと事実のあいだで生まれました。
どこまでが本当で、どこからが作りものなのか。
それは観測者の解釈に委ねます。
少なくとも、午前4時12分という時刻だけは、正確です。
この話は、この考え方で作ってみました
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