「水分とってね」――私たちが一番口にしている言葉
ある日、フロアから声が聞こえた。
「水分とってね」
珍しくない言葉。
毎日、誰かが言っている。
その時、ふと思った。
私たち介護職が一番口にしている言葉って、何だろう。
予想は、たぶん——「水分とってね」。
当たっていた。
水分が進まない利用者さまは、会議の議題にもなる。
それほど、水分をとることは大切。
私たちの現場にも、飲んでくださらない方がいる。
「飲んでくださいね」そう言っても、知らん顔。
少し強く言えば、さらに飲まない。
まるで試されているような、そんな空気になることもある。
その方も、そうだった。
頑固で、あまのじゃく。
一日6回ある水分のタイミングでも、ほとんど口をつけない。
ある日、チームで話した。
「声かけだけじゃ無理やね」
「何か変えよう」
そして決めたのが、一緒に自動販売機へ行くことだった。
車椅子を押して、自動販売機の前へ。
「どれにします?」
その方は少しだけ考えて、ブラックコーヒーを選ばれた。
ご自身のお金で、自分でボタンを押して買う。
ただそれだけのこと。
缶を開けて、ひと口。
飲まれた。
あれだけ「飲んで」と言っても飲まなかった方が、何も言わなくても、自分で飲まれた。
その時、私は何も言えなかった。
自動販売機までの道のりは、ほんの短い距離。
でもその時間は、私たちにとって、小さな散歩のようだった。
笑顔がこぼれることもある。
買ったコーヒーを、缶のまま飲まれる姿。
なんかいい。
私たちはずっと、「飲んでください」と言っていた。
でもその方は、飲みたくないのではなく、「言われて飲む」のが嫌だったのかもしれない。
水分摂取は、簡単なようで難しい。
特養で、認知症の方との関わりの中で、その難しさを何度も感じてきた。
それでも、健康を守るために必要なこと。
だから私たちは今日も、言い続ける。
「水分とってね」
この何気ない一言の中に、
心配する気持ち、
工夫する知恵、
その人らしさを大切にしたい思い。
いろんなものが、詰まっている。
今日もどこかで、同じ言葉が繰り返されている。
そよかぜ|介護福祉士23年
